創造主と魔法少女 #3
俺は、自らが創造した化け物に襲われていた。
そして今、自らが夢に描いた少女に救われようとしている。
地面に倒れ伏したまま動けなくなった俺と、俺を食らおうと迫る黒い化け物『
俺が描いた作品のヒロインが目の前にいる。
こんな女の子がいたらいいなと妄想したままの姿で。
こういう活躍を見てみたいと願ったことを、今まさにやろうとしている。
嬉しさと興奮で頭がどうにかなってしまいそうだ。
体が動くのなら、大声で叫びながら子供のようにはしゃいでいたに違いない。勢いあまって、彼女に抱きついてしまうくらいはしてしまっていたかもしれない。
ただ、残念なことに体はぴくりとも動きそうもないし、一言も口にすることはできなかった。さっきの全力の叫びで、残った力を全部使い切ってしまったようだ。
今の俺にできるのは、彼女の――風見梨々花の姿を目に焼き付けることくらいだった。
少し離れたところからずしん、と鈍い音が響いてきた。たぶん、先ほど梨々花の風で吹き飛ばされた
梨々花は気を緩めず、音が響いてきた方へ目を向け、身構える。その態度と表情からして、
それにしても、彼女の立ち姿は凛々しかった。
『マジカルハートリリカ』は文章のみで構成された小説しか世に出ておらず、ファンアートはおろか挿絵の1枚もない。それでも目の前に立つ少女が、俺が想像し、妄想していた梨々花だと言い切れる。俺の理想のヒロインが具現化し、今ここに存在しているのだと断言する。
それほどの説得力と存在感を、彼女は秘めていた。
そんな彼女を目の当たりにしている俺が、見とれてしまうのは当然のことだった。わが子を溺愛する親バカってこんな気持ちなのかもしれない。
と、そこまで考えたところで違和感に気が付いた。
風見梨々花は中学1年生と設定していた。けれど、この場にいる彼女の容姿や体付きはどうみても17、8歳くらいの女性のものだ。
中学1年生だった梨々花が成長し、4、5年経った後の姿だと言えば納得することはできる。
とはいえ、どうして成長した姿で現れたんだろうか。『マジカルハートリリカ』の作中で5年後の梨々花が出てくるシーンなんてない。
そんな思考を、突然鳴り響く轟音が遮った。
聞いたことのない音。あえて言うなら、人の悲鳴をオンボロのラジオで再生した時のような、ノイズ交じりの叫び。
感覚が弱ってきた体ですら、心の底から恐怖を感じてしまう叫び声。
そんな轟音を前にしても、梨々花はひるむことなく手のひらを
「風よ!彼の者を守れ!」
通じないと判断したのだろうか、
魔弾の雨が止んだ後も、梨々花は風で作った防壁を維持していたが、
俺は吹き飛ばされる
だが梨々花にとっては予想の範疇だったらしく、姿勢も表情も崩していない。
「魔の物を薙ぎ払え!」
叫びと共に
風の雪崩は人間はおろか、車や建造物ですらあっという間にぺしゃんこにしてしまいそうな、見るからにすさまじい威力だった。
それでも
凄い。
俺が小説で描いていたバトルシーンが。
俺の想像をはるかに超える迫力で繰り広げられている。
梨々花の姿を見た時とは違った意味で、俺は興奮していた。こうしている間にも俺にかけられた呪いの浸食は進んでいる。それでも、自分の身に死が迫っていることすらも忘れて、目の前の光景に夢中になっていた。
梨々花は一歩歩み出て、さっきと同じように
剣だ。ファンタジーによく出てくる、西洋風の両刃剣。先の防壁のように、青い風で形成された剣のような武器――ではない。
それは実体を持った、禍々しいオーラを放つ剣。
青い風と対称的に、その剣の刀身は血のように真っ赤な色で染められている。梨々花は現れた剣を両手で握りしめ、
突如現れた、梨々花にはあまりにも不釣り合いな剣。今度こそ俺は困惑する。
風の防壁や雪崩は確かに小説で描いた。風を刃にして、敵に向かって撃ち放つ技を構想したこともある。
でも、梨々花が剣を使って戦う、なんてシーンは一切書かなかったし、構想すらしていなかった。
禍々しくて真っ赤な剣という、梨々花のイメージとはまるで正反対なそのアイテムを、彼女に持たせるという構図は全く考えたことがない。
そもそも、あんな剣は『マジカルハートリリカ』には登場しな――
いや。
思い出した。あの剣は作中で描いている。とはいえ、梨々花の持つものではない。
赤い剣を持っていたのは――
そこで目がくらみ、少し意識が遠のいた。
どうやら、
だからせめて、俺は梨々花の姿を必死に目で追った。最期の瞬間まで、彼女の姿を見届けようとした。
梨々花の剣と
対する梨々花は剣で
素人の俺が見ても、剣の扱いに慣れているとはお世辞にも言えなかった。
そして、幾度となく打ち合う音が響き渡り――ひときわ甲高い音とともに、梨々花の剣が宙を舞った。
やばい。色んな作品で飽きるほど見た、大ピンチのシチュエーションだ。
小説ならひときわ盛り上がるシーンだろうが、この状況でこんな場面は見たくなかった。
無防備になった梨々花を前に、
凶暴な腕が振り下ろされ、梨々花の体は鋭い爪に引き裂かれた。
もっとも見たくない最悪の結末が頭をよぎったが、梨々花の行動は、俺の予想をはるかに超える結末を見せた。
「風よ、魔の物を……」
梨々花は怯むことなく、
屈んだ体制の梨々花に向かって、
魔黒の爪が彼女を捕らえるより早く、梨々花は叫んでいた。
「撃ち……砕けッ!」
梨々花は走り出した。それは走り出したというにはあまりにも凄まじい加速だった。走り出した、というより梨々花の体が見えない力で打ち出された、と言う方がしっくりくる。
ミサイルのような勢いで突進した梨々花は、振り下ろされた腕をすり抜け、一瞬のうちに懐に飛び込み、
猛スピードで走ってきた車が壁に激突したのかと思わせるほど、凄まじい音と衝撃が響き渡る。それほどに激しい一撃を受けた
それだけでは終わらない。一瞬の後、
その場には拳を突き出した梨々花だけが残されていた。
ありったけの憎しみを
そんな彼女を呆然と見守る俺の視界の端に、落ちてくる赤い剣が見えた。
弾き飛ばされ、空から降ってきた剣はがくん、と梨々花に向かって方向転換する。剣は重力を無視した軌道を描き、再び梨々花の手に収まった。
剣を握りしめた梨々花は吹き飛ぶ
先の一撃より速く、鋭く思えるほどの超加速。猛烈な速度で蹲る
勢いを緩めることなく駆け抜け、
真っ二つに切り裂かれた
視界が黒く染まり始めていたが、そんなことはどうでもいい。彼女の顔を一目見ようと、必死に顔を上げた。だけど……
本当に彼女は、俺の知る梨々花なのだろうか。
凄まじい加速を加えながら
その『風の魔法』が使えるのは、少なくとも俺が考えている構想では、風見梨々花しかいない。
だけど、そのやり方はあまりにも壮絶で。
誰にでも優しくて、困っている人は放っておけなくて、優しさゆえに時に迷い悩んで。それでも健気に頑張るヒロインとして、俺は風見梨々花を描いてきた。
俺が思い描く『マジカルハートリリカ』の主人公と同じ人物だと思えないほど、衝撃的な姿だった。
それでも、こんな何者でもない俺を、何の価値もない俺を必死に助けようとしてくれた彼女をないがしろになんかできない。
だんだんと意識が遠のき始める。
せめて最期に、お礼くらい言わないと……
見上げたすぐ先に、少女の顔があった。どうやら、しゃがみ込んで俺の様子を伺っているらしい。
朝焼けに照らされながら揺れる青い髪。翡翠色の瞳に険しさはなく、慈愛と決意が交じり合った色彩があった。
彼女は俺を安心させるように優しく微笑み、口を開いた。
既に俺の身体は物音一つ聞こえないほど、呪いが侵攻していたが……それでも、彼女の声が聞こえた。
「必ず、助けるからね」
ここにきて、ようやく確信する。
目の前の彼女は、俺が描いてきた物語の主人公とは容姿が異なる。まとった雰囲気も異なる。それでも俺は確信する。
彼女は間違いなく、梨々花だ。
健気で誰にでも優しくて、困っている人は放っておけない、俺の理想を詰め込んだヒロイン、風見梨々花だった。
やりたかったことは何もできず、なりたかった自分にもなれず。
あまりにも現実離れした事件に巻き込まれ、唐突な終焉を迎えた俺の人生。
でも、最期に。
夢に描いた少女に、俺が愛した梨々花に看取られて死ねるのなら、悪く、ないな。
――ありがとう。
俺の視界は、真っ黒に染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます