ハーフエルフとして生まれたが故の恨み
ベルクが説明することによると、下のような話らしい。
皇帝の娘が自動チェスマシンの話を聞きつけた。しかも、この自動チェスマシンはとんでもなく強い。だから、それを作った人を見てみたい、ということなのだ。というのも、そのマシンを作った人は、きっとチェスについて、深い知識がある人だからという。
話を真に受ければ、そういうことになるだろう。
だが、あまりにも話がはやすぎる。本人が直接見聞きでもしない限り、こんな一日で知るなんていうことはない。その場にいたか、あるいは……。
あまり深く考えてもしょうがないか。
僕の疑念なんて何処吹く風といった様子で、ベルクは「皇帝の娘に認められた」ということで舞い上がっていた。
そのせいか、また深酒をしてぶっ倒れてしまい、プニッツと僕は文句をいいながら、いつもの工房に運んでいた。
プニッツはそんな様子を見ながら、基本的には愚痴だったけど、とある一言が印象的だった。
「久しぶりに楽しそうだからいいかもね、妹ともちょっと揉めていたみたいだし」
その言葉を聞きながら、僕はやっぱりまだこの世界に転生したばかりなんだ、ということを実感させられた。
まだ知らなくちゃいけないことがたくさんある。この世界のことについて知らないことが多いけど、それでも僕に関わってくれた人についても、まだ知らないことがたくさんある。
僕はベルクを、酔っぱらったとき専用のソファに寝かせると、自室に戻って日記を書くことにした。
元の世界では日記なんで書く習慣はなかったけど、この世界に来て、少しでも理解を増やすために、日記を書こうという気持ちになったのだった。書いていれば、何かに気づくこともあるだろうし。
僕が羽ペンを動かしていると、窓が叩かれる音がした。
窓を開けると、メアリがそこに立っていて、手招きをした。
こんな夜更けになんだろうと思い、ランタンをぶら下げて外に出てみることにした。
改めて外に出てみると、月が明るい夜だった。
メアリの顔が妖美に照らされていて、そのミステリアスな印象をさらに際立たたせていた。彼女のあまりにも鋭い視線が無ければ、少しはロマンチックな夜だったと思う。
明らかにこの眼は、敵意の眼だ。
僕は恐る恐る声をかけた。
「なんだい、こんな夜遅くに」
メアリは静かな街並みに響く。目つきと同じく、冷たい声。
「やはり、貴方には迷惑しているのです」
そういえば、始めて会った時に、同じ事を言われたような気がする。
「うーん、もし何か気に障ることがあれば謝るよ」
「確かに、急に迷惑だと言われても、困惑しますね。ちゃんと説明することにしましょう」
メアリが説明することによると、こうだ。
前にも聞いた通り、もともとハーフエルフというのは、エルフにも馴染めず、かといって人間にも馴染めない、はみ出し者の存在である。
そして、はみ出し者であるが故に、表舞台に出ることもない。他にも、このような混血族というのは、この世界に多くいて、身を隠しながら生計を立てているという。
もちろん、カタギではない生活というのに引きずりこむのも気が引けるが、今のように訳の分からないものを作っている兄を見るのは、自分の心を引き裂かれるようで苦しいのだという。
「それで、なぜ僕が迷惑になるというんだい」
「あのような、成果も出ず、誰からも認められないことを続けるのであるならば、私と共に来て欲しいということです。私だって、兄様を支えるのは大変なのです」
結局のところ、理解されない科学者というのは、同じことを家族に言われるのか。僕は父親に言ったことを思い出した。
「僕は君が何をやっているのかは知らないし、知ろうとも思わない。赤の他人が、そういうことに首を突っ込むのは良くないと思うしね。だけど、少なくとも表の世界に生きようとしている人間を、あまり日の当たらない世界に引きずりこむのはおかしいんじゃないか」
そう言い終わるや否や、メアリは一層僕を険しくにらみつけた。
それは、僕個人ではなく、その裏側にある、社会一般に向けた憎悪なのだと思う。いわば、真っ当に表を歩ける人間への憎悪。
「貴方は純血族だから、そのように考えるのです。私たちは混血族です。兄が挫折し、傷つく前に、私と共に、いや混血族と共に生きて欲しいと願っているのです」
僕はその言葉に詰まり、元の世界のことを考えた。
元の世界ですら、表向きは差別が無い平等な社会をうたってはいるが、裏では激しい差別の感情をぶつけている。少なくとも、この世界ならなおさら、そうだろう。その辛さは、たぶん元の世界の何十倍でもあるだろう。
とはいえ、やはり僕はベルクが裏の世界で生きることを望んでいないし、そうするべきではない、と考えていた。
また短い間だけど、そう確信した。
そして、なぜか自然と次のような言葉が出てきていた。
「少なくとも、混血達全体を救うことは出来ないけれど、僕はベルク共に生きることはできると思う」
メアリは、ちょっとだけ意外な言葉を聞いた、という顔をした。
僕もこんなことが言えるなんていうのは不思議だった。
メアリは少し口元を上げた。それは嘲笑混じりというのだろうか。
「なるほど、そこまで言うのですね。ならば、兄様を表立って歩けるようにしなさい」
そういうと、メアリは夜の街へと消えていった。
空を見上げると、月がとても大きかった。
ベッドにもぐりこむが眠れそうにもなかった。元の世界のことを考えながら、僕はどうして、あんなことを言ったのか、考えることにした。
気が付くと、朝が明けていた。
そして、隣の壁からバタバタと聞こえてくる音で、目が覚めた。見てみると、ベルクが謁見の準備を行っていたのだ。
メアリの言葉を思い出す。
ベルクの奥底に流れている混血の呪い。
「なあ、ベルク」
「やっと起きたか。寝癖が付いてるぞ。そんなんじゃ、国王の娘に笑われるぞ」
この軽い言動が、ますます夜の出来事を重く感じさせる。こういうのは曖昧にしていても、だたモヤモヤとした気持ちが続くだけだろう。
「昨日、メアリに会ってさ」
「あ、メアリに会ったのか。人のことを面倒っていうくせに、あいつも面倒だからね」
「なんていうか、ベルクってハーフエルフだろ。なんていうか、僕にはわからないけれど、結構大変なんじゃないかって」
ベルクはそれを聞いて、笑った。
「あははは。なんだ、朝から妙に重い表情だな、と思ったら、メアリに変なことを吹き込まれたな。あいつも困った奴だよ。
今後、またメアリがヘンなことを言って、ノイを心配させたら困るから、はっきり言うけど、僕は理解されないことには慣れてるよ。いや、むしろ理解されないことをこじらせたって言ったらいいのかな。まあ、メアリもそういうところがあって、ああいうことになったけどね。
なんだろうな、じゃあ僕は理解できないことをとことん理解してやろうと思ったんだよ。そうすると、魔術では理解できないことがたくさんあったんだよ。
つまり、魔術師が誤魔化して、自分たちの都合のよいように理解している部分がたくさんあったんだよ。魔術の体系からはみ出した知識を、僕は科学と呼んでいて、自分が理解されないことを恨むかのように、理解しようって思ってるだけさ」
この整然とした言葉に、ベルクとメアリの共通点を見出した。
ベルクも、実はすごく物事をよく見ているということだ。ただ、その使い方が違うだけなのだ。ベルクは抜けているところはあるけれど、見ているところは見ている。
そして、兄妹の根底にあるものも同じだ。
自分、いや自分たちが理解されないことに対する恨みだ。
そして、ベルクの明るさに違和感を覚えたのもそのせいだったのだ。ベルクは、何かを忘れるために、明るくふるまっているだけなのだ。
その様子を見ながら、僕はこの世界について、まだまだ知らないことが多いことを実感した。
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