魔術大学での出来事、そしてメアリとの邂逅
というわけで、プニッツにチェスで何度も追い詰められたベルクはとうとう痺れを切らし、「ふざけんな」と言いながら、チェス盤をひっくり返した。プニッツは駒を持ったまま、呆れた顔をしていた。
そんな二人を後目に、僕は図書館へと向かった。
この時代は、どうやら印刷術が普及していないようで、本は高価なものだった。従って、本の所有者といえば、教会関係者か、あるいは王族ならびに貴族に準ずる者だけに限られていた。
つまり、僕なんかが本を読むことは到底無理、ということだ。とはいえ、この時代に関する知識は必要だ。この時代を生き延びたければ。
僕はエリザベスの特別な許可をもらい、図書館を利用させてもらうことにした。
図書館は、街から少し外れた魔術大学の中に設置されていた。
図書館の入り口には、エリザベスの像が設置されており、その謝辞が述べられている。
その謝辞によれば、エリザベスは学問の重要性を認識し、学識を高めるために、重要な本を各地から寄せているということであった。
もちろん、書物は貴重なものなので、元の世界の図書館のように、外に持ち出すことが出来ず、この図書館の中で読まなければならない。
厳粛な雰囲気の中、僕は静かに本を読むことに専念した。
「勉強熱心だが、ここでは見ない顔だな。何処の学部の生徒かね」
顔を見上げると、地面まで白い髭を生やし、片手に杖を持ったローブ姿の老人がいた。ファンタジーにおけるザ・魔導師という出で立ちであり、魔術師以外ならなんだ、という格好をしている。
自分は簡単に、エリザベスの許可をもらい、この図書館を利用させてもらっている旨を簡潔に伝えると、興味深く僕を見た後に、図書館の外へと連れだした。
この老人は僕に興味を持ったらしく、大学の構内を散歩しながら話をし始めた。
「最初に自己紹介じゃ。ワシはラスじゃ」
「僕はノイです」
うららかな日差しのせいなのか、生徒たちが活発に議論をしている。
「その風格からすると、学長か、それに次ぐ偉い人のお方に見えますが」
ラスは、髭を撫でながら、満更ではない笑みを浮かべた。
「ほっほっほ。主はお世辞が上手いな。正確に言えば、学長では無いんじゃよ。学長は、あの山の上にいる。ワシは、差し詰め名誉教授と言うのが正しいかもしれんの」
ラスの杖の先にある山は、稲妻山と呼ばれている。
恰も稲妻がそのまま土になったかのような地形であり、非常に険しい山となっているからだという。伝説によれば、その山を登り切った人間は、歴史に残す魔導師になると言われているが、大抵の人間は山頂に付く前に命を落とすと言われている。
「へぇ、貴方は登ろうと思ったことはあるんですか」
「そうじゃな、ワシももう老年じゃから、もしかしたら登り切ったかもしれんが、記憶にないのう」
なんだか要領を得ない解答に、なんだか不安を覚えるものの、ただ生徒たちがラスに対して頭を下げている様子を見ると、少なくとも、大学関係者であることは間違いない。
このような掴みにくさは、メアリのときも感じたが、ラスもまた違った掴みにくさを感じる。
「ところで、お主は普段はどのような生活をしているのじゃ」
「ええ、実はベルクのところでお世話になっておりまして」
ラスは髭を撫でながら、少し笑って、意外な一言を発した。
「なるほど、お主は才能ある若者だから、はっきりと言っておくが、ハーフエルフなんぞと付き合わんほうがいいぞ」
僕は、その言葉に耳を疑った。
そして、メアリの言葉を思い出した。僕は知人が軽く見られていることに関して、ちょっとした怒りを覚えつつ、聞き返した。
「それはどうしてですか」
「実際に体験してもらうほうが早いな」
ラスは、僕を訓練場に連れ来た。魔術を使用することは、場合によっては事故に繋がるため、少し離れた場所を利用するという。
「最も、最近も二人くらいが全治一週間の怪我をしておるがのう」
軽いノリで言うけれど、それ大変なことなんじゃないだろうか。
「そんな難しいことじゃない。何、子供でも出来る魔術をお主に教えるだけじゃ」
ラスは魔術の使い方を教え始めた。まず、頭の中に火のイメージを思い浮かべる。ただ、映像だけではダメで、五感を駆使して、出来るだけ現実に近い火を頭の中でイメージする。そのイメージが完成したときに、呪文を唱えるのだという。
「炎の元素よ、そこに在るのならば、我から放たれよ」
僕は、目の前にある焼け焦げた人形に対して、手のひらを向けた。すると、拳程度の大きさの火が、手のひらから放出され、人形にぶつかり、弾け飛んだ。僕はその光景を見ながら、呆気に取られていた。
「ほっほっほ。ワシがちょっと口添えしただけで、簡単に魔術を習得しよったわい」
その結果に、ラスは満足そうに髭を撫でていた。一方、僕はといえば、元の世界ではありえない光景に、ただただ茫然としていた。
「お主は才能がある。あのインチキなハーフエルフとは縁を切って、ワシの弟子にならんか。お主なら、あの山を登り切れるかもしれんな」
さすがに、メアリにあんなことを言った以上、ベルクを無下には出来ないし、それに、この世界で初めて仲良くなった奴だ。
自分に魔術の才能があるとしても、それを切り捨てるなんてことは考えられない。
「そうか、ではなぜ、ハーフエルフ、いや混血族が疎まれるのかを説明してやろう。それを聞いて、よく判断するんじゃ」
ラスによれば、魔術というのは、自然に即した知的生物ならば、誰でも簡単に扱えるという。
自然に即しているという条件の一つに、純血というのが存在している。
混血というのは、自然に即さず、不用意に自然を混沌に陥れる存在で、だから魔術が使えないのだという。
その話を聞いて、僕は丁重にお断りした。確かに、転生した結果、天才魔術師になるというのは、小説の主人公っぽくて面白いかもしれないけれど、でもやはり、話を聞いていて何か間違っているように感じた。
ラスはちょっと残念そうな顔をした。
「ふむ、そうか。まあよい。後で後悔しても知らんぞ。なにせ、魔術というのは力であり、一国を動かす力があるんじゃからな」
僕は魔術を教えてもらったお礼だけを述べ、大学を後にした。
とはいえ、ラスが口にした言葉に、僕個人が反発していても仕方ない、とは思った。なぜなら、ラスだけではなく、この社会の常識において、そのような力学が動いているということだ。その事実については、ちゃんと認識をしておかないといけない。
僕はモヤモヤする気持ちを晴らすために、街中を散歩していると、急にメアリに背中をたたかれた。
「あれ、メアリ。今日は何もないのかい」
「魔術師の間で噂になっています。ラスのお誘いを断ったと」
「ああ、別に何でもないよ、というか本当お前は情報が早いな」
「何でもない。貴方は本当に世間知らずというか、お坊ちゃんなのですね。ラスといえば宮廷魔導師でも屈指の魔導師。それに認められたということは、エリートとして、一生困らない生活が出来るんです」
そういえば、似たようなことを元の世界でも言われた気がするな。
「メアリ、お前案外世話焼きなんだな。俺がエリートの道を不意にしたら、指を刺して笑えばいいじゃないか。『兄様にこだわるからこうなるんだ』って言っとけばいいだろ」
メアリはちょっと俯いて聞こえるか聞こえないかの声でこういった。
「……そうね、兄様にこだわってくれて、ありがとう」
そういって、メアリはまたどこかに消えていった。現れたり消えたり、忙しい奴だな、と微笑ましく思った。
天才とかエリートとか、そういうものにあってないんだろうな。そういえば、元の世界でも似たような事件があったような気がする。
――すいません、この教授のデータは間違っています。このまま学会に発表することは、単なる捏造を発表することとなりますし、それは看過出来ません――
なるほどな、転生前からこんな感じだったんだな。
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