「自動チェスマシン・チェスやるぞう」は、本当は自動ではない

「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。

 憎たらしいゴブリンの魂が宿ったこの人形、人間にチェスで負けたゴブリンの魂がやどり、チェスによって人間に復讐するとたくらんでいる。

 いつかは、チェスで世界征服をたくらもうとしている。この野望を打ち砕くことが出来る勇者はこの中にはいないか」


 聞いていると本当にバカバカしい宣伝文句だ。二束三文の小説にもなりはしない。

 自動チェスマシンの中、というのは、要は「自動チェス」という文句は真っ赤な嘘で、駒を動かしているのは僕だということになる。

 そもそも、この世界の技術において、チェスの盤面みたいな複雑なことを、歯車やら何やらで表現できるわけがない筈だ。


 どうやって動かしているかというと、チェス盤が置いてあるテーブルは、大きな箱となっていて、四方から見えないようになっており、チェスの駒には磁石がとりつけられている。

 そして、ちょうどチェス盤の裏側にも磁石がついていて、それを箱に入った僕が動かす、という仕組みだ。


 蓋を開けてみればこんなものだ。


 僕はテーブルの下に入り、盤の磁石を見ていた。

 周囲では、僕の物音がわからないように、ひっきりなしに歯車が動いていて、騒音を出している。中の人間からしたら、少々うるさくて、耳を悪くしそうだけど。

 ちなみに、チェス盤の裏、つまり僕が見ているほうの磁石は、それぞれのコマを簡単にあしらった形になっている。

 本当にベルクは、手先の器用さに関しては、褒めるところしかない。


 レバーが降り、少し大きめの音がなる。

 ベルクによれば、レバーを下したときに、マシンを起動させるための合図ということになっているが、それは建前であり、実際は、僕にゲームのスタートを教える合図である。

 薄暗い箱の中で、歯車の音が少々耳障りなことを除けば、チェスの試合自体は呆気ないものであった。

 楽勝だとしか言いようが無い。

 プニッツとの勝負に比べれば、退屈な試合が続いた、ただ一戦を除いて。


 その相手は、今までの対戦とは、明らかにレベルが違っていた。

 どう違うのか、というと難しいが、今までのが場当たり的な、いわばその場しのぎのチェスだったと感じられるのに対し、大局的な、つまり流れというものを理解してチェスを打っていた。

 ちなみに、プニッツの手筋は半分半分で、大局を理解しているようだけれども、しかし目の前の状況に気を取られる節があった。

 ところが、その相手は、明確に大局を理解して打っている。


 一手毎に、周囲の観客のどよめきが聞こえてくる。

 正直追い詰められていたが、相手の一つのミスから上手く打開し、何とか勝利を手に入れることが出来た。

 面白いゲームだったけど、本当にただ疲れた。

 そばに会った「もうこれ以上は無理」という合図のボタンを押すと、ベルクは店しまいだよ、という形で客たちを追い払った。

 マシンを裏路地に動かす音が聞こえ、合図をしたのちに、僕はマシンの下からはい出した。


「いやあ、儲かった儲かった。やっぱりゴブリンって設定が聞いたな。相手が負けられないって熱くなるんだもんな。勝負事は、やはり相手をそそのかしてこそ、だな」


 なんていうか、最初あったときからそうだけど、こういうずる賢い方法でお金を巻き上げるのが好きなんだな。

 半分くらいは裏の人間というところか。


 ベルクは、タネがばれないように、マシンを工房に片付けに行くと出て行った。

 僕は、軒先を貸してくれた女将さんに謝礼金を収めるために、食堂の中へと入った。


「あらあら、案外儲かったのね」


 女将さんはにっこりと笑った。

 僕はハーブティーを頼んだ。


「あの子も、根は愛嬌が良くでかわいいんだけど、変り者でしょ。だから理解者がなかなか出来なくて心配していたのよ。

 あんたが何処から来たかはわからないけど、仲間ができて急に明るくなってね。安心したわ」


 そう言いながら、ハーブティーと、疲れにいいというロイヤルゼリーをデザートに添えてくれた。

 簡単にお礼を言うと、ゆっくりとハーブティーを口に含んだ。


「女将さんは、ベルクくんのことがかわいいんですね」

「そうよ。元々、この酒場や食堂ってのはね、はみ出し者が集まる場所なのよ。ここの親父さんもまたはみ出し者。そういうはみ出し者が集まって街を作るの。考えたら当然よね。だって、何もなかったら、村で畑を耕すんだから」


 たぶん、女将さんも色々と苦労しているんだろうな。

 急に記憶の欠片が飛び込んでくる。


 ――僕は地元の大学が嫌で、そして、自分の家族が嫌で、わざわざ都会の大学を選んだ。地元が好きなら、わざわざ出てくる必要がないもんな――


 そんなことを考えつつ、ロイヤルゼリーに舌鼓をうっていると、鬼のような形相をしたプニッツが入ってきた。


「ノイ、やっぱりいたのね。またベルクがしょうもないことをやってたでしょ」


 たぶん、あのニセ自動チェスマシンのことだろう。

 僕はプニッツをなだめるために、ロイヤルゼリーを薦めてみた。女将に差し出されたゼリーを目の前にして、ちょっと顔は緩んだけれど、やっぱり不機嫌そうで、乱暴に口に運んでいた。


「ああいうヘンなことで金を稼がず、もうちょっとマトモな、人のためになる仕事をすればいいのに。私が教会の仕事を紹介しても、面倒くさい、嫌だばっかり」


 僕は笑いながら、話を聞いていた。


「そういえば、プニッツとベルクってどういう仲なんだい。結構仲が良くて、正直羨ましいって思う」


 プニッツの、ロイヤルゼリーをむさぼる手が止まった。


「別に仲は良くないわよ。腐れ縁って感じ。ああいう奴はね、ほっとくと悪い世界に入りこんじゃうから見張ってるだけ。ただ妹のほうは……」


 そう言いかけて、プニッツは言葉を飲み込む。

 やっぱり、妹のほうは訳ありなのか。


「まあいいわ。とにかく、ベルクは調子乗りで、気分屋で、役に立たないことばっかりやっているけど、それなりに賢くて、悪い奴ではないことは確かなのよ。

 あんなことばっかりしているのも、別にお金のためじゃなくて、人をあっと言わせたい、という気持ちからなのよ」


 ああ、これは確実に仲がいいな。大抵、仲がいい間柄というのは、悪口から入って、それでも褒めたりするもんな。やっぱり羨ましい関係だと思う。僕も、この世界で、そういう関係になれる人が一人でも多く作れるといいな。

 プニッツが、ロイヤルゼリーを食べ終わる。ちょっと怒りがおさまったようだった。


「ところで、ノイ。貴方だっていつまでも、ベルクのところにいるわけじゃないでしょ」

「えっ、急に何の事だよ」


 そんなこと考えたことなかったから、びっくりした。

 この世界に転生してから、こうしたいという欲は特になかった。そもそも、チート能力だって、野心的なことを考えるのには、余りにもかけ離れた能力だったし。

 なんていうか、どうせなら平々凡々と暮らせれば、それで万々歳なんじゃないかって思っていた。


「うーん、なんていうか、そばでずっと見ていたけど、ベルクのところにいる器じゃない気がするのよね」

「高く買ってくれるのはありがたいけど、僕は平凡な人間だよ」

「いやいや、君は平凡な人間じゃないな。このベルクが認めているんだ、誇りに思わなきゃ」


 気が付くと、ベルクが何やら自信満々に立っていた。そして、その様子を見て、プニッツは頭を抱えていた。


「どうしたんだよ、ベルク。片付けにしては、少し遅くないか」


 とりあえず、僕はたずねてみることにした。


「聞いてくれよ、あのマシンを作った人を見てみたいからと、皇帝の娘さんから直々の招待を頂いたんだ」


 そういいながら、ベルクは自信満々に手紙を見せる。


 僕とプニッツは顔を見合わせた。

 そして、僕は呟いた。


「少し、話の展開が早くないか」

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