代理人は魔法少女 #3

 逃げた魔黒マゴクを追い詰め討伐した梨々花は、黒呪こくじゅに侵された俺の体を治療しながら、疑問に思ったそうだ。


 なぜこの人は、私の名前を知っていたんだろう。


 目を覚ましてから聞けばいいだろうと、最初は考えたらしい。だが、治療が済んでも俺は意識を取り戻すことはなかった。

 黒呪こくじゅから解放された人が、目覚めるまでの時間は個人差があると梨々花は語る。よくあることだと、その時の彼女は深く気には留めなかった。

 まさかその後、丸1年も眠り続けるとは、彼女ですら予想できなかったそうだが。


 治療を終えた梨々花は、少し離れたところに転がる肩掛けバッグに気が付いた。俺が倒れた拍子にずり落ちてしまったのだろう。落ちた拍子に口が開いたのか、バッグからは分厚い封筒がはみ出している。

 梨々花はその封筒を手に取り、中身を見た。

 勝手に荷物を漁ってごめんと梨々花は謝罪し、話を続ける。


 封筒の中には俺が書いた小説『マジカルハートリリカ』の原稿が入っていた。

 梨々花はそれはもう驚いたそうだ。

 無理もない。自分が見聞きし、経験してきた出来事が、自分の知らないところで小説として描かれていたのだから。


 梨々花は一通り原稿を読み終え、元に戻そうとバッグを開けた。すると、バッグの中にもう1つ封筒が入っていることに気が付いた。

 その封筒の中身は、『マジカルハートリリカ』書籍化の打ち合わせについて記載された、編集部からの書類だった。

 それを見た彼女は焦った。打ち合わせの日時が、その日の昼間だったからだ。俺が目覚めるのを待っていたら、間に合わなくなってしまう可能性が高い。

 梨々花自身の事が描かれた小説が存在している。その理由も目的もわからない。

 だけど、それがこのまま世に出ることなく埋もれてしまうのは、もしかしたら梨々花自身にとっても良くない事ではないか?

 そう直感した梨々花は、考え、迷い、そして。


 数時間後。

 変身魔法を使い、俺の姿になった梨々花が編集部のドアを叩いていた。



 「いつバレるんじゃないかと、ずっとヒヤヒヤしてた…」


 ことのあらましを話し終えた梨々花が、ブレザーのポケットから1冊の文庫本を取り出し、机に置いた。俺は高鳴りを感じながら、それを見、手に取る。

 タイトルはもちろん『マジカルハートリリカ』。ポップで可愛らしい字体のロゴと、目の前にいる梨々花より幼い姿の彼女が。そして、作者名として俺のペンネームが表紙に描かれている。

 中をぱらぱらと見ると、俺が描いていた『リリカ』の世界が、俺の書いた文章そのままで書き綴られている。

 ところどころで、柔らかいタッチで描かれた挿絵も目に飛び込んでくる。デビューしたてで無名の俺の作品に、こんなに素晴らしい絵を提供してくれた人にもお礼を言わなければならない。

 だけど、その前に。


 「ありがとう、本当にありがとう……」


 俺は少し涙ぐみながら、梨々花にお礼を言った。

 命を救ってもらっただけじゃなく、途絶えかけた夢まで繋いでくれた。梨々花にはいくら感謝しても、感謝しきれない。

 梨々花はようやく安堵の表情を浮かべ、微笑みながらふぅと息を吐きだす。


 「最初は、勝手なことしたらマズいかなって思った。ううん、ずっとこんなことして大丈夫かなって不安だったの。実はね……でも、やってよかった」



 俺はやや興奮したまま、文庫本の形となった自身の作品を何度もめくり、見返していた。それは俺の努力の結晶であり、夢の第一歩とも言える本だ。ページをめくり、挿絵を眺め、自分の見たかった『リリカ』の世界を改めて思い描いていた俺は、自然と口元が緩んでしまう。


 梨々花はそんな俺の様子を黙ってみていたが、何故か少しもじもじしているようにも見える。それはまるで、何か隠し事をしている子供のようだった。

 俺がその事に気付いたと察したのか、梨々花は意を決して切り出した。


 「それで、実はここからが本題だったりするんだけど……」


 そう言いながら梨々花は、2冊目の文庫本を机に置いた。

 タイトルは『マジカルハートリリカ』。だが、最初に見た本とは表紙のイラストが違う。よく見るとタイトルロゴのすぐそばに『2』って書かれたその本は。


 『マジカルハートリリカ』の続編。その単行本だった。


 「……マジで?」

 「……マジです」


 俺は言葉を失った。

 小説サイトに投稿していた量は、文庫本に換算して2冊ちょい分くらいはあった。本にしてもらうために、俺はそこからキリの良いところまでを再構成して単行本用の原稿を用意した。

 1冊では収まりきらなかった残りの話、そしてまだ構想上にしか存在しないストーリーも、必ず単行本として出してもらう。そんな野望を胸に抱きながら。

 その野望が、俺の知らないところで早々に叶ってしまっていた。


 「ネットで創造主さんの書いてた小説を元にして、私が、書いちゃいました……」


 一体誰がこれを書いたんだろう、という質問の答えを先回りするように、梨々花が答えた。さっきまでまっすぐ俺の目を見て話していた時とは変わり、少し目をそらしながら。

 話の流れから言って、俺の知らない謎の2巻を書いたのは梨々花だろうとはすぐに思ったが。

 それでも俺はしばしの間、「え……?」とか「なんで……?」とか、まともな言葉にすらなっていない呟きを繰り返していた。


 「出来上がってる文章をちょっと修正するだけ、それならなんとかなると思って引き受けたんだけど、編集さんから色々指示されちゃって……私が覚えてる当時の内容とかをちょっと足して、なんとかだましだましで書いてみたり、みなかったり、したんだけど……」


 梨々花はしどろもどろになりながら、この場を取り繕おうとして言葉を並べていく。


 「あー……もうなんか、ほんと、ゴメン……」


 とうとう並べる言葉が浮かばなくなってしまったのか、うなだれるように頭を下げる梨々花だった。

 俺も俺で、梨々花にかけるべき言葉が浮かばないでいた。

 いいよ、大丈夫だよと安易に言ってしまうのは、何か違う気がする。かといって、なんで勝手に書いたと怒鳴りつける気もさらさらない。


 しばしの気まずい沈黙。


 「とりあえず、コレ読ませてくれる……?」


 その場しのぎのように、そんな言葉を梨々花にかけて、謎の2巻を手に取った。



 『マジカルハートリリカ』の2巻は、俺がネットに投稿していた小説の後半部分にあたる内容だった。だが、その文章は別物と言っていいほど変化していた。

 単行本用に手直ししたなんてレベルの話じゃない。ちょっとだけ手を加えただけだと梨々花は謙遜したが、彼女の生きた体験を基に描かれた文章はリアリティが段違いだった。

 

 それ以前に。梨々花の文章は上手かった。

 上手い人の小説を読んだ時、内容を読む前にぱっと見ですごい文章だ、と感じることがある。梨々花の文章からは、それが感じられた。

 そのは気のせいではなく、本当に巧みな文章だった。元は俺が書いた内容で、先の内容も全部わかっているはずなのに、魅せられてしまう。

 小説に描かれた梨々花や、登場人物たちの感情はありありと目に浮かび、展開されるストーリーにはぐいぐいと引き込まれていた。

 

 章の切れ目で俺は読む手を止めて、梨々花に向き合う。


 「……すごい」

 「……え?」


 俺の上げた感嘆の声を聞いた梨々花はぽかんとした顔をする。俺が小説を読んでいる間、ずっと表情を強張らせていた彼女にとって、それは意外な言葉だったのかもしれない。


 「すごい! すごいよ梨々花! これこそ俺が見たかった『リリカ』の世界だ!」


 突然大声を上げた俺を前に、梨々花は目を丸くしていたが、構わずに俺は続ける。


 「俺が書きたかった梨々花の活躍が、梨々花の可愛いところが! この小説には溢れてる! 俺はもっと、梨々花の書く『リリカ』が見たい! 見せてくれ! なんならこの続きも書いてく……」


 熱を込めて叫ぶ、俺の怒涛の訴えに気おされた梨々花が両手を上げて制止する。


 「……待って、ちょっと待って……!」


 そんな梨々花の姿を見て、俺は水をかけられたように鎮火した。

 

 「……ご、ごめん……つい……」

 

 ああ、やっちまった……。

 さっきまでの意気込みの反動で、俺は縮こまっていた。あれじゃあただの、典型的なタチの悪いオタクじゃないか。自分を慕ってくれる梨々花でも、こんな気持ち悪い姿を見てしまったら引いてしまうだろう。

 だけど梨々花は気を悪くすることもなく、俺が落ち着くまで待ってから声をかけてくれた。


 「……落ち着いた?」

 「……はい」

 「私はあくまで、創造主さんの代筆。『マジカルハートリリカ』は創造主さんの作品なんだから。創造主さんがきちんと書かなきゃ、ね」

 「……はい……」


 興奮した俺を諭すように、梨々花は一言一言を丁寧に言った。

 梨々花の言うとおりだ。あくまで彼女は、昏睡状態だった俺の代わりに書いてくれただけなのだ。善意で手伝ってくれた梨々花を、身勝手な頼みでこれ以上縛るわけにはいかないだろう。


 「……でも、手伝うことはできるよ」

 「……え?」


 しかし梨々花は、意外な提案を投げかけてきた。

 

 「創造主さんが書いた小説に、私が経験した事や感じた事を盛り付けていく、っていうのはどうかな」

 「……いいの?」

 「三巻の発売も決まってるし。手伝います」

 「本当か!? ありがとう!」

 

 俺は心の中でガッツポーズをする。

 自分の書いた作品が世間に受け入れられ、続編を待っている。

 これだけでも作者冥利に付けるというのに、自分の作品の主人公が、理想をそのまま具現化した女の子が手伝ってくれるという。こんな最高の人生、他にあるだろうか。

 興奮するがままに俺は小説の話を切り出していた。


 「じゃあ早速だけど、敵対する黒い魔法少女、テッサと決着を付けに行くシーンから……」


 熱く語ろうとした俺は梨々花の変化を見て、思わず固まった。


 俺の言葉を聞いた梨々花は目を見開き、口をぽかんと開けている。口元に添えられた手は、開いた口を隠そうとしているようにも見える。

 その様子は、予期せぬ話を聞かされ驚いている様に他ならない。

 あれ? 俺何か変な事言ったか? 俺が書いたストーリーは、全部梨々花が経験してきてるハズなんだよな……

 思案する俺に向かって、梨々花は何事もなかったかのように言った。口元の指を動かし、人差し指を唇にあてて見せながら。

 

 「焦らないで。まずはご飯を食べて、きちんと休んでからね」


 子供に我慢を促す母親のように言う梨々花に諭され、俺は我に返る。また、さっきのような失態を繰り返すところだった……

 それにしても、梨々花の言動はまるで子供に接する母親のようだ。

 誰でも分け隔てなく接することができる、優しい少女のつもりで描いていたが、成長して母性まで獲得したようだ。

 ……まさか本当に子持ちってことないよな? 彼女の恋愛感に口出しするつもりはないが、俺の知らないところで、しかも高校も卒業しないうちにそういう事になっているなんて、お父さん許しませんよ。どこの馬の骨ともわからん奴に娘はやらん。

 とかなんとか、色々考えてる俺の前で、梨々花はぽつりと呟く。


 「……そっか。あの子、テッサって言うんだ」


 梨々花が伏し目がちに呟いた一言。さっきの驚いた表情と合わせて、俺の中で再び疑問が広がる。

 ネットに投稿していた『マジカルハートリリカ』は、これからテッサと決着を着けようって辺りまでしか書いていない。だけど、その後の構想は考えてある。梨々花の経験がその構想どおりなら、その呟きの意味は一体……

 その事を言葉にするよりも早く、梨々花が口を開いた。


 「そうだ、私これからどうやって暮らそう……これ以上、創造主さんの所に居座ることもできないし……」

 「……もしかして今まで、俺んちで寝泊まりしてたとか?」

 「……ゴメン。こっちの世界には私の家も、友達の家もなかったから……それに、創造主さんの看病もしなきゃだったし……」


 梨々花がちらりと、部屋のすみに目をやる。そこには見慣れない寝袋が畳んで置いてある。昏睡状態の俺を布団で寝かせる為の配慮だろうか。どこまでも良い子なんだと感じて嬉しくなってしまう。

 そんな彼女を前にして熱に浮かされたのか、俺は思い切った提案をしていた。


 「あー……もし梨々花が良いんならだけど、もうしばらく俺んちで暮らす?」


 我ながらなかなか大胆な発言だなと思った。20代後半にもなろう男が、年頃の女の子を一つ屋根の下に住ませるなんて、それこそまるでアニメやライトノベルの話じゃないか。


 「いいの?! ありがとう創造主さん!」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、俺の返答に笑みを浮かべる梨々花。

 ……とりあえず、今晩からは俺が寝袋で寝よう。その辺りの線引きくらいは、出来るつもりだ。多分。



 この時、唐突に始まった夢の生活に浮かれていた俺は、大事な事を聞きそびれてしまった。そして、聞こうと思った事すら忘れてしまった。


 その事を後悔するのは、もう少し先の話だ。

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