チェスを広めた娘の矜持
ベルクと僕は、皇帝の娘が住んでいる城へと向かっていった。
ベルクは自慢の作品である「自動チェスマシン・チェスやるぞう」も持っていこうとしていたが、従者に拒否されてしまった。
そういうことがあって、ベルクはテンションを下がりぎみで、少々肩を落として歩いていた。
僕としては、荷物が少なくなるからいいのだけど……。
案内してくれる従者によれば、皇帝の娘はチェスマシン自体よりも、その製作者に興味があるということだった。
城内に入ると、煌びやかな衣装を身に着けた貴族達が立ち話をしている。
その貴族たちは、僕たちを見るや否や、少し軽蔑した表情をして、また貴族内の噂話に戻っていった。
一瞬見えたその表情はその表情は、なんでこんなところに庶民が来ているのかしら、と言いたげだった。
これがこの世界の身分格差か、みたいなことを感じた。
僕たちは王の広間に案内された。
王座には、静かに国王の娘が、静かに座っていた。
恰も大理石の彫刻に生命が宿ったかのように、美しかった。その姿に、皇帝の娘であるということが、どういうことなのかを直感的に理解した。
ベルクのほうを見ると、いつもの大げさな調子が不自然になり、恰も道化のような振る舞いになっていた。
「あああああの、おおおおおおよびになって光栄ですエリザベス様、わたしがあのマシンをつくったそのののベルクというもので」
その様子を見て、エリザベスは微笑んだ。
「そこまで緊張しなくてもよろしいのですよ。ベルクさん。何も取って食おうなんていうことは無いのですから」
逆に僕のほうといえば、この世界について不慣れであることもあってか、あまり緊張することは無かった。要は、この社会について無知であるということが、良い方向に働いているんだと思う。
「ところで、自動チェスマシンを作った方でしたら、チェスについて詳しいかと思いますので、是非一局お相手を願いたいと思いまして、お忙しい中ですが、伺ってもらった次第です」
慈愛に満ちたその言葉使いは、確かにエリザベスがチェスをやっているのなら、自分たちもやってみようという気にさせてくれるカリスマ性が備わっている。
なるほど、やはり皇帝の娘なのだ。上に立つものをサポートする役割というのはこういうことなのだろう。
「そそそそうですね、わわわわたしはきかいたんとうですから、ここここのノノノノイがあいてくれるかと」
「余り緊張なさらないでください。こっちまで緊張してしまいます。貴方がノイですか。こちらに来て、一局お願いしてもよろしいでしょうか」
「私のようなものと対局して頂けるならば光栄です」
従者がチェス盤を用意すると、向かい合って対局することにした。普段ならばさわることのない、高級な駒をさわり、何回か手番を重ねるにつれて、事を理解し始めた。
いや、まさか。そんなわけは……。
そのような疑惑か、エリザベスの言葉で確信と変わる。
「なるほど、貴方でしたか」
その言葉は優しく静かに呟かれた言葉であり、周りの人間は聞き逃したであろう、その言葉の意味を、僕は聞き逃すことなく、そしてはっきりと理解した。
この手筋は、明らかに自動チェスマシンの中に入って対局した、あの強敵の手筋なのだ。
まさか、機械が自動的にチェスを打つ、ということがバレだら、ベルクと共に牢獄、最悪なら斬首刑に処される可能性がある。
そのような最悪な事態を考え、冷や汗が出始める。
「別に何もしようとは思いませんよ。ただ、私は強い人とチェスをするのが好きなだけ」
こちらの気持ちを察したのか、フォローを入れてくれる。しかし、動揺したせいもあるのか、手筋が乱れてしまった。
「チェスというのは不思議ですね。このように対局していると、段々と貴方のことがわかってくるような錯覚をしてしまいます。どうも、私はあなたを混乱させてしまったみたいですね」
そういうと、エリザベスはチェックメイトをした。ベルクは、その様子を見て、がっかりしていた。エリザベスを見上げると、ちょっと不満そうだった。
「格段にレベルが低くなっています。あのときのあなたなら、この状況ならばこう打っていたはずですね」
エリザベスは、駒を組み替えて、感想を述べていった。その姿は、元の世界でいうところの、プロの棋士に似ていた。
「いえ、元々これくらいの実力なんですよ。さすがです。完敗です」
エリザベスは、優しく、そして厳しい一言を発した。
「私は、私がちょっとでもすごいと思った人を、不当に下げるような人は嫌いです」
その言葉でドキリとして、エリザベスを見ると、ただ笑顔だった。そして、国王の娘は伊達ではないことを、まざまざと感じさせてくれた。
その後、エリザベスと対局したときに使用した同じチェスセットをプレゼントされて、帰路についた。エリザベスはどうやら僕のことをいたく気に入ったらしく、そのうち食事会に招待しましょうとまで言ってのけた。
ベルクは気を張って疲れたのか、帰路の間、魂が抜けたようにぼんやりしていた。僕も同じく対局の疲れからか、ぼんやりとしていた。
ベルクはぽつりとつぶやいた。
「チェスが上手いだけでエリザベス様に気に入られるなら、俺も勉強しようかなあ」
僕は力なく笑った。なかなか現金なやつだなと思った。
その日から、僕の日課に新しい習慣が生まれた。
それは文通チェスというもので、お互いに手紙で手を伝え合うという気の長くなるものだ。
元の世界にも、そういうものがあると聞いていたけれど、実際にやってみることになるとは思わなかった。
とはいえ、さすがに手を伝えるだけだと、余りにも素っ気ないと思ったのか、エリザベスから、色々な言葉が添えらえはじめてきた。
その内容は、エリザベスの好奇心が様々なところに広がっている多様な内容だった。僕は、出来るだけわかる範囲で答えていくことにした。
今回の手紙の内容は、哲学的な内容で、少々難しいけれど、なんとか答えようと、首をひねっていると、隣からプニッツの声が聞こえてくる。
「ベルク、あなたにはまったくチェスの才能がない」
驚いてみてみると、ベルクの駒は殆ど残っていなかった。プニッツのほうはといえば、殆どの駒が取られていない。
その様子をみて、ベルクは、チェスなんかよりも、ガラクタをいじっているほうが向いているんだろうな、と思った。
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