呪縛解封師‐君想うゆえに君ありて‐

紅雪

神無月に舞う桜吹雪

雪道での拾得物(好きな人を1000年待てる?)

長い永い眠りから覚めたのは、牡丹雪の舞い散る割れるような寒さの日のことであった。


アスファルト舗装された黒い道にはうっすらと白い雪が降り積もり、雪の華は静かに世界を白銀に染めようとしている。

深い泥の底にいるように重く暗い闇の中にどれだけの時間いたのだろうか。光を見たのはいつのことだったろうか。


ぼうっと輪郭のはっきりしない思考の中で誰かがわらわを拾い上げた。

あぁ、なんだ、傍にいてくれたんじゃないか

風は氷の礫のように冷たいのに、君の手はいつも小春のようにあたたかい

待ってたんだよ。ずっと。必ず来てくれると思って。


「遅かったじゃないか。わらわはもう待ちくたびれたぞ。藤臣ふじおみ。」


本当は嬉しくて嬉しくて今にも飛びついて胸の中に抱いてほしいというのに、ついて出る言葉はいつもこんなのばっかりだ。


肌は白く線が細い、中性的で麗しい輪郭と細い瞳に朗らかな笑顔を浮かべながら

「はいはい、ごめんね。お待たせ。」

と言って髪と頬を長い指でそっと撫でてくれる


はずだった。


視線を上げたその先にあったのはいつもの愛しい恋人の顔ではない

手のひらに乗るくらいの小さな人型の何かが意思をもって言葉を発したことに驚いたのであろうその人は、目を丸くしたまま手に乗せてしまったこの物体をどうしていいものかと困惑している風に見える


けれど、そんなはずはないのだ

わらわの姿が見えるのも声が聴けるのもこの世でたったひとり藤臣だけだというのに

しかし、この者ははっきりとわらわを見下ろし何か声を上げたことに対して驚いている


「あ、いや、すまぬ。人違いである。離すがよい。」

ただただ沈黙だけが過ぎゆくこの空気を何とかしようと苦笑を浮かべながら身をよじった

恋人をたがえるとはけしからん行いだな。爆睡に爆睡を重ねた末の寝ぼけ眼だったとはいえさすがに申し訳ない。


わらわを手に乗せたままの体勢で硬直し続けるその人は恋人の藤臣に似た面影がある。

髪は短いが肌も白く中性的な顔立ちをしている麗人だ。見開いた茶色の瞳はわらわの姿をはっきりととらえ、すらりとした高い鼻は寒さのせいで少し赤みを帯びている。

衣類は藤臣の着ている着物とやらとは全く違う形式で分厚い布がしっかりと肩を覆い、首元にも綿のような白い布が巻かれている。


「そなた、わらわが見えておるか?」

彼は戸惑いながらも首を少し縦に振った

「声も聞こえてあるようであるの。」


彼の影が伸びるその先の景色がいつもと違うことに気がついた

藤臣と戯れている庭でも軒先でもない。


傍には広い川が流れ地面には雪が積もっていた。まっすぐ続く道は果てしなく長く、その横を馬よりも早く駆ける黒や白や赤の動物は変な顔をしている。

どんよりと厚い雲の様子は変わらないのに、木立や街並みが見たこともない様式をしている。


「わらわの名はあおいと申す。そなたの名は?」

頭の中は混乱しているというのについて出る言葉はいやに冷静だった

城田しろたです、城田柊哉しろたしゅうやです。」

「では、柊哉殿。わらわは、そのー、あのー、ま、まいごになってしまったようなので、家の傍まで送ってもらえはしないか。」


認めたくはないがここまで見たことのない土地に来てしまったのでは迷子と認めざるをえない。夢遊病さながらに眠ったままどこかへふらふらと飛んできてしまったのだろうか。

それにしても都の外は変わった世があるのであるな。

またゆっくり時間のあるときに藤臣と一緒にここにきていろいろと見たいものだ


「話せるなんて信じられない。それに、質感までこんなに柔らかくてほんとに人間を触ってるみたいだ。」

柊哉殿はわらわの腕や足を軽くつまんで押した

先ほどまでの驚嘆の色は消え、瞳には歓喜の色が灯っている


「いままで一生懸命コレクション続けてきたから神様が俺にプレゼントしてくれたのかな。フィギュアコレクターも捨てたもんじゃないなー。落ちてるんだからいいよね?拾得物かな。じゃあ警察に一応持っていくべきなのか、いや、でもこんな良品もう一生手に入らないだろうし・・・」


柊哉殿はわらわの話など聞かず、なにやらぶつぶつわけのわからないことを唱えては青くなったり赤くなったりしている。


「柊哉殿。すまんが家の傍まで・・・。徒労であるというのであれば都の外周まででも構わぬ。」

どれほど遠くまで来てしまったのだろう。見たことない情景ばかりだ。

柊哉殿はわらわの不安を微塵も感じとらずにわらわを大事そうに抱えたまま嬉しそうに歩き出した。足取りは今にも踊りだしそうな雰囲気だ。


「君なんのキャラ?見たことないけどオリジナル?」

「きゃ・・?おりじ・・?なんだ?もう少しわかりやすく話してくれぬか。」

「AIっていうより、固定文以外しゃべれないパターンかなぁ。何パターンぐらいあるんだろ。にしても材質やばー。マジ本物みたい。」


こいつはわらわと話す気があるのか。わからない言葉ばかり使いおって。もう少し歩寄りというものを見せるべきではないのか。こちらが下手に出てると思って調子乗ってるな。

さらに柊哉殿は真剣な顔でわらわの体をつつきまくって、着物までめくろうとするではないか。

「ちょっ、なにをする!」

わらわは慌てて首元にかかった柊哉殿の右手を払った


「頼むから、都まで送ってもらえぬか。わらわは他人に見えぬゆえ頼める者はお前しかおらぬのだ。」

必死の形相で依頼する。どうやら話の通じぬ変な人に声をかけてしまったらしい。どうして間違えてしまったのかと後悔したがこうなってからではもう遅い。


「都?都って、何設定?」

「せってい・・・。」

また聞いたことのない言葉だとわらわは小首をかしげた。


「着物だし、都とか、うーん、純和風って感じかなー。」

「京の都である。少し離れた町であっても誰もが知っておると言っておった。わらわが住んでおるのは中央から少し離れた離宮であるが、都まで送ってもらえればあとは一人で帰れる。だから、わらわの見知ったところまででよい。少し手伝ってはもらえぬだろうか。」


柊哉殿は少し申し訳なさそうに

「京の都はもう無いよ。今は令和っていうんだよ。いつの時代の設定かよくわかんないけど、これからよろしくね、葵ちゃん。」

柊哉殿はわらわの頭をぽんぽんと軽く触ってほほ笑んだ。


もう、無い?

無い?どうしてー


そうだ。わらわがあのとき、

全部、灰にしてしまったんだった


輪郭のはっきりしなかった記憶が徐々にはっきりと表れだした

あの日君を失って、何もかも消えてしまえばいいと願った時、世界を灰色と化してしまった

すべてがどうでもよくなった

わらわのすべてだった君がいないのなら、こんなところにいたって仕方がない

お日様のように暖かく咲く向日葵も、可憐に切なく花弁を広げる梅の花も

わらわが全部消してしまったんだ。

君の大好きだった花も、一緒に住んだ建物も、思い出が詰まった品もすべて消しさってしまった


お別れのあとはどうしたらいいのか、君は教えてくれなかったから

わらわは君を待っていることにしたんだよ

ずーっと、また君が現れてくれるまで

あのとき最後に言いたかった『ごめんなさい』を直接伝えたくて


わらわと出会ったがために苦しい思いをさせた。

痛い思いを、辛い思いをさせてしまった。

一番大切で、一番愛おしくて、一番幸せになってほしい人に辛い思いをさせてしまったと悲痛で張り裂けそうな胸を抱えたまま


春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。

何度も、何度も、何度も、何度も

君に会う夢を見ては泣いて、泣いて、泣き疲れて

わらわは少し眠ってしまったらしい


そうやって誰かに拾われた

それが、今日

君と過ごしてからもう1000年の月日が経ってしまっていた


牡丹雪の舞い落ちる東京の雲は厚く、沈む夕日の橙色は届かない

けれど闇はもうそこまで迫ってきていて確実に街を漆黒に塗っていく


いや、ぽつりぽつりと家や道の脇に白くまばゆい光が灯った

君と燈籠とうろうを灯しながら歩いた夜道も、軒先で見上げた宝石のような星空ももう戻ってはこないのだろう

枯れるほど泣いたと思っていたのに、また目の前がにじんで、まるでパレットの上に乱雑に混ぜられた絵の具のようだ


ここにはなにも描かれない。心に空いた穴は、藤臣、お前の色でしか染まらないというのに。



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