なぜか、友人の綺麗な妹に初対面で嫌われる

 プニッツは教会に帰っていった。用事があるから、とは言っていたが、もう一つの理由としては、僕たちに呆れたのかもしれない。

 それは被害妄想か。


 しばらくの間、ベルクの工房に居候することになったので、僕たちは工房の一室を整理して、僕のための自室をこしらえたりしていた。

 とはいえ、ベルクは整理の途中で出てきたガラクタを見て懐かしがったりしていたので、なかなか整理がつかなかった。

 

 いわゆる大掃除あるあるってやつだ。

 

 ベルクは紙切れを拾っては、そのアイデアが如何に素晴らしいものなのかを熱心に話してきた。最初の頃は、云々と聞いていたが、段々聞き流すのも面倒になりはじめ、整理が終わった頃には、日が暮れていた。


「今日は『科学振興会』に新しいメンバーが入ったんだ、お祝いだ!」


 陽気に酒場へと繰り出す。鼻歌交りながら歩くベルク。僕はベルクの妄想を延々と聞かされて、ぐったりとしていたが、せっかくだし付いていく。酒場といっても、昼頃に食事し、ベルクと出会った食堂だ。どうも、昼と夜によって営業形態が変わるようだ。


 到着し、酒場の中に入る。

 すると、飲んでいた客の数人が、こちらの顔を見ると、目くじらを立てて、近づいてきた。人相がすこぶる悪い。


「おい、イカサマベルク、この顔を覚えてないわけじゃないだろうな」


 ベルクは涼しい顔をして答える。


「もしかして、僕と賭博した人?でも、一般的にインチキとか、ズルとかじゃないよ。僕は魔術が使えないしね。それに関しては折り紙付き……」

 

 男は怒鳴る。滅茶苦茶迫力があって怖い。


「バカにするんじゃねえ、俺の金を巻き上げことは事実だろうが」

「はあ、いるんだよな。自分が負けたのはイカサマだからだとしか思えない人間が。そういう奴はそもそも賭博をやらないほうがいいね。高い授業料を払ったと思って……」


 ベルクの煽り口調に驚く。もっと怒らせてどうするんだ。空気読めないのか。


「あんまり調子に乗ってるんじゃないぞ」


 目の前の男は拳を振り上げて、ベルクにストレートをお見舞いしようとする。だが、顔に当たるか否かのところで、拳が止まる。そして、その巨体は故障したロボットのように崩れ落ちた。

 よく見ると近くにいた黒髪の女性が何やら細工をして止めたようだ。


「兄様、またこのような危険な仕事をしているのですか」


 ベルクはさっきのことなんか無かったかのように、女性に飛びつく。

 このベルク、なかなか神経が図太いというのか、あるいは鈍いというのか。さっきの会話の内容からすれば、無神経、というのが正しいかもしれない。

 そして、無神経であるということは、たぶんモテない。残念なイケメンタイプ。


 そして、一方この黒髪の女性。目筋が明瞭で、そして透き通った瞳と、つんと高い鼻。尖った耳。身体はローブを羽織っていてよくわからないが、たまに隙間から見える線は、十分にスリムさを感じさせる。

 恐らく、笑えばモテるタイプ。


「メアリ、会いたかったよ」


 ベルクは、メアリの髪の毛をクシャクシャにしている。

 メアリはなすがままにされている。無表情のまま。


「しかし兄様、お言葉かもしれませんが、私達のようなハーフエルフが、ドワーフの真似事をしたところで、叶うわけがありません。早くそのような仕事をやめたほうが良いかと思います」


 なるほど、ハーフエルフか。

 そして、少しだけあった違和感の正体も把握した。


 もし、元の世界で熟成されたファンタジーへの偏見が、この世界でも通用するとするならば、自然を愛するエルフが、科学などということに興味を持つ筈がなく、それどころか嫌悪感を覚える筈だ。


「何を言っているんだメアリ、苦節数年で、やっと同士を見つけたんだ、このノイというやつはすごく頭がいいんだ。もしかしたら、直ぐ僕を追いこすかもしれないんだ」


 ベルクの説明に熱がこもる。何もしていないのに、そんなに褒めてくると恥ずかしい。


 メアリは表情を崩さず、無表情のまま、僕のほうをじっと見る。

 綺麗な顔つきの中に、冷たい、内側からえぐり、何かを見通すようなまなざしが突き刺さる。黒髪の似合う美人だけど、見つめられたら、照れくさいというより、何か刺されるのではないか、という怖さを感じる何かを持っている。


 直感がこう告げる。

 


「なるほど、この方は、兄様が認める方ですか。ところで、貴方は兄様のことをどうお考えなのですか」


 単刀直入に聞くなあ。


「まだ会ったばかりだからわからないよ。ただ、何ていうか、創造的だなあっていう気がするよね。天才肌というか」


 ベルクはその言葉を聞いて、大きく首を縦にふっている。どうやら満更ではないらしい。


「そうだ、僕と彼の『科学振興会』で、今後世界を科学であっと言わせるんだ」


 ベルクは、僕と肩を組み、拳を天井に振り上げた。


「あの子ったら、酒も飲んでないのに、あんなに舞い上がっちゃってるよ」


 でっぶりとした、貫禄のある女将さんが、茶々を入れる。如何にも、この酒場を切り盛りしている女将さんという感じだ。親父さんも、心なしか笑顔に見える。


 僕たちは改めて、酒場で飲むことにした。

 話を聞くのに専念するため、酒のペースを調整しながら、話を聞くことにした。


 うすうすと感じてはいたが、『科学振興会』という団体らしきものは、ベルクと僕以外に、誰もいないということだった。

 ベルクとメアリは兄弟で、ハーフエルフという種族らしい。

 そして、この世界では、混血は魔術が使えないということになっているようだ。

 そのため、魔術を使うことを誇りとするエルフの間では、落ちこぼれという扱いを受けることになるし、さらにこの社会では、どうやら血統主義が根強くあり、混血ということが、そもそも差別を受けることが多いようだ。

 

 熱心に聞いていると、ベルクは、僕がこの世界についてあまりにも何も知らないことが面白くなってきたようで。


「しかし、ノイ、君は科学的なことならば、良く知っているのに、世間的なことには疎いんだな、案外貴族のおぼっちゃまとかそういう感じなのかい」


 テンションの高いベルクとは裏腹に、メアリは酒ではなく、何かハーブティーを飲んでいる。メアリは、ずっとこっちを眺めている。明らかに値踏みするような眼を変えない。無口で落ち着いているのが、なおさら怖い。

 そんなメアリの様子などお構いなしに、ベルクは「いつか『科学振興会』を世界規模の団体にするんだー」という野心をわめいていた。

 僕はメアリの視線が怖くて、形だけでも酒を勧めてみたが「ただ後に響くので」という一言で断られた。

 このささやかな歓迎会は、ベルクがつぶれることで終わった。僕はベルクを担ぎながら、家を後にすることにした。

 会計はメアリが払ってくれた。


 僕は家に着くまでに、メアリと一緒に歩いたが、何の会話をすることもなかった。例のベルクの職場に付き、メアリに付き合ってくれたお礼を一言いった。

 すると、メアリは一言口にした。


「正直、貴方には迷惑しているんです」


 そのようなことを言われ、メアリは夜の街に消えていった。

 ……何か嫌われることでもしたっけ……。

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