異世界で科学を発展させるとして、僕には何が出来る?

えせはらシゲオ

プロローグ・出会い

異世界に転生したのはいいけれど、前世のことは覚えちゃいない

「つまり、何も食べずにここまでやってきて、着いた瞬間に倒れちゃったってこと?」


 目の前で、司祭服を着た少女が、呆れた顔をしてこちらを見つめている。

 赤毛に、少しむっくりとした体形と、栗色の瞳。その様子にちょっと幼さが見える。そんな子だ。

 僕は、ぼさぼさの黒髪と伸びきった無精ひげ、そしてこの世界には珍しい衣服をまとっていたが、そんなことおかまいなしに、空腹を満たすために、目の前に用意された食事を口に運んでいる。

 口をもぐもぐさせながら、周囲を見渡すと、少し客が入っていて騒がしい。そして、僕の姿を見て少し笑っている人もいる。


 ……悪かったな、みじめな恰好で。


「で、あなたの名前は?」

「僕の名前は、では、野井満のいみつるって呼ばれてた」

「元の世界?」

「あ、いや、こっちの話。この猪肉のスープ美味しい。ジャガイモにもよく味が染みていて」

 僕が大げさに目の前の料理を褒めると、切り盛りしている女将さんが明るく「ありがとうね!」と言ってくれる。なんとか誤魔化しきれたか……。


 僕は元々こっちの世界の人間じゃない。

 いわゆる異世界に転生した人間だ。名前は野井満。ひらがなで「のい・みつる」。年齢は確か、二十五歳。あっさりとした自己紹介になってしまうが、転生前のことについて、それ以上のことは、実のところ、あまり覚えていない。

 

 異世界に転生したのはいいけれど、特に派手な能力を持ち合わせているわけでもなく、勝手がわからず、とりあえず道沿いに歩いていき、この街にたどり着いたのだ。とはいえ、一日飲まず食わずで歩き続けた結果か、門にたどり着いたときには、疲れて倒れてしまったのだ。そして、倒れていたところを、この少女に拾ってもらった、というわけだ。


「で、貴方はこの町に来て何をしようと思ってるの」


 僕は口に含んだ猪肉を強引に飲み込む。


 「何も考えていない。人の多いほうに向えば何かあるかな、くらいで」


 少女は深くため息をつく。


「まあ、いいんだけどさ。この辺で余所者が出来る仕事っていったら、何かしらね」


 彼女は腕を組みながら考える。

 お腹が満たされ、気持ち的にも余裕が出てくると、この世界がどんな世界かというのが、何処となくわかりはじめていた。

 猪肉のスープ、発酵しきれていない硬いパン、目の前の男臭い連中、石造りの家、ぶら下がったランプ、等々……。


 この世界は、たぶん元の世界では「ファンタジー」と呼ばれていた世界だ。歴史的には、中世ヨーロッパか、あるいは近世か、あるいはごちゃまぜか。そういったところだろう。


 元の世界でいうところの「ファンタジー」ならば、冒険者という職業も、もしかしたらあるかもしれない。

 しかし、自分の能力は、恐らく「冒険者」には余り向いていない能力だ。

 なぜなら、僕の能力は「」という能力だったからだ。

 自分の能力が、もし「最強の剣術でバッサバッサとモンスターをなぎ倒す」とか、あるいは「最強の呪文で一帯を灰にする」とかだったら、この世界の覇権を取れるんだろうけど。

 どちらかといえば、この能力は、元の世界のゲーム風に言えば、「生産業」で無双をするしかない気がする。


 僕は食事に添えられたハーブティーを飲む。さっぱりとした味わいに、頭をすっきりさせる、いい匂いが漂う。空腹も収まって、だんだんと頭にかかったもやが晴れていく。

 だいぶ落ち着いていると、後ろからテーブルが激しく叩かれる音がした。


「こいつ、イカサマをしてやがる」


 音のほうを振り向くと、体格の良い男がテーブルの上で拳を震わせている。

 顔や腕に細かい傷があり、様々なモンスターと戦ってきた様子がうかがえる。背中に背負っているのは痛そうな剣。その様子からして、この男は戦士か何かだろう。

 一方、向かい側にいるのは、痩せてスラリとしている男は涼しい顔をしている。耳を見ると、先が尖っている。元の世界の知識が適用できるなら、この男、エルフなんじゃないだろうか。


「何もイカサマじゃないですよ。

 この三つの空箱のうち、一つにコインを入れて、どちらが多く当てられるかっていうゲームなだけじゃないですか」


 僕は後ろでその話を聞いている。

 それだけだと、確率的には単純に三分の一というわけで、あとは運の話になる。

 少女は「なんでこんなにトラブル続きなの」という顔をして、そちらのテーブルに向っていった。

 僕も、この世界のことを知っておかなきゃいけないと思って、テーブルに向うことにした。

 何事も、見聞きすることから理解ははじまる。


「ゲームなだけ?だったらなんで俺が勝てないんだ」


 勝てない?

 僕は話を聞いてみることにする。痩せてすらりとした男は、にこやかに説明をし始めた。


「興味があるのかい?

 ルールは簡単。僕に勝てれば、掛け金を三倍にする。ただ、負ければ掛け金はチャラ。それだけのギャンブルだよ。


 単純なゲームだ。

 さっきも言ったように、箱が三つある。

 この中の一つにコインを入れて、シャッフルをする。そして、コインが入っている箱を当てる。これを十回ずつ行い、相手より多く、コインの入っている箱を当てる。それだけのルールだ。


 ただし、これだけだと面白くない。

 そこで、当てる側と当てられる側に別れるんだ。


 実はこの箱、片方からは、コインが入っている箱が確認できるようになっている。

 当てられる側は、結果を確認する前に、コインが入っていない箱を見せるようにするんだ。

 当てる側はその結果を受けて、箱にコインが入っているかどうか、というチョイスを変えることが出来るんだ」


 なるほど、仕組みはわかった。これは元の世界のモンティー・ホール問題だ。

 モンティー・ホール問題とは、もともとテレビ番組において行われた、景品を当てるコーナーの一節であった。

 三つの箱から当たりの箱を選んだあと、一つのハズレ箱が開示され、そこから違う箱を選ぶかどうか、という選択をせまった場合、前者と後者の確率は全く変わらないように思われるのが、普通の感覚だろう。

 しかし、これは実は誤りだ。

 単純に考えれば、三つの箱から選んだ場合と、二つの箱から選んだ場合ならば、後者のほうが確率が高い。これは誰にでもわかる。だが、これが同じ箱だった場合、つまり三つの箱から一つの箱を選択肢から除外しても、恰も確率が一緒のように見えてしまう。これは錯覚である。

 実際は、二つの箱になったときに、一度選びなおしたほうが、確率が上がる。

 何故か、と言われても、確率とはそういうものだ。この検証番組も見たことがあったが、事実として2倍以上の当たりが出ていた。


 転生したときに、さすがに素寒貧だと何もできないだろう、ということで授けられた金貨を、僕はテーブルに乗せた。

 少女は、少し心配そうな顔をしている。


 「おい坊主、お前も身ぐるみ剥がされたいのか」

 「いえ、さっきの話を聞いて、これはかなり美味しいギャンブルだと思うので」


 目の前のエルフ風の男は、にこやかにうなづいた。

 そして箱の中にコインを入れ、どの箱にコインが入っているのかわからないよう、丁寧にシャッフルをした。

 僕はその中から一つの箱を指定する。エルフ風の男は、コインの入っていない箱をオープンにすると、僕に確認を取ってきた。


 「で、どうする?別の箱にするかい?」


 「僕の結論は決まっています。


 変えます。

 そして、これからもずっと変え続けます」


 エルフ風の男はきょとんとした顔をして、僕のほうを見ている。


 「いいのかい、君が最初に選んだ箱にコインが入っていたら」

 「いえ、いいんです。そのほうが、僕にとって都合がいいんですよ」


 エルフ風の男は、黙りこんだあと、ちょっとうなづいて、そしてテーブルに、最初に賭けた四倍のコインを乗せた。


「なるほど、さすがだ。このゲームの仕組みを良く分かっている」


 僕は釈然としない気持ちで、コインを受け取る。釈然としない気持ちなのは、先ほど賭けをしていたいかつい男も一緒のようで。


 「何があったかわかんねえけどよ、何が変え続けるだ、男なら黙って一度決めたことを変えねえんだよ」


 なるほど、そういう態度で挑んだらカモになるわけだ。

 エルフ風の男はそれを無視して、こちらに笑顔を向ける。


「ところで、名前がわからないけど……」

「この人はノイミツルっていうの、ベルク」


 僕の様子を見ていた少女が口を挟む。


「プニッツも騒がせてごめんね。

 ノイは暇かな?

 ちょっと連れて行きたいところがあるんだけど」


 自分の偏見かもしれないけれど、このベルクという男は、賭けの胴元をするには、余りにも鋭さを感じないのだ。

 何はともあれ、この街でやることのない僕は、なにかやることになるヒントくらいになるだろう、と軽い気持ちで彼についていくことにした。


「えっ、ちょっと待って。どういうことなの」


 プニッツは納得のいかない顔をしている。


「簡単な話だよ。

 三つの箱から選ぶより、二つの箱から選んだほうが当たる。


 だから、二つの箱から選ぶことになった時点で、選びなおせば、当たる可能性が上がるってことだよ。それだけの話」


 プニッツは煙に巻かれた顔をして、僕たちの後に付いてきた。

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