第二章・印刷術
転生しても冒険者にならず、橋を作る男
「ラスはああ見えても気難しい方で、自分が認めた人しか、弟子に取らないんですよ」
僕は例によって、お忍びで来ているエリザベスと、例の食堂でチェスを打っていた。近くにお仕えらしい従者が目を光らせていること以外は、普段通りに打つだけだ。
なんでエリザベスがこんな都合よくお忍びで来ているかというと、プニッツが教会に立つ時だけ、お祈りに来るらしい。
その理由として、プニッツの言葉は、神の言葉を聞いているような、清らかな気持ちになれるということらしい。普段のプニッツにそんな様子は見かけられないけど、エリザベスが言うのなら、きっとそうなのだろう。
チェスの盤面を見ると、見事に手玉に取られて、無残な形になっていた。正直、プニッツに惨敗したベルクを笑えない。ちなみに、エリザベスのほうは満足そうだ。
「ええ、貴方の手はよく研究しましたからね。あの手紙も全部取ってありますよ」
そこまで熱心にならなくても、と思う。
あの自動チェスマシンの一件が余程悔しかったのか……。
感想戦を一通り行い、僕のチェスの打ち方が一辺倒で、確かに一つの戦略を打ち込むのには長けているが、別の打ち方をされると柔軟性が無く、すぐにやりこめられてしまうことを指摘されたりしていた。ここまで言われると、ぐうの音も出ない。
女将さんが元気よく声をかける。
「お二人さん、どうせだったら何か食べていくかい」
エリザベスは、好意に感謝しつつ、あまり長くいると宮廷の方々が心配しますので、と丁寧な断りをしていた。この人は、自分より身分の低い相手でも、言葉を尽くす人なんだな、と思い、好感度が上がる。
エリザベスは、身支度を整えると、ラスに気を付けなさい。あの人は案外わがままな方ですから、という忠告を受けた。
僕にはそんな価値は無い気がするんだけど、と思いながら、エリザベスを見送った。でも、そういうことを言うとエリザベスは怒るんだろうな。自分のことを不当に下げすぎだって。
プニッツは、教会のお勤めが一段落し、食堂に入ってきた。そして、僕を見るなり、絡み始めてきた。
「あんたね、またエリーゼに鼻の下を伸ばしてたんじゃないの」
エリーゼというのは、プニッツや僕が日常生活でエリザベスを指すときに使う愛称だ。さすがに国王の娘と関係しているなんていうのをアピールするのは、品のないことだし、それにエリザベスにも迷惑だ。
……あと、こんな言葉を使うプニッツが、エリザベスほどの人を感動させる言葉を使えるとは思えないのだが。
「しかし、エリーゼがプニッツの説教が好きだとは思わなかったな。普段の言動からは想像できないよ」
女将さんがニコニコしながら料理を運んできた。
「あら、ノイちゃん、プニッツはね、人気なのよ。他の司祭はなんか傲慢でしょ。でも、プニッツは市井の人とも神学談義しているのよ。あの説話の意味はこうなんですよって。だから教会に籠ってばっかりの人達に比べて、段々と聞きやすく、わかりやすくなっていってるよ。
それに贖罪符の販売の件だって、あれあんまりいい印象はないのよ。だって、悪いことをした連中が、紙切れ一つで平然としているわけでしょ。私だったらいい気はしないね」
なるほどね、いつでも人の心を掴むのは、隔てのない性格というものなのか。コミュニケーションの苦手な僕にしたら、羨ましい限り。
改めて時間を置いて、ラスという人物を考えると、なかなか狸な爺さんなのではないかと思われる。直感的に、何かと障害になるだろう。
こういうことはメアリに教えてもらうのが良さそうだ。あとで、ベルクにメアリと連絡を取る方法を教えてもらおう。
「ところで、ノイは仕事を見つけないの」
改めて考えると、こちらに来てから、仕事のことについて、あまり気にしたことは無かった。いつまでも、ベルクのお世話になっているわけにはいかない。むしろ、ベルクのあの調子だと、僕が支えなきゃいけないのかもしれないし。
もし、そうだとして、自分に何が出来るだろうか。
能力的には、元の世界風に言えば、生産業がいい気がする。でも、生産業っていっても何かあるかな。
「最近だと、そうね、城から教会に通じる橋があるのは知ってる?」
「ああ、知ってるけれど、それがどうしたんだい」
「最近ね、司祭が贖罪符を売ったお金が出来たから、もう一つの橋を作ろう、って話になってるんだけど、それに参加する?」
何でも組み立てる能力、というものの効果範囲がわからないけれど、もしかしたら橋も組み立てるという範疇に入るかもしれない。能力が上手くいかなくても、おそらく積み上げるだけの単純作業だろう。自分も、身体だけは健全な男子だし、やってみることにしよう。
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