第四の男

主君の亡骸は家紋旗で包まれ、密やかに急ぎ城に運ばれた。


最早天下も目前だが、ここで主君がいなくなれば、また争乱が始まるのは目に見えている。


何とか世が固まるまでは、この死を秘しておかねばならない。


いや、できる事なら今までのように、また生還を果たして、総仕上げをして欲しい。


天主に鎮座ちんざされた主君の遺骸を前に、小姓たちはひたすら待ち続けた。



そして

「ど、どうしたんだ?ここは何処どこですか!」

小姓たちは、平伏して噂に聞く主の帰還を受けた。

「お前達は誰なんだ?」




 「何だい!これは!こんなの料理だなんて言えまい!」


ガチャンと器をひっくり返す音がする。

主君が生還して以来、いつものことで、小姓たちは目を見合わせ、ため息をついた。


「いいかい、お前達が低級な人間だから、こんな低級な料理ができるんです。

またこの器のセンスのない事。食器は料理の着物だよ。こんな器で料理を出せば、三つ星のフランス料理だって、不味うなる!」


分からぬ言葉が、混じる事ではない。

とかく大名としてありえない物言いに、主人が普段生活する場には、人を入れないように命を出した。


それをこれ幸いと、主君は自分好みにあれやこれやと手を入れた。

最早、昨今は、お公家や茶人との茶会に打ち興じている。


戦さと言っても、跡目を継がせた嫡男に押し付けて遊び三昧だ。

鷹狩りに興じているのは、確かにその前からだが、素晴らしい策を献じて居た以前とは違い、最早全くの興味を示さない。


ただ鷹狩りの獲物で調理をし、悦にいったり、ほれ大名物だの、何だのと茶道具や掛け軸に懲り、書や器を家臣に押し付けたりしている。


 「これでは家が潰れてしまい申す!」

小姓頭は耐えれず、近習頭の男に相談をした。


この男も小姓出身で、今も取次役として秘書としての仕事をしているので、事情は飲み込んでいる。


「これはもはや、我らの手に負えることではない。宿老の方々に計りもうそう。」

「しかしながら、譜代の皆々様はそれぞれのお家が大事。我らの苦労はお判りいただけますまい。」

「さすればじゃ。外様の宿老しゅくろうにお声をかければ良いのじゃ。」



「な、何じゃと!」

「左様なことは聞いたこともない!」


二人の男達は驚きのあまり、口をポカンと開けて、近習頭と小姓頭の二人を見つめた。


家中きっての実力者である宿老と言えども、想像を絶する話にど肝を抜かれた。


ここは外様の宿老のうちの一人の居城の茶室である。その城主の男が茶頭さどうを務めている。


「しかしながら、左様と言えばで御座る。」


 深く考えるようにして口を開いた男は、主君の最初の死の前から仕えている。

さほどの身分ではないのに、この家の最高職の宿老にまで上り詰めたという、智慧に於いても、武編ぶへんに於いても最高級の実力者だ。


「此度のお人替わりも左様じゃが、今までも確かに、お人が変わられたようなことが何度かあり申した。」


「あ、あ!」

もう一人の宿老も心当たりがあったのか、深くうなづいた。


この茶頭を勤めている男は、家中に於いて新入りの将と言っても過言ではない。

しかしながら、あっという間に譜代の家臣達を抜き去り、先程の男と同じ宿老職に着いた。


武編に於いては、成り上がりの男に一歩譲るが、その智謀の深さには主君も一目置いて居て、彼にだけは武略について相談をするという優れた頭脳と教養の持ち主だ。


「今までは変わったと申しましても、任せて足りる殿であられたが、この度ばかりは……」

「さほどにか。」

宿老の問いかけに、沈痛な顔で近習の二人はうつむいた。


茶室内は静まり返り、シンシンと湯の沸く音だけが響いている。


高かった陽が早くも陰り、橙色に茶室を染め始めている。


「さすれば……今、また一度。」


膝頭を見ながら、茶頭を務める男が口に出す。

それを顔もあげず聞きながら、皆ため息交じりに頷く。


「しかしながら。」

小姓頭の男が、震える声で言った。

「もはや殿は戦さ場の前面には立たれず、後は病か……」


(不慮の事故)

皆、言えず押し黙った。何だかんだ言っても、皆それぞれに引き立ててもらった恩がある。


 昔から勤めていた宿老は、主君の居城のある方向へ目を向けた。

ここの家臣たちの中で唯一、最初の亡くなる前の主君を知っている。


その思いが男の胸の底が、ジリジリと焦がした。

(あのお方はもう、既にこの世におられ申さぬのか。)

まるで空中に投げ出されたような、虚無感に包まれた。

(ワシに手を差し伸べてくれた、鷹のような瞳をしたあのお方は……)


「のう。ぬしたちはこのままで良いのか。

殿とて、この世のことわりに従い、肉体は年老いていかれておる。最早寿命ぞ。

それなのに、この先、延々と生き返り続けるのであろうか。」


あっと皆は、宿老を見た。


宿老は、じっと主君の在わす城の方を見つめたままだ。

日によく焼けた顔や手には、無数の細かい傷がついている。幾たびも主君と共に命をかけて戦火をくぐり抜けてきた勲章だ。



「まあ、先の事は先として。」

宿老は顔を皆の方に戻した。その茶色い瞳は、涙で濡れて光っている。


「最も難しき事には、もはや天下は手中に収まったの同然と申せども、まだ固まったと申せぬ。次が果たして天下人にふさわしきお人柄で無ければ、被害は家中だけですまぬことぞ。」


一気に皆の顔が青ざめた。



 ある初夏の早天そうてんの頃、宿老の一人の男は手勢である寺を囲んだ。


軍配を返すと、宿老の忠実な家臣たちはその寺に攻撃を始めた。

手勢の居ない寺はすぐに落ち、宿老は洛内のある城に馬を向けた。


 それよりも一刻程前のこと、闇に紛れその寺と、同じ洛内の城より商人が荷を運び出し、西に向かった。

桂川まで出ると、待ち受けた船に乗り込み川をくだり、一路南を目指した。

船の中では、二つの亡骸が家紋旗に包まれ置かれている。


周りには小姓たちが座っている。長く続いた家ゆえに、小姓は父、縁者も小姓だったものが多く、因果を含められての道行である。


主君の息子が父の特異体質を受け継いでいるかは定かではないが、万が一である。


 さて寺と城を焼いた宿老は、更に主君の居城に火をつけると、東に向かい主君の同盟者の城に逃げ込んだ。


また一方の宿老は、偽りの首級をあげると、小姓頭と近習頭の力を借り主君に取って代わった。



その後、弟を総大将に九州へ遣わした折、その軍勢に紛れ込み、預け先の商人に主君の様子を聞き、主君達を海外に送った。



そして寿命が尽きると、約束通り、同盟の男が天下をとった。


二人の天下人の手によって、歴史は改変され、不死身の男の話は後世に伝わらなかった。



その男の築城した城のように。


因みにスペインに男そっくり容姿の地動説を唱える異端の徒が現れ、火あぶりにされたそうだ。その男は悲鳴一つあげず、炎の中で亡くなったと伝わっている。

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