英里佳の日記~入学編~
【四月一日 曇り
お母さんの勧めで入学から卒業まで日記をつけることにした。
明日の入学式のために今日は宮城県で前泊する。】
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【四月二日 晴れ
最悪。分かってはいたけど、ドラゴンに拳銃程度は無意味だった。もっと強い武器が必要。もしくはもっと強い力がいる。
強い武器を手にするにしても、もっと強くなるにしても、とにかく迷宮でもっとたくさん迷宮生物を倒さなければいけない。】
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【四月三日 晴れ
昨日は気分は最悪だったけど、今日はちょっとだけ楽しかった。ちょっとだけ。
まずは、昨日の出来事を一度振り返る。
昨日は変な男の子と迷宮で一緒に行動した。
入学式、学園長を務めているあのドラゴンが、私を含めた多くの新入生が迷宮に送られた。あらかじめ準備をしていたので特に問題はなかったが、迷宮探索中にその男の子と出会った。
名前は
迷宮攻略を専門とする私と同じ北学区の所属のようだが、弱い。
北所属の生徒なのに、小振りなゴブリン一匹相手に負けそうになっていた。
その上、ゴブリンの死体を見て吐いた。心身ともに信じられないほどに弱い。
だけど、スキルも使わずエンペラビットのテイムに成功したり、罠を活用して私でも倒せない敵を倒したりと、大活躍だった。
凄く変だけど、何より変なのは頭だった。
彼はあまりに弱すぎて、周りから馬鹿にされていた。私も、言葉にはしなかったけど彼のことを見下していたと思う。
たぶん、彼も周りのその態度に気づいていた。なのに、そんな人たちを助けるために命懸けで行動した。
最終的には死んだ者扱いされて置き去りにされたのに、笑っていた。
ひとまず彼と一緒に地上に戻ったが、そこであのドラゴンがちょっかいを掛けてきて、彼はドラゴンの迫力に怖気づいて気絶してしまった。それが昨日までのこと。
今日、朝寮から出たら歌丸くんと再会した。
どうして女子寮の近くにうろついているのかと不審に思い、通報をしようと思ったが、何やら私に会いに来たという。私に助けられたことを改めて礼に来たと。
弱いし変だけど、悪い人じゃないみたい。
そのあと、私が迷宮学園を見て回ると言うとついてきた。昨日迷宮でテイムしたエンペラビットに「シャチホコ」という名前を付けていた。ネーミングセンスはあまりないみたい。
一緒に学園を見て回ったけど、彼は本当に無知だった。昨日も、中学で当然習ってるようなことを知らないみたい。
どうやら彼は幼い頃からの病気で、中学どころか小学校もまともに通っていなかったらしい。そのせいで家に借金があり、それを無くすため、一攫千金を狙って北学区に来たのだという。
実はかなりの苦労人みたいだった。
ひとまずは自分の弱さを理解したみたいだから、今後は無理をしないと言っていた。
多分、もう彼と会うことはないだろうけど、卒業まで生きて欲しいと、陰ながら応援する。】
■
【四月四日 晴れ
初めての迷宮での活動。初日ということで軽く済ませて地上に戻ると、ワールドレコード達成と上層でのオリハルコン発見が話題になっていた。達成したのは新入生で「ウタマルレンリ」というらしい。
ありえない。うん、ありえない。絶対にありえない。ありえないけど……明日、念のために確認しておこう。】
■
【四月五日
歌丸くんがカツアゲされていた。
何をしてるんだろうと思った。
歌丸くんがワールドレコードを達成してオリハルコンを採掘していた。
本当に、何をしてるんだろうと思った。
ここまで弱いと凄いを両立してる人を初めて見た。
聞けば、ドラゴンに変に目をつけられて、言われるがままに唆されて迷宮を最速で攻略したらしい。何をしているんだろう。いい加減にして欲しい。
それも歌丸くんがパートナーを強化できるアドバンスカードという希少なアイテムを渡すための副次的な結果でしかなかったと聞いて、驚きを通り越して呆れてしまった。
それはそれとして……事の発端は、彼の担任の武中先生が、他の学区への転校を勧めたことらしい。歌丸くんは納得してないみたいだったけど、私はやっぱり彼は北学区にいない方がいいと思うし、武中先生の判断も正しいと思う。けど、それももうドラゴンによって潰されてしまった。死ぬ可能性がかなり高くなったと分かっていてどうして北に拘るのかを聞いた。
そして、軽率に聞いたことを私は後悔した。
歌丸くんは、卒業後はあまり長く生きられないかもしれないらしい。
本来は身体能力を強化してくれる学生証の恩恵を、彼は生まれつき弱い心臓の保護に回しているという。彼の能力が軒並み弱いのはそれが原因だった。
私が思っていた以上に、彼は追い詰められていた。でも、彼はそれで吹っ切れたと笑っていた。そんな表情を見て、強いなと思った。体は弱いのは事実だけど、歌丸くんの心は強いと思う。けど結局弱いことには変わらないので、すぐに頭を抱えていた。
彼は一人での迷宮攻略は困難だが、ドラゴンに目をつけられた今、下手にパーティを組むとその人たちまで危険な目に遇わせてしまうと。
自分のことを第一に考えてそのことを黙っていれば、ワールドレコードの名声ですぐにパーティを組めるのに、と思ったけど、実際に口にするのは人間性を疑われるのでやめておく。
迷った末に、歌丸くんは私をパーティに誘った。
私はドラゴンを殺すために動くから問題はないのだが、私の
私は単独での迷宮攻略を前提にしていたため、一人でもかなり強力な力をれに入れられるという「ベルセルク」を選択した。しかし、その代償として、スキルを使うと理性を失い、敵味方の区別がつかない狂乱状態に陥ってしまう。
そうなれば、学生最弱と言ってもいい歌丸くんを私が殺してしまう。
だから申し訳ないけど、彼の願いを私は断った。
パーティは組まないけど、たまにお互いに力を貸す程度の協力関係を約束はしたけど、結局問題の根本的な解決にはならない。
そう悩んでいた時に、あのドラゴンがやってきた。
そしてドラゴンが今の歌丸くんにとって都合のいいイベントを用意したという。
怪しいが、その報酬はかなり上等なため、私は歌丸くんと一時的にパーティを組んでそのイベントに参加することにした。
その後は彼との連携を確認するため迷宮に行く。
迷宮から出て、あのドラゴンの態度に嫌な予感がするので、ひとまずあまり時間はないけど、情報を集めておこう。きっと以前にも今回のようなイベントが開かれたことがあるはず。】
■
【四月六日
生きている。私も、歌丸くんも。奇跡的だ。
今日は日記を書くつもりはなかったけど、興奮してまだ眠れない。
眠くなるまで、今日起きたことをまとめてみる。
先に結果を書いておく。
昨日のドラゴンの用意した簡易的な迷宮を脱出ゲーム。脱出した先着順で豪華な報酬が手に入るというイベントは、やはり怪しいと思った通り。歌丸くんを誘い込むための罠だった。より正確に言えば、彼の人間性を試すドラゴンの悪趣味だった。そして、その思惑は……不本意ながら私たちの生還という結果で思惑通りともなった。
歌丸連理という男の子は、一人では何もできないし、結構根に持つ器の小さい所もあるし、何も知らないし、とにかく危なっかしい。だけど、あんなに一生懸命な人を初めて見た。
そんな歌丸くんだから、私は彼を死なせたくないと思ったのかもしれない。
最初は、彼との契約があったからだった。彼を守ることで、私は彼のパートナーであるエンペラビットのナビ能力を借りられる。その恩を売るために、私は彼を守った。
結果、私も彼も、今回のイベントの参加目的である、スキルが付与されたアイテムを入手し、さらに学生証の効果を引き出すためのポイントアップポーションまで手に入れた。
ここでそのま終れたら良かったのだが……イベントの終了後に、希望参加者に対して強力なゴーレムをけしかけるドラゴンに、彼は本気で怒っていた。
私は、ゴーレムから逃げる他の参加者は自業自得だと思った。だって、明らかに怪しかったのに、ポイントアップポーションのために目先の危機もわからないほどに愚かなのだから、死んだとしても別にどうにも思わなかった。だけど歌丸くんは違った。
助けられる人がいるなら、助けたい。
彼はそう言った。自分が死ぬかもしれないのに、生きて、家族のためにお金を稼ぐと言っていたのに、それでも赤の他人を助けたいと言った。
おかしいと思った。だけど、それでも彼は言った。
人の命は金より重い。
お金で今まで生き残ったから、それは絶対に守らなければならないと。そんな彼に、私はそれ以上止めることはできないんだと悟った。力づくで止めても、どんなに言葉を尽くしても、彼は止まらない。
誇り高い、という言葉はきっとこの時の彼を言うのかもしれない。
この時、私は一度彼を見捨てようとした。してしまった。
そこで私は、ドラゴンに聞かされた。
十年前、この学園で死んだ父の名と、その最後を、聞いた。奴は、饒舌に語った。
私は、お父さんの復讐をするために、今までお母さんと一緒に頑張ってきた。ドラゴンはそのことをすべて知ったうえで、私にそれを語った。
本当に、殺してやりたいと思うほどに腹が立った。そしてそれ以上に、今の自分が嫌いになった。
そして気が付けば、私は歌丸くんを追って走り出していた。
彼は驚いた顔で何をしに来たのかと聞いてきて、責められたのかと思ったけど……彼はただ単に私を心配していただけだった。それどころか、私が来たことをありがとうと言ってくれた。
契約とか利益とか関係なく、彼を守りたいと思うようになったのはこの時かもしれない。
でも……結局私は守るどころか、歌丸くんに守られたのかもしれない。
彼を守れず、ベルセルクのスキルによって暴走してしまった私は、何もわからないまま目の前にある何かを壊そうとすることしかできなくて……そんなときに、歌丸くんがどうやってか私を元に戻してくれた。強化状態を維持したまま暴走はしない、そんな不思議な状態を維持できた。
きっと、歌丸くんの力だと思う。それ以外には、ちょっと考えが思いつかない。
私以上にボロボロで、傷だらけになっていた歌丸くんは、私を信じてくれた。
回復薬でも直し切れないほどの背中の傷に加え、足も酷いし、腕に至っては骨折してとんでもない方向に曲がっている。痛い痛いと嘆きはしても、歌丸くんの表情はどこか誇らしかった。
一応、回復魔法で処置を受けてもうほとんど全快しているというけど、検査で入院してるみたい。明日、学校が終わったらお見舞いに行ってみよう。
お見舞いの品物はやっぱりフルーツの盛り合わせとかがいいかな。】
■
一人の少女が自分の寮の部屋へと戻ってきた。
「…………はぁ」
少女は自分のベッドに制服姿のまま倒れ込み、枕に顔をうずめ、パタパタと脚を動かす。
「パーティ……仲間……友達」
呟いて、自然と少女――榎並英里佳の頬は緩む。
「……うん」
そして彼女はベッドから起き上がるとすぐさま部屋に備え付けられた机に向かい、自分の学生証から一冊の日記帳とシャーペンを取り出した。
【四月七日
歌丸くんと、これからもずっと一緒にいられるようになった。】
そんな一文から始まった日記。
最初は面倒くさいと思っていたことであったが、楽しい思い出を綴っていくことに一生懸命でそれも忘れてしまったようだ。
そして今日も英里佳は日記を書くのであった。
【書籍化記念SS】迷宮学園アジテーション~劣等生だけど不条理ダンジョンのドラゴンに狙われています~ 白星敦士/DRAGON NOVELS @dragon-novels
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