創造主と代理人 #1

 梨々花との共同生活が始まってから、1か月ほど過ぎた。


 「おかえりなさい、創造主さん」

 「……ただいま」

 「晩御飯作ってあるから、打ち合わせの話は食べながらにしようか」


 帰宅した俺に声を掛けてくれる梨々花。最初は照れてしまいそそくさと部屋に引っ込んでしまっていた俺だが、ようやく自然に返事を返せる程度には慣れてきた。 

 居候の身だからと、梨々花は身の回りの事をよくしてくれている。

 一緒の生活を始めてから、彼女は毎日食事を作ってくれる。あまり得意じゃないんだけど、と言いながら作ってくれる料理は質素ながら、とても美味しい。


 上着を脱ぎ、荷物を片付けながらふと、部屋に飾ってあるフィギュアが目に付く。執筆活動で頭がいっぱいで埃を払う余裕もなかったが、彼女が部屋の掃除をした時、フィギュアの埃も丁寧に払ってくれたお陰で今はきれいになっている。

 梨々花はフィギュアやアニメには興味をあまり示さないようだが、否定するようなことは一言も言わなかった。オタクとしてしか生きられない俺にとってある意味、最もありがたい心遣いかもしれない。


 唯一ライトノベルだけは別のようで、梨々花は暇さえあれば片っ端からうちにあるライトノベルを、それはそれは夢中で読んでいる。

 そうやって読み終えた作品について、彼女は楽しそうに感想を話してくれる。時に俺が思いもよらない深い考察を披露し、驚いたこともある。

 ずっと一人でライトノベルを読みふけり、書き続けていた俺にとって、好きな作品について語り合える相手ができたのは純粋に嬉しかった。



 「梨々花がテッサと1対1で決着を着けるって言うシーンなんだけど、もっと仲間からこう、引き留める描写が欲しいって言われて。もうちょいなんか、言われたり、言ったりとかしなかった?」


 俺は梨々花と一緒に食卓を囲み、箸を動かしながら話をしていた。俺の問いに対して、うーんと首を傾げつつご飯を一口。飲み込んでから梨々花は答えた。


 「あの時は色々言われた。アルクさんは『あんな強い相手に1人じゃ勝てっこない、せめて一緒に戦う』って言って聞かないし、シャルちゃんに至っては泣きそうな顔で『今度ばかりは無茶な事をしないで』って懇願してきたっけな」


 懐かしいなぁと、ぼやきながら味噌汁をすする梨々花。仲間の話をする梨々花はいつもこんな感じだ。なんせ1年も会っていないのだから、仲間と会いたいという感傷に浸るのは仕方ない事だろう。

 梨々花の仲間たち――アルクは梨々花の先輩、シャルは後輩にあたる魔法少女であり、『マジカルハートリリカ』に序盤から登場しているキャラクター達だ。

 ちなみに黒呪こくじゅに侵された俺を治療した魔法はシャルから、小説を出版するために使った変身魔法はアルクから教わったという。これらは俺の構想になかった出来事だ。こういった細かい話も取り入れていけば、作品の質も上がるに違いない。


 「言われたことは覚えてるけど、自分では何て言ったっけなぁ……? 納得してもらおうと反論したのは覚えてるんだけど……」 


 焼き魚の身を頬張りながら、俺は『マジカルハートリリカ』の構想を思い出す。この時、梨々花が一人でテッサと向き合う決意をする理由を。


 「……その時梨々花は、戦うんじゃなくて話をしに行くんだ。そう言ったんじゃないか?」

 「……そうそれ! 話をしに行く!」


 梨々花の経験した記憶に加えて、俺の中で構想していた『梨々花ならこうするだろう』というセリフや行動をすり合わせていき、『マジカルハートリリカ』のストーリーを肉付けしていく。 

 梨々花と一緒に小説を書き始めてから、この方法が軸になっていた。

 

 「梨々花は今までの戦いの中で、テッサの隠された本心にうすうす気づいていた。だから真意を聞き出すために、あえて1対1でぶつかりに行った。そのシーンに繋がるように、梨々花とテッサの戦いを書いてきたつもりだからね」

 「さすが創造主さんね。これから小説に書こうってところまで、私の経験や考えと同じなんて。もう今更の事だけど、考えが全部お見通しって言うのは不思議な気分……」

 「俺の方こそ驚きっぱなしだよ。書いた小説どころか、構想すらも全部、梨々花がもう経験してきたことだなんて」


 そこまで言ったところで梨々花と目が合い、どちらともなく自然と笑い声がこぼれた。


 「さて、しっかり煮詰めていこう。この後の決戦を通じて、梨々花とテッサが仲間になるって見せ場のシーンが続くんだから」


 俺は自分に言い聞かせるように、改めて口にする。

 主人公が敵対するライバルと戦い、激戦の中で絆が生まれ、真の仲間になる。王道の展開だ。だからこそ、手抜きはできない。梨々花にとっても大事であろうこのシーンはより力を入れて書かなきゃいけない。そう思う。


 「……そ、だね」


 息まく俺に対して、梨々花はやや歯切れの悪い返事をする。


 「……うん。あの子との大事な場面だもん。私もしっかり思い出して、ちゃんと書かなきゃ」


 梨々花の言葉は少し不安になる物言いで、気になりはしたが、追及するのも悪い気がする。

 こちらの世界に梨々花が現れてから1年と少し。元の世界に帰る方法は未だわからないまま。家族や仲間達にも会うことが出来ない状況で、俺の作品作りまで手伝わせてしまっているのだ。余計なストレスをかけてしまうのではと思うと、彼女の内面に深く踏み込む、なんて事をする勇気は俺にはなかった。


 「じゃあ、ご飯の後片付けが終わったらさっそく取り掛かるね」


 梨々花はいつもと変わらない笑顔で、そう言った。

 大丈夫だ。梨々花と一緒に書いた『マジカルハートリリカ』は、きっと俺の構想を超える作品になる。それに、いずれ梨々花が帰る方法だって見つかるはずだ。何も問題はない。不安になることなんて、ひとつもない。

 それに、梨々花との共同生活は毎日が楽しく、充実している。自分の思い描いていた理想の子が、自分のために尽くしてくれる。こんな幸せなこと、他にあるだろうか。



 夢に描いた生活を送っていた俺の心は、自分でも気づかないうちに、日に日に陰りを増していった。

 梨々花は、本当になんでもできる子だった。いや、



 梨々花が眠りについてから、俺はパソコンを点けて小説の執筆にかかろうとした。手元には梨々花に用意してもらったノート。そこには彼女自身の経験が描かれている。

 そこに描かれる光景は、俺が構想していた以上に緻密に描写されており、梨々花をはじめとするキャラクター達の感情は豊かに描かれていた。そして、俺に見せるために梨々花が書いたその文章は、そのまま小説として出しても通用するほど巧かった。実質『マジカルハートリリカ』の先の展開がそのまま描かれている、と言っても過言ではない。


 一緒に小説を書いていこうと、彼女の前ではそう言っている。そう言って自分に言い聞かせている。だけど。

 梨々花が書いた文章に、描いてくれたその内容に、改めて俺が手を加える余地などほとんどない。


 俺ができることは、何もなかった。


 梨々花と一緒に小説を書くようになってから、うすうす気が付いていた。彼女には小説を書く才能がある。作中で、本が好きな文系少女として梨々花を描いていたからかもしれない。彼女の執筆速度は驚くほど速く、そしてその文章は読みやすく、読み手を引き込む魅力にあふれていた。

 最初こそ、梨々花の描いた経験談に魅せられていた。が、だんだん彼女の才能に嫉妬し、素直に喜べなくなっていった。

 そしてある時ふと、こう思ってしまったのだ。



 ――もう俺が『マジカルハートリリカ』を描く必要はないんじゃないか?



 俺が見たかった世界や、キャラクター達のやりとりを、俺以上に巧く表現してくれる人が、すぐそばにいる。俺が何もしなくても、求めた世界は手に入ってしまうのだ。

 それに、と思う。

 もし俺が黒呪こくじゅの影響で未だ眠り続けていたとしたら。梨々花はきっと、俺の代わりに続きを書き続けていただろう。

 俺がいなくても、『マジカルハートリリカ』は問題なく世に出て、ファンは続きを読むことができる。そうに違いない。

 そのことに気付いた瞬間、俺の中で何かが折れる音がした。



 俺、この世界に必要とされていないのかもしれない。



 何の取り柄もなく、小説を書く事だけが生きがいであり、ストーリーを描く事が俺のやるべき事だと信じて生きてきた。

 誰にも認められないのは努力が足りないせいだと自分を追い込み、たまに良い評価をもらってもまだまだ足りないと自分を奮い立たせ。

 俺から『ストーリーを創作すること』を取ってしまったら、何もなくなってしまうダメな人間になってしまうと怯え、ひたすら文字を書き続けることに没頭した。

 そして書籍化という目標を達成し、ようやく自分の事を認められた。世界が俺という存在を認識してくれた。そんな気がしていたのに。


 もちろん、梨々花に悪気がないのはわかっている。書籍化までこぎつけてくれたのも、続編を書いてくれたのも、全部俺の代わりに好意でやってくれたことだ。

 彼女は俺に実力を見せびらかすために、執筆を手伝ってくれているわけじゃないと、頭では理解している。

 それでも、俺は彼女から、こう言われている気がした。


 「あなたができることは、他の誰でも簡単にできてしまう事よ」と。


 ふと時計を見ると、深夜の2時を回っていた。執筆は1文字も進んでいない。執筆、といっても梨々花の書いた文章の字体を少しいじって、既刊との整合性を取るだけなのだが。

 俺はパソコンを閉じ、逃げるように寝袋にもぐった。気が乗らないなら、明日からやればいい。今は疲れているだけだ。無理にやる必要はない。そう自分に言い聞かせながら、眠りにつこうとした。

 けれど、外が明るくなっても俺は寝付けなかった。



 梨々花との生活は毎日が楽しく、それは夢にまで見た人生だった。

 だが、ライトノベル作家としての。

 クリエイターとしての俺の人生は、終わりを迎えようとしていた。

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