なんでこの世界に、僕の知っている「チェス」が存在しているんだ
この世界にチェスがある。
物理法則は、異世界だったとしても、魔術という存在の有無以外は、共通したものになるというのは、感覚としてわかる。
しかし、この世界に存在しているゲームそのものが、元の世界と一緒なのは奇妙に思える。
例えば、チェスのようなコマ取りゲームを考えた場合、日本ならは将棋と呼ばれているわけで、名前もルールも細かな点で違う発展をしていると考えるのが自然だろう。
話を聞いていると、この世界で「チェス」と呼ばれているゲームも、元の世界で「チェス」と呼ばれているゲームと、ほぼルールが一緒だ。
元の世界から持ち込まれたかのように、一緒なのだ。
もし、チェスが元の世界から持ち込まれたものだとするならば、僕以外に、この世界に転生してきた人間がいるということになる。
それが何を意味しているのかはわからないが……。
僕は「チェス」というゲームを知っているけれど、説明を聞きながら、とぼけた口調で答える。
「へぇ、こんなゲームがあるんだね」
「そうだよ、今じゃみんなやってるよ。最初、国王の娘が入れ込んだみたいで、それで周囲の人に薦めたらしいんだ。それを皆が耳にして、それで流行っているというわけ」
その話を聞きながら、この世界にチェスを広めた人物がいるということを理解した。そして、たぶんその人物は、自分と一緒の世界から来ている可能性が非常に高い。
「あれ、何深刻な顔をしているの」
「あ、いや、なんでもないよ。さっきのメアリの話をちょっと考えてたんだ」
「ああね。俺みたいなチャランポランな仕事じゃなくて、結構危ない橋を渡っているからなあ。俺も早く有名になって、妹を安心させたいんだけどね」
あまり考えても仕方ない。
その設計図を見ると、僕は適当な材料を探して組み立て始めた。
自分以外に、この世界に転生してきている可能性がある、ということを忘れるかのように、作業に没頭しはじめた。
偶然だろ。
ゲームの進化において、面白くなる過程において、たまたま元の世界のゲームのようになっていった可能性というのもあるのだから。
ベルクは、機械が組み立てられる様子を見て、驚きを隠せない様子だ。
「凄い、君は賢いだけではなく、器用でもあるんだ」
「器用とはちょっと違うかな、組み立てることは簡単に出来るんだけど、細かい作業で一から作ることは苦手なんだ」
ベルクは分かったような、分かってないような顔をして、ただうなずいていた。
たぶん、何もわかっていないが、目の前で試作品が出来ていくのを見て、よしとしたんだろう。
何処から持ってきたのかわからない古ぼけたゴブリンを括り付け、「自動チェスマシン」は形になった。
「とは言ったけど、形だけの自動だね」
僕は率直な感想を伝えた。
「まあ、手品みたいなモノだっていえば、納得するんじゃないか。種も仕掛けもありますよ、というわけさ。ただ、それが解らなければ、いいんだよ」
僕は僕で、分かったような、分かっていないような顔をした。
ちなみに、僕のチート能力である「なんでも組み立てる能力」は、ゲーム風に言えば、器用度がカンストするとか、そういう訳ではないようだ。試しに、簡単なネズミの彫刻を掘ってみたけれど、汚い豆まんじゅうが出来ただけだった。
この結果を受けて、細かいことに関しては、ベルクに任せることが一番だろう。自動チェスマシンの仕上げはベルクにお願いすることにした。
僕は何をするかといえば、プニッツに頼んで、チェスの相手をお願いすることにした。どうやら、この一帯では、プニッツはかなりチェスが上手いらしい。
自動チェスマシンを作るからには、ある程度のチェスへの理解は必要であるだろうし、そもそもこの自動チェスマシンを動かすために、僕がチェスを上手くなるのが前提条件としてあるのだ。
僕たちは、例の食堂にて、チェス盤を前にして向かい合っていた。
「そういえば、聞きたいんだけど」
「何、ノイ」
以前から気になっていたことを、話してみようと思った。
「僕がこの街に来てから、魔術的なものについて、余り出会うことが無いんだけど、魔術ってそんなにメジャーじゃないのかな」
プニッツは駒をつかんだまま、暫く考え、そのまま移動させた。プニッツの手は、本人らしく、攻撃的で、ちょっと危なっかしいと思う。
「たまたまじゃないの。戦場や冒険の世界では、魔術は必須だけど、日常生活では、魔術が無くてもやってはいける、ってだけの話だと思う」
僕はそれに対して応対する。
とにかく、僕は受けることにミスさえなければ、相手のミスを誘えばいい、と思うことにした。
「ああなるほど。兵士の剣は、日常生活に置いては振るうことはないしね」
「そうね。ただ、それだと魔術って野蛮だね、という話になるから、日常生活で魔術を活かせる方法を探している人達もいる」
僕の科学に対する理解の水準は、元の世界の義務教育レベルの理解度でも、この世界と比べれば、ずいぶん高い。これは疑いなく断言できる。
少なくとも、この世界においては、科学的な思考が出来るベルクと比較すればそうだろう。
しかし、魔術に関してはどうだろうか。
この世界において、魔術が疑いもなく許容されているとするならば、僕の科学に対する理解と真っ向から対立する可能性が出てくる。そうすると、元の世界における常識が足かせになって理解を拒む可能性が高い。
問題は、科学における整合性と、魔術ににおける整合性だ。
「で、こうやってチェックメイト……で正しい筈」
「ああ、もう負け。詰んじゃった」
最初は、流石に経験の差が出ていたのか、プニッツに負けっぱなしだった。
だけど、記憶の欠片が戻り、囲碁将棋部にいたという経験が戻ってから、勘をつかみはじめ、プニッツに勝ち越しすることができるようになっていった。
あとは、ちょこちょこと寝る前に一人チェスを行って訓練したのも大きいかもしれない。
「しかし、こんなに短期間で上達するとは思わなかったわ。これだけ上手くなれば、もしかしたら、皇帝の娘とも戦えるようになるんじゃない」
ああ、そうだった。ベルクによれば、皇帝の娘がチェスを広めたんだっけ。
僕は、チェスを仕舞ながら、もう一つ、この世界について聞いておきたいことを尋ねた。
「そういえば、この世界には、巨悪が存在するのかな。魔王みたいな」
「伝説上は存在しているけど、最近はご無沙汰かな。
確かに、悪魔とか魔族とか、そういうのはいるけど、あくまで一勢力っていう捉え方をしているかな。結局、他の国と同じ存在ってわけ。住んでいる世界が地上が地獄か、くらいの違いしかない。
私たちのような庶民は、そういう魔王がどうの、というよりも、皇帝の税や、隣国の戦火がこっちにも飛んでこないか、とかそういうことのほうが心配なのよ」
なるほど、そういう存在は、いることにはいるのか。
ただ、よくあるような、魔王に対抗する勇者、みたいな構図ではないということのようだ。
「しかし、ノイって、何も知らないのね。なんか他の世界から来たみたい」
「とはいえ、僕が他の世界から来たって言っても信用はしないだろ」
「そうね、今のところはね」
チェスを片付ける。今日の練習はこれでいいだろう。
プニッツは、教会の雑用があるということで、ここで別れることにする。
僕は自宅兼ベルクの工房へと向かった。
「自動チェスマシン・チェスやるぞう」と名付けられた機械に括り付けられたゴブリン人形は、本当に憎たらしい顔をしており、今にも殴ってしまいそうだった。
ベルクは僕の姿が見えるや否や、上機嫌に手を振ってみせた。
「こっちの機械は、完璧に仕上がってるよ。そちらのチェスの腕前は上がったかい」
「まあ、プニッツと五分五分にまでは上手くなったよ」
「プニッツに勝てるんだったら上等だよ。ここらでは、殆ど勝てる相手がいないんだからね」
ベルクは満足そうにうなづく。
そして、僕たちは、次の朝、自動チェスマシンを例の食堂の前で大々的に売り出すことにした。
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