チートがあるならば、与えたられた能力よりも元の世界で培った知識のほうが大きい

 僕たちは食事を済ませて店を出る。

 ベルクに何処に向かうか尋ねたところ、どうも自宅兼工房に向っているとのこと。


「ところで、君はプニッツと知り合いみたいだけど、どういう縁なんだい」


 改めてベルクを見る。

 背が高く、好青年。そして、エルフを思わせる整った顔つき。そして、短髪ながらに整った髪。

 俗っぽく、そして失礼な表現で言うと、黙っていればモテるタイプ。


「実は、僕はこの街に来るまで、何も食べずに歩き続けて、この街に辿りついたんです。

 すると、身分の証明するものとかなんやら騒がしくなっちゃって。その騒ぎを、たまたま通り過ぎたこの人が助けてくれて」

「だって聖職者だもん、困っている人を助けるのは当然でしょ」


 僕を助けてくれたプニッツ。

 正直、第一印象としては、失礼ながらも子供のように思える。ただ、子供にしては知的にも見える。この世界のことはよくわからない。種族によっては、幼く見えても、はるかに歳をとっている可能性はある。

 ただ、さっきみたいに、些細な揉め事でも首を突っ込まずにはいられないようで、良くも悪くもおせっかい焼き、というところなのだろう。


「もう、少しお金が無いからって、ああいうギャンブルみたいなことで小銭を稼ぐのを辞めたら?いつか事件に巻き込まれるんじゃないかって」

「まあ大丈夫だよ。妹が何とかしてくれるさ」

「そういう楽観的なところがあるから、仕事が回らないんじゃないの」


 ベルクとプニッツの、仲の良い姿を見ながら、街の様子を見てまわる。


 屋台の果物屋。鉄を鍛えている鍛冶屋。立ち話をしている兵士。石造りの道路。行きかう人々。


 僕がゲームや小説でしか知らないような世界が、目の前に繰り広げられている。

 バーチャルリアリティーなんていうのか元の世界で流行っていたけど、これは紛れもないリアルだ。ちょっと鼻につく独特の臭いや、吹き抜ける風、足元の道の感触が、さらにそれを強調させる。


 しばらく歩くと教会が見える。

 目の前では老年の男が、長机を広げ、何やら紙切れを売っている。その周囲に人が集まっている。


「さあ、集まれ集まれ。これを買えば罪がツンと消える。箱にお金を入れればチャリンと鳴り、天使が貴方を天国に連れて行く。別名・神への超特急。どんな罪人でもこれを買えば敬虔なる信者に早変わり」


 僕は、その様子を見ながら、まるで露天商の口上みたいだな、と思う。とても調子が良く、ぐいぐいと引き込まれる。ふと横を見ると、プニッツが露骨に嫌そうな顔をしている。プニッツの、その様子をベルクが見ていて、茶化し始める。


「あの贖罪符しょくざいふってのが嫌いなのかい」

「嫌いよ。

 だってさ、罪っていうのは神様しか許してくれないんだもの。

 で、さらにはああやって金を稼いだ司祭が偉そうに、私とかをアゴでこき使うんだもん。まさに腐敗の象徴って感じ」

「ははは、単にあの司祭にイヤらしい目つきで見られたのが嫌なだけじゃないの」


 笑うベルクをプニッツが怒る。

 僕自身には、特定の宗教を信仰するといったことに興味はないけれど、なるほどなという気がする。宗教も色々な方法を使って、信徒から金を集めているわけか。とはいえ、あの紙切れ一枚で罪が許されるとすると、反発する信者も多そうだ。


 知らないことが多いためか、僕は周囲をキョロキョロと見回しながら歩いていた。その不審者っぷりを見て、ベルクに「なんだよ、狼にでも育てられたのかよ」なんてからかわれていたりした。実際、僕のこの世界に関する知識は、狼に育てらたくらいの知識しかない。


 そんなやり取りをしているうちに、ベルクの工房にたどり着いた。

 外見的には、工房というよりも倉庫という感じだ。さすがにベルクの細い身体で、肉体労働みたいなことをやっているようには思えない。


「上がってよ」


 僕たちは中に入る。

 中は、所狭しとガラクタが置かれてある。謎のゴブリンの人形とか、大小の歯車とか、よくわからない図形をメモした紙切れ、何かのパーツを削り出して途中で辞めた跡、壊れた何かとか、何かとか、何とか、何とか……とにかく何かの集まり。

 一言でまとめれば、単なるゴミ屋敷。お世辞にも人の住めるような場所ではない。ここに住んでいるとするならば、ベルクはかなりの変人であり、近所に住んでいたら目を反らすだろう。見た目が変人でないのだけが、社会の接点といったところだ。 


 ベルクは、布が破れてボロボロになったソファみたいな長椅子に、二人を座らせて、そして話をし始めた。


 「いや、さっきの箱の説明は完璧だったよ。君みたいなちゃんとした科学的な考えが出来る人間はなかなかいないからね。

 これはちょっと話をしないとな、って思って勧誘したんだよ」


 プニッツは不機嫌な顔をしている。

 そういえば、プニッツが笑っているところを余り見ないな。色々と面倒をかけているから、仕方ないっちゃ仕方ないけど。


「で、君に見せたいのはこれなんだ」


 金属性の棒が上から飛び出していて、横にはハンドルがついている、謎の箱。


「横のハンドルを廻してみてよ」


 箱の横に取り付けられたハンドルを廻してみると、棒の先からパチパチと火花を散らし始める。プニッツは大きなため息を吐く。


「だから、魔術で何時でも雷を起こせるこの世界で、こんな小さなものがパチパチしたところで、何の意味があるの」


 うすうす感じてたけど、プニッツの言葉で確信に変わった。

 やはり、


「プニッツもそうだけど、皆、科学というものが解ってはいないんだ。

 魔術は確かに派手だけど、素質の問題もあるし、本人の精神力を使うんだ。

 だけど、科学は誰にでも使えるし、疲れていても全然問題がないんだ。その利便性を誰もまだ理解できていない」

「利便性もクソも、何も便利じゃないもの。ただのおもちゃ」


 そのやり取りを見ていると、転生前の記憶の欠片が、頭の隅を通り過ぎる。


 ――その記憶とは、父親のことだ。

 僕の父親も科学者で、よく研究室に籠りきりだった。そして、直ぐに実用できるような研究ではなかったから、周囲からはただの変人扱いされていたし、それほど給与も良くはなかった。

 僕はそういう父親を良く思わなかったから、そちらの道に進むことは無かった。もちろん、父親はそれを期待はしていたんだけど――。


「で、どうだい、ノイ。魔術の無いところから稲妻が生まれる。君ならこの素晴らしさを解ってくれる筈だ」


 僕はちょっと考えて、応えることにした。要するに、静電気を溜めることによって放電させているだけの話だ。確か小学生のころに同じ実験をしたことがある。とはいえ、この世界にはたぶん、静電気という概念はない。僕は少し考える。


「たぶん、これはガラスか何かが中に入っていて、それを擦り合わせることによって、小さな電気を集めて、大きな電気にしたんだと思う。それが金属の棒から出ている、という仕組みだね」


 ベルクはその説明を聞いて、ぱっと目を輝かせた。


「一目見て仕組みが解るなんて、君はやはり何処か偉い科学者なのか、それとも、未来や別の世界からやってきた訪問者なのか」


 僕はどきりとした。

 その様子に、ベルクは「冗談だよ」と言って笑った。

 さすがに「実は別の世界からやってきましたー」なんていうことになると引くだろうな。俺がベルクだったら、コイツやばい奴じゃん、って警戒する。


 一点、僕の失敗があって、この世界の物理法則を元の物理法則と同じように考えてしまったことだ。結果、それで整合性が取れているようなのでいいんだけど。物理法則に関しては結構一緒のところがあるかもしれない。

 最も、問題はまだ見ていないをどのように考えるか、という一番の難題があるけれど。


「とはいえ、君が何者かどうかは、僕には関係が無いんだ。事実はただ一つで、君は科学に対する深い知識があるということだ。そこで、君にお願いがある」


 元の世界における義務教育レベルの話でこれだけ喜んでくれると、少々恥ずかしい気持ちにもなる。

 こういう世界において、チートが何かと言われれば、元の世界の知識が使えることにある、ということを実感する。


「僕の『科学振興会』に入ってくれないか。もし行き場所がないなら、ここを一時的な滞在場所にしてもらって構わない」


 現状を振り返ってみて、チート能力である「なんでも組み立てられる能力」と、元の世界における知識が活かせるのはここしか無いんじゃないだろうか。

 僕はこころよく引き受けた。


「しばらくの間、よろしくお願いします」

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