創造主と魔法少女 #2
俺が書き上げた小説『マジカルハートリリカ』に登場し、『リリカ』の世界に住む人々に襲い掛かる敵キャラ。真っ黒な姿で人々に襲い掛かるそいつらに、俺がつけた呼び名は『
信じられないことにそいつが、現実世界に現れ、俺に襲い掛かってきた。
自らが書いた小説の化け物に襲われる。
そんな冗談みたいなことがあってたまるか。
アニメや漫画、ゲーム、そして小説で描かれたフィクションの世界が現実のものとなる。それ自体は、作品を見る側も作る側も、一度は願ったであろう夢。
勿論そんな事が現実に起こるわけがない。それは誰もが知っている事実だろう。
それに、と俺は思う。なんでよりによって、俺なんかの作品が現実になってしまったのか。
物語の人物や出来事が、現実世界にやってくる――そんな事件が起きる世界を描いた作品はいくつか知ってるし、見たこともある。
だけど、そういう作品で現実世界にやってくる物語の住人は決まって、劇中で誰もが知っていると設定された作品の人気キャラだ。そのキャラクターの姿を見た現実世界の人々が「あの作品の主人公がなんで!?」となるところまでお決まりだと言ってもいい。
俺の作品『マジカルハートリリカ』だって全く誰にも知られていないわけじゃない。小説サイトで少しは人気の出た作品だし、書籍化だって決まったのだ。
でも、こういう事態に引っ張り出してもらえるほどの作品なんかではないだろう。
同じライトノベルならもっと有名な、アニメ化や映画化がばんばんされるような大人気作品のキャラクターこそが、こういう出来事には相応しいのではないだろうか……
そこまで考えたところで急に体から力が抜け、よろめいた。なんとか姿勢を保とうとしたが体が思うように動かず、ばったりと倒れ込む。
俺は受け身を取ることすらできず、顔面から思いっきり地面に激突した。
にも関わらず、痛みは感じなかった。
――『
――もう一度立ち上がる力も、自身の変化に恐怖する感覚も。
――やがて身体は黒く染まり、視界が真っ黒に塗りつぶされていく。
ああ、そういえばそんな描写したっけなとぼんやりと思いながら。まだ動く頭を動かして、魔弾を打ち込まれた肩を見る。黒い浸食は腕全体に広がっていた。
見たくもない現象から目をそらすように、自分の体に異変が起きているという現実から目を背けるように、俺は無意識に街頭の方へと目を向けていた。
――そして、真っ黒に染まりきった人間を食らうことで、『
俺の視界の先にあの化け物――『
相手が完全に真っ黒に染まり、動かなくなるまで待っていればいいのだから。
迫る
どうしてこうなった。
こんなわけのわからない事件に巻き込まれて、俺は死ぬのか?
俺が書いた作品に出てくる、俺が考えた化け物に襲われて、死ぬ?
自分で考えた化物に殺されるために、俺は小説を書き続けて来たとでも言うのか?
あまりにもバカげている。
俺の人生は、そんなバカげた終わりを迎えてしまうのか。
まだ何もしていないのに。まだ何者にもなれていないのに。
憧れた世界があって。
やりたいと思ったことにしがみついて。
なりたいと思った自分を探し求めて。
他人からバカにされ、呆れられ、後ろ指さされて笑われながらも。
誰からも相手にされず、見向きもされず。
まるで存在しないかのように扱われながらも。
それでも諦めずに生きてきたのに。
ようやく俺の事を見てくれる人に出会えたというのに。
俺を否定してきた奴らを見返せるのに。
これから、たくさんの人に俺のことを認めてもらえるかもしれないのに。
ようやく、夢への第一歩を踏み出せたというのに。
まるで、救いがない事を売りにした物語のようだ。
不幸のどん底にいる主人公に、希望を与えて、目標を持たせて。人を、夢を、自分を信じさせて。最後の最後に、絶望の底にたたき落とす。
主人公は抱えきれないほどの絶望を抱かされたまま、エンドロールの向こうへと置き去りにされてしまう。
そんな趣味の悪い物語の主人公に、俺はされてしまったのか。
そんな物語の主人公でいることを、俺は望んでしまったのか。
そんな物語を、俺は求めたのか。
――ちがう。
「俺は、そんな物語、求めてない……」
俺はかろうじて動く口で、
「誰も幸せになれない物語なんて、いやだ……」
迫る
「主人公が報われないストーリーなんて、俺はいやだ!」
自分の運命に抗うように、叫んでいた。
そうだ。
俺の好きな物語なら、この後の展開はどうなる?
俺の書く小説なら、この後にどういうストーリーを繋げる?
俺はこの後、どんな場面を、どんな世界を見たいんだ?
「頼む……頼むよ……り……か……」
目の前には勝てっこない怪物がいる。そいつは俺を食らおうと、ゆっくりと近づいてくる。絶体絶命のこんな状況で、俺がやろうとしているのは、目も当てられないほどカッコ悪いことだ。
真っ黒な呪いに浸食されて、指一本動かすことも困難な体で。最後に残った、ありったけの気力を振り絞ってまでやろうとしている事は、誰からも呆れられるような、痛々しいことだ。
なんせ、幼い子供が憧れのヒーローの名を呼ぶときのように。
青春真っ盛りの少年が、恋焦がれた人に告白するときのように。
いい年した男が、妄想し夢に描いたキャラの名を叫び、助けを求めるのだから。
「来てくれよ……来てくれ!
その瞬間、俺の望んだ物語は始まった。
青色の風はやがて小さなつむじ風となり、あっという間に竜巻とよべるほど巨大な、風の渦を作り出す。
風の渦は
それほどの風が目の前で渦巻いているというのに、俺の体は吹き飛ばされることもなく、視界に入る前髪がほんの少し揺れている程度だ。
それに、暖かい。
黒い浸食に侵されて、感覚がなくなりつつある体なのに、その風からは優しい暖かさを感じられた。
やがて、風の渦が収まり。開けた視界の先に、俺の見たかった世界があった。
鮮やかな青い髪が、風に吹かれてなびいている。
白を基調にした、学生服を思わせる服装が、朝焼けの色に染まる。
首から下げたペンダントが放つのは、あの風と同じ青い色。
吹き飛ばされてもなお迫ろうと、もがく
翡翠を思わせる色を持った真っ直ぐな瞳で、異形の怪物を見据える少女の名は。
「梨々花……? ほんとうに、梨々花、なのか……?」
『マジカルハートリリカ』の主人公、
俺が描いたストーリーのヒロイン、リリカが。
妄想を飛び出し、世界の垣根を越えて、目の前に存在していた。
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