キツネ憑き(後で悔やむと書いて後悔)
*暴力描写有り *残酷描写有り です
苦手な方は目を細くしてご覧ください
赤い炎に照らされた藤臣の顔は憔悴しきっていて暗く、目に光は灯っていない
身体は炎に反応して反射的にのけぞっているけれども目はうつろで力はなく虚空を彷徨うばかりだ
葵は小さいからだで男たちの間を割って飛び藤臣の傍へ寄った
体には幾重にも縄が縛られていて体のあちこちから皮膚が割けて血が噴き出し、傷口から流れ落ちる赤い液体は止まっていないものと、もうすでに固まって黒くなっているものも確認できる
今日1日中、出掛けてからずっと苦しめられていたのだろうか
なぜもっと早く来てやれなかった
なぜもっと早く気づけなかった
よく考えればおかしかったのだ
藤臣の文は今日に限って何時ごろ帰るとも、どこでおち合おうとも記されていなかった
簡素的な一行だけの文は彼にしてはめずらしく
普段通りであれば、今日は葵の夢を見たとか、昨日食べた金平糖が美味しかったとか、紅葉が色づいてきたとか、なにか出来事や気づいたことを添えたり
葵への愛の言葉が記されてあったりするのに
今日はなにもなかった
葵ははそれに気づけず、藤臣を迎えに来るのが遅くなってしまったことを深く悔やんだ
「やめろ。藤臣はなにもしておらぬ。」
葵はは声をあげて男たちに立ち向かったが、藤臣以外に声はおろか姿さえ見えぬのに、訴えが届くはずもない
ならばと藤臣の身体に結ばれた縄をほどこうと、彼の背後に回り腕の周りにあった縄の結び目にしがみついてほどこうと力を込めたがピクリとも動かない
「どうしよう。」
葵の胸に焦りと不安が広がっていく
男が大きな声で藤臣に迫っている
「もう一度聞くぞ。お前についているキツネはなんだ。お前が部屋で何者かと話しているのは離宮に出入りした者から証言が上がっている。お前の筆跡らしからぬ文章や誰かにあてた恋文の類、散らかった遊び道具。あれは何者の仕業だ。」
男の問いかけに藤臣は何も言わず、首は枝垂桜のようにでろりと垂れて小刻みに揺れている
「くっそっ、何も言わぬとは、何をいつまで隠している。吐かぬか。」
男はこぶしを握り締めて大きく振りかぶると藤臣の頭をめがけて鋭く振り下ろした
がっと鈍い音を立てて藤臣の頭にめり込んだこぶしは勢いを止めず、右へ左へと殴打を繰り返した
「やめろ、やめてくれ。藤臣が傷ついてしまうであろう。」
葵は男のこぶしが自分の身を透かして通り過ぎてしまうと知っていながらも藤臣の前に立ちふさがらずにはいられなかった
藤臣の身体は殴打のたびされるがままに揺れて、正座の体勢で座らされていた藤臣の身体はついに地面へ伏せ落ちた
「ぐふっ」
と苦し気に肩で息をしながら、せき込み、吐いたものに血が混じって砂地を赤く染める
「藤臣、藤臣、わらわが今なんとかする。だから、どうすればよいか教えてくれ、頼む。」
藤臣は苦しみ低くうなり声をあげるだけで、葵への返事はない
葵は涙ながらに男たちへ「もうやめてくれ」と届くはずのない嘆願を投げる
藤臣が必死に隠しているキツネとはおそらくわらわのことなのだ
わらわのせいで藤臣は悪霊がついたと思われ、処罰の対象となってしまっている
誰かがたまに藤臣の部屋を覗いたとき、ちゃんと片付けておいたらよかった
ひとりで遊んでずにおとなしく部屋の隅で座って待っているだけにしたらよかった
わらわのことは誰も見えないとあぐらをかいて藤臣にキツネ憑きの噂が付くなどと思いもしなかった
わらわが傍にいるせいで藤臣を苦しめてしまうなどと考えもしなかったのだ
葵の声は男たちに届くことはなくモノ言わぬ藤臣への拷問は激しさを増していく
男たちは傍に落ちている棒を拾って、藤臣の身体を痛め続けた
鈍い音が響くのに、もう藤臣はなんの反応も示さず、殴打のたびに新しい傷口がぱくりと開き血を流すだけの人形と化している
棒の先端には様々な呪符のような白い紙が巻き付けられ、殴打することで体の中から悪霊を締め出してやろうとしているようにも見える
「出てきやがれ、悪霊め、化けて食われる前にしっかり退治してやる。」
祈祷師らしき着物を着た男も殴打する男の周りを囲んで口々に何か詠唱のようなものを唱えている
馬鹿者が。
お前たちが狙っているであろう獲物はすぐそばにいるというのに
わらわを打てばよかろう。藤臣は何もしておらぬではないか
そこへ分厚い着物を着た男がゆっくりとした足取りで、本宮の奥から現れた
手には
殴打していた男も、詠唱をしていた男も、彼をみやると即座にそれを辞めて広場の砂利に頭をこすりつけてひれ伏した
「悪霊退治は済んだか。」
貫禄のある体型をした男がゆっくりとしかし野太く重みのある口調で尋ねる
「左大臣様。申し訳ございません。もう少しお時間をいただきたく」
一番初めに藤臣を殴った男が顔を上げずに答えた
左大臣と呼ばれた男は彼の返答に怒りをあらわにし
「何をしている。キツネ一匹、満足に捕らえられぬと申すか。」
左大臣の言葉に皆「申し訳ございません」と先ほどよりも深く頭を下げた
左大臣は、うつろに目を開き体のあちこちから血を流して転がっている藤臣の姿を一瞥しこう言い放った
「もういい。それごと葬ってしまえ。もともと使いようのない息子だ。目障りな者が消えればすっきりする。」
左大臣はそれだけ言い残すと藤臣に全く興味を示さず踵を返し、本宮の中へ消えていった
葬る
葬るといったか
それは、藤臣を殺めるということか
左大臣の姿が見えなくなるまで頭を下げていた男たちは、彼がいなくなるや立ち上がり藤臣の身体を支えだした
手足を縄で縛られたらりと下がった頭を一人の男が持って固定する
さらさら揺れて綺麗だった藤臣の長い黒髪は血や砂がべっとりと付き、ところどころ固まって絡まってしまっている
黒髪の間から白く細い首があらわになった
中性的な藤臣の骨格は女性のように妖艶で薄く長い
藤臣の背後には松明の炎で赤く光る長刃を構えた男が意を決した表情で立って今にも切りかからんとしている
男は長い刃と両腕を高く振り上げた
同時に祈祷師たちも再び詠唱を唱え始めた
夕闇に落ちた広場を松明が染めているのは中央でされるがままにうなだれている藤臣だけだ
ぱちぱちと火が木を弾く音と、男たちの祈祷
それ以外はしんと静まり返って中央で行われる裁きを見つめている
男の長刃がきらりと光った
両の足と腕にに力を込め「はっ」という掛け声とともに藤臣の首へ向かって迷うことなく鋭い刃を振り下ろす
葵は藤臣の身体に駆け寄って、刃を躱そうとされるがままになっている力のない体を押した
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