創造主の代理人
七々銀
創造主と魔法少女 #1
俺は今、自らが創造した化け物に襲われている。
ヒーローものに出てくる悪の科学者が、野望実現のため怪物を作る実験をしていたが、失敗して制御のできない化け物を産み出してしまった――
断じてそんなんじゃない。科学者でもなんでもない俺がそんな事できるわけがない。 俺ができるのは、ありもしない化け物の姿を想像し、自分の描いた物語に登場させることくらいだ。
と、大層に語ってみたが、俺はまだヒット作の1本もない、無名のライトノベル作家だ。いや、だったというべきか。
学生の頃、あるライトノベル作品に魅せられた俺は、勉強もそこそこに数多くのライトノベルを読み漁った。
やがて、自分もこんな作品を書きたいと思うようになり、小説を書き始めた。
作品を書いて、色んな作品を読んで、また書いて。
そうやって学生時代の大半をライトノベルに費やした俺は、卒業した後も定職に就かず、フリーターをやりながらプロのライトノベル作家を目指して小説を書き続けた。
プロになる第一歩として、書いた作品を小説投稿サイトに投稿するようになったのは、今のご時世では必然的な流れだった。とはいえ、最初から数百、数千人に読まれるような話題作を作れはしなかった。数人のユーザーの目に止まり、最後まで読んでもらえた作品はまだ良い方で、全く反応がないまま小説サイトの片隅に埋もれていく作品の方が多いくらいだった。
そんな中で唯一、多くのファンを獲得した作品があった。
『マジカルハートリリカ』というタイトルを付けたその作品だけは、日々アクセス数を伸ばし続けた。
やがて『マジカルハートリリカ』はプロ編集者の目に止まるほどの作品になったらしく、なんと念願の書籍化が実現する運びとなったのだ。
つまり俺は、プロのライトノベル作家としてデビューすることになったのである。
書籍化を持ちかけられたときの興奮は今でも忘れられない。
これでもう俺は、無名の作家なんかじゃない。お前なんかが小説を書けるわけがない、諦めて真面目に働けと言ってきた奴らを見返せるのだ。そう思うと、興奮が収まることはなかった。
プロデビューした俺はこれからどんどんヒット作を世に送り出して、誰もが名前を知る超有名作家となっていくのだと、自分に酔いしれた。
そして、編集者と最初の打ち合わせをする日が来た。
前日は緊張のあまり眠れない夜を過ごしてしまったが、俺はさえ切っていた。興奮しているからか、徹夜でハイになっているのか、その両方か。なんにせよ、この時の自分は無敵のようにすら思えた。
今日この日、この瞬間から、有名作家としての俺の人生が始まるのだから。それぐらいには思っていたのだろう。
まだ電車も動いていない早朝だったが、俺はアパートを出た。
予定よりもかなり早い時間だが、寝直すほどの時間もない。だからって部屋でくすぶっていてもしょうがない。
それに今すぐにでも、俺の夢をかなえてくれた編集者に会いたい、という気持ちもあった。
人気のない、朝焼けに照らされた路地を歩いていく。
地元の駅を目指して歩いているうちに、どんどん早足になっていく。ほとんど駆け足といえる速さで突き進み、そのままの勢いで路地を曲がった先で、大きな影が視界に現れた。
浮ついていた俺は急に現実に引き戻され、大慌てでぶつかるまいと体をひねった。少したたらを踏んだが、なんとか転ぶことも、人影にぶつかることもなかった。
あぶなかった。パッと見かなり大きな人影だったし、相手はゴツい体格のいかつい男かもしれない。そんな相手に因縁でもつけられ、絡まれてしまったらたまったもんじゃない。俺は頭を下げながら、そそくさとその場を去ろうとしつつ、ちらりと人影の方に目をやった。
真っ黒。そいつは、影のように真っ黒だった。
こんな真っ黒な人間が、いや生き物が。この世に存在しているのか。日に焼けて真っ黒な肌とか、そんなレベルの話じゃない。
そいつはまるで、墨汁で塗りつぶしたように、全身が真っ黒に染まっていた。
真っ黒な出で立ちのせいで、一目見ただけでは大まかな姿しかわからない。
それでも、真っ黒な異様の中でもひときわ目立つほどの、大きな腕と頭のような部位をもったそいつは絶対に人間じゃない。それだけはわかった。
――真っ黒で、不気味な姿をした、見たことのない何かが。私の目の前に現れた。
いつのまにか、俺の体は硬直したように立ち止まっていた。やばい、逃げろ、と本能が叫んでいるが、その叫びに反して体は動かない。走り出して逃げることはおろか、指先すら動かせない。化け物から目をそらすこともできず、俺は異形をまじまじと凝視し続けている。
そして、目の前の化け物はゆっくりと口を開き――俺に向かって黒い塊を吐き出した。
化け物がそこまで行動を起こしてから、ようやく俺の体は動いた。言うまでもなく遅すぎる行動だ。
黒い塊が俺の肩にぶつかる。ぶつかった反動でよろめいたが、意外にもその程度のダメージで済んだみたいだ。化け物の攻撃は、相手の体をごっそり抉り取ってしまうどころか、相手を転ばせる威力すらないようだった。だからといって、見るからにおっかない化け物の前でぼけっと突っ立っていられるほど、俺は肝が据わった人間じゃない。
肩を抑えながら、俺はよろよろとその場から駆け出した。
意外なほどあっさりと、化け物から逃げ切ることができたようだ。
走りながら振り向き、化け物が追ってきていないことを確認した俺は路地裏に入り、ようやく立ち止まった。
化け物の足が遅くて助かった――そう思いながら俺は壁にもたれかかり、乱れた息を整える。
落ち着きを取り戻した俺は今更のように、謎の攻撃を受けた体はどうなってしまったのかと思い至る。直撃した瞬間こそ殴られたような衝撃はあったものの、肩からは出血もなければ痛みもなかった。そのお陰で一撃を受けた事すら忘れ、ひたすら逃げることに専念することはできた。
だからといって、謎の化け物から謎の物体をぶつけられて、何もないってことはないだろう。袖をまくり、直撃したあたりの肌を露出させる。そこには出血はおろか傷も付いていない。
ただ、その肌はどす黒く染まっていた。
――真っ黒な化け物に襲われた人たちは、化け物と同じように黒く染まり始める。
――体も、感覚も、心さえも。
得体の知れない物体をぶつけられた。たったそれだけで、体が真っ黒に染まりはじめている。
自分の体に起きている、起こりえないはずの現象を前に、俺が抱いた感情は驚きとも恐れとも違う。疑問だ。
『なぜ俺の体でこんなことが起こっているのか』という疑問。
正確には『なぜ俺の体で俺が考えたフィクションの現象が起こっているのか』だ。
真っ黒な姿。
異様な形をした腕や頭。
異形の口から吐きだされる黒い塊。
そして、俺の体に起こった異変。
俺は、化け物の正体に思い至った。
――無差別に人間を襲う化け物。その爪や牙、そして口から吐き出す黒い塊『魔弾』の一撃を受けた人の体は黒く染まり始める。
黒い浸食は体中に広がり、やがて全身が真っ黒な姿となったとき、その人間は力尽きる。まるで、そうして動かなくなった人間のように、化け物の姿は全身が真っ黒に染まっていた。
真っ黒な姿で、黒い災厄をばらまく魔物。それを恐れた人々が付けた呼び名は――
俺が考えたその化け物の呼び名は、『
俺が書き上げて小説サイトに投稿し、編集者の目に止まり、書籍化の目途が立った作品。『マジカルハートリリカ』に登場し、『リリカ』の世界に住む人々に襲い掛かる、いわゆる敵キャラ。
信じられないことにそいつが、現実世界に現れ、俺に襲い掛かってきた。
そうとしか言いようのない事態だった。
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