【書籍化記念SS】迷宮学園アジテーション~劣等生だけど不条理ダンジョンのドラゴンに狙われています~

白星敦士/DRAGON NOVELS

歌丸クッキング

「うぇ、ごほっ……おぇ……!」

「きゅ、きゅきゅきゅ!」

 僕を心配するように横で鳴いているのは、僕の相棒であるエンペラビットのシャチホコであった。

「はぁ……はぁ……くそっ、口の中がザラザラする……」

 水で口の中をゆすいでみたが、不快感が一向に取れない。

「煮ても焼いても駄目か……本当に厄介だ」

 僕は目の前に転がるカラフルな物体を一瞥して辟易。

 まさか、ここまで厄介なものだとは思わなかった。

「だが……もう僕にはこれしか無いんだ」

「きゅきゅぅ……」

「なんとしても……これを使って完成させるんだ……!」

 左手を添えて、包丁で一口サイズに切っていく。


「この虹色大根で、晩飯を!」


 ――歌丸連理、迷宮学園、北学区所属の一年生

 僕は今、迷宮生物向けの食材で、自分のご飯を作るために悪戦苦闘しているのであった。





 時間を遡ること、数時間前……

 僕は今日、南学区にある野菜の直売所に来ていた。

 何故僕がここにいるのかと言えば、理由は単純。金欠だ。

 前はランチですき焼き定食なんて頼んでいたリッチメンだった僕だが、今は金が無い。

 つい先日、大怪我を追って入院してしまった僕は、その際の治療費として貯金がほとんど持って行かれてしまったのである。

 お金は採取クエストで稼げるが、一緒に迷宮に入る仲間の榎並英里佳は、退院して間もない僕の身体を気を遣って今日明日は迷宮探索を自粛することになる。

 結果、今日と明日のご飯だけでも、この寂しい懐でなんとか用意しなければならなくなり、激安のこの南学区の直売所までやってきたわけだ。

「さて……何を買うべきか」

 ここに来る前に、北や西の学区の食材売り場を見て回ったが、ちょっと今の財布では手が届かない。だって僕の今の所持金は、なんとびっくり百四十円。自販機で缶を一本しか買えない。

 そんな状態で満足いく量を買うとなると、もうここしかない。

 ざっと店の中を見て回ったが、どれも現時点での僕の寂しい懐でもギリギリ購入可能である。

 安いのに流石のラインナップ……と、言いたいところだが、空白の棚が目立つ。安い食材で残っているものは色あせて居たり、虫食いが酷かったりとお世辞にも美味しそうとは思えなかった。

「うーん……やっぱり自炊してる生徒も多いから、すぐにいい奴は持って行かれちゃうんだな……」

 今はもう夕方。他のスーパーを見て回っていたせいで遅くなったのが駄目だった。

 折角来たのに、黄色くて虫食いだらけのキャベツを購入するというのは、なんか気分的に避けたいところだ。一番期待していた安い食材の代名詞のモヤシはすでに売り切れており、残っているのはクタクタの野菜ばかり。

「うーん……」

 贅沢を言えるような立場ではないのは重々承知だが、どうせ買うならまともな食材がいい。

 そう思って、野菜のプロフェッショナルを呼ぶことにした。

「カモン、シャチホコ!」

「きゅきゅう!」

 こいつは基本草食なので、僕よりは野菜の目利きができるはずだ。そんな期待をして、頭に乗せて店の中を移動する。

「きゅ、きゅきゅ、きゅきゅきゅきゅう!」

「騒ぐなシャチホコ。この中で美味しい奴を教えてくれ」

「きゅきゅう!」

 耳をピーンと伸ばしてある方向を示すシャチホコ。そちらに向かって進んで行くと、なんとも奇怪な物体が目に入ってきた。

「虹色大根……だと?」

「きゅきゅう!」

 大量に山積みされた、虹色の奇怪な大根。それを見て大はしゃぎなシャチホコ。

「たしかこれ、前にもねだってたよな。美味しいのか?」

 僕が問うと、頭の上で何度も無言で頷くシャチホコ。やめろ、揺れる。

「……これ、安いな」

 お値段ビックリ、五本で百円。同じくらいの大きさで、虫食いのある普通の大根でも、一本百五十円と、かなりの差額がある。

「えっと……何々……迷宮で見つかった食用植物と、大根の掛け合わせえた迷宮学園限定新品種。色の部位ごとに異なる味が楽しめて、栄養もたっぷり……一本食べれば丸一日分の人間に必要なすべての栄養素が賄えるスーパーフード…………迷宮生物も大好き、と」

 なんか凄い。思っていたよりもずっと凄い。

「まさに、今の僕のためにあるような食材じゃないか……!」

 さっそくセットを籠に入れてカウンターまで持って行く。

 それにしても、どうしてこんなに余ってるんだろうか、不思議だ。こんな凄いものなら、とっくに売り切れていてもおかしくないはずなんだが……

「あ、すいません、これってどういう調理したら美味しいですかね?」

 会計をしてくれている人に聞いてみた。こういうのは素人が下手に手を出すより、お店の人に聞いた方がいいって、前に母さんが言っていた。

「……え?」

 だが、その結果、返ってきたのは信じられない物を見るような視線だった。

「……食べるんですか、これを?」

「え……あ、はい、そうですけど……えっと……食用、ですよね?」

「そうですけど………………何か、辛いことでもあったんですか?」

 なんで野菜の調理方法を聞くだけでこんなに哀れらるのだろうか?

「ちょっと金欠なんで……これ安いしいいかなぁって……あと、こいつも好物みたいなんで」

「きゅきゅう!」

 大根を見てとても上機嫌のシャチホコ。

「そう、ですか……………………調理法については、あまり……その、下手に手を入れず、一口サイズで生で食べた方がいいですよ」

「へぇ、それは簡単でいいですね。野菜スティックってやつですか?」

「…………まぁ、そんなところです」

 なんでそんなに目を背けるのだろうか?

 不思議に思いつつも、無事に虹色大根セットを購入した僕。

 シャチホコと一緒に寮へと戻り、そして自室にあるこじんまりとしたキッチンスペースに立つ。

「さて……それじゃあ早速試してみるか」

 夕飯に大根スティックのみというのも味気ないが、何も食べないよりはマシだろう。

 そう思いつつ、表面を軽く水で洗ってからピーラーで皮を剥き、包丁で細長くカット。

 そしてあっという間に大根スティックの出来上がり。

「きゅきゅう!」

 美味しそうに虹色大根を食べ始めるシャチホコをしり目に、僕も自分の分をさらに乗せる。

「さて、まずは何も付けずに生でと……いただきまーす」

 シャクっと、噛んだ瞬間に含まれた水分が噴き出す。

「――――」

 この直後、僕は即効で洗面台へと向かった。

「はぁ……はぁ……はぁ……な、なんだこれ……食べ物、なのか……?」

 速攻で吐き出したのだが、不快感がまだ舌に残っている。

「まさか……腐ってるんじゃないよな? シャチホコ、これ食えるか?」

「きゅ?」

 恐る恐るシャチホコに食べ賭けの大根スティックを渡すと、即座に美味しそうに食べ終えた。

 腐ってるわけじゃないらしい。

「……まさか、これって……初めからこういう味なのか……?」

 凄く嫌な予感がした。そして思い出されるのはあの店員の反応。

「……い、いやまだだ! まだ他にもある。色によって味が変わるんだし、きっとほかに美味しいところだってきっとあるはず!」

 自分にそう言い聞かせ、色の違うところを順にかじってみる。

「か、かは、ぐふぅ……!」

 赤――舌を焼き、鼻の奥を突き抜けていくような、唐辛子とワサビの辛さをあせた技。

「ひきぃ……!」

 橙――果物の様に甘いのに、それが一瞬で消えて一気に押し寄せてくる塩辛さ。

「~~~~~!」

 黄――酸っぱさに顔から汗が噴き出て、その上にネギっぽい刺激で涙が出る。

「ぅえぁ~……!」

 緑――苦い、とにかく苦い。その上で青臭さが口の中いっぱいに広がってくる。

「ぉえぇ……」

 水――野菜なのに青魚みたいな風味がして、それでいて味がしないのに食感が他より柔い。

「あー、あーーーー……あーーーー……!」

 青――舌の表面がざらつくほどの渋さに顔が強張り、水を飲むと渋さが逆に口の中に広がる。

 で、そんなこんなで……全滅。

「まともに食えるところがない…………い、いや、まだだ……まだきっと何か手が……!」

 そう思い、一度部屋から出て寮の食堂に行き、こっそりテーブルに置かれている調味料を持ってきた。盗んでない。あとでちゃんと返す。

「調味料で味を誤魔化して…………よし、いただきます!」

 ――そして、僕はこの直後に店員さんの言葉を思い出す。

 噛み締めるごとに、味が口の中で変化し、化学反応を巻き起こす。

 そうでなくとも酷い味が、調味料によってさらに冒涜的なほどに僕の味覚に衝撃を与える。

しばしの悶絶後復活した僕は、別の方法で食べられないかを模索する。





 で、冒頭に戻る。

「くそぉ、いったいどうすればいいんだ!」

 思わず机を叩いて叫んでしまう。こんな敗北感、迷宮でも味わったことはない!

「もう丸々一本無駄にしちゃってるよ……」

 シャチホコはすでに自分の分を食べ終わり、もう残りは三本。

 食べ物として最悪な部類に入るのはもう嫌というほど分かったが、もうこれ以外に頼れる食材が無い。だから無駄にはできない。

「くっ……もう僕の調理スキルじゃどうしようもない……いったいどうすれば……!」

 そう思いながら視線をさまよわせると、学生証が目に入った。

「……英里佳に聞いてみるか」

 というか、他に聞く相手はいないし……あと、なんか挫けそうなので彼女の声が聞きたかった。

 学生証の表面をフリック操作して、登録してある英里佳の学生証へとかけてみる。

 そして数回のコールですぐに出てくれた。

「ああ、英里佳、今大丈夫?」

『大丈夫だけど……何かあったの?』

「いや、大したことは無いんだけど……その……英里佳って料理できる方?」

『サバイバルに必要な知識くらいしかないけど……』

「僕より遥かにマシだよ。……でさ、苦手な野菜を美味しく食べる方法って知らない?」

『歌丸くん、野菜苦手なの?』

「い、いや、僕じゃないよ! その、シャチホコが好き嫌い激しくてさ、折角買った野菜がもったいないなと思ってね、それで食べやすい方法ないかなぁーって思って、あははははははは!」

 素直に告げるのはなんか負けた気がするので思わず嘘をついてしまった。足元がシャチホコが不満げに僕の足を蹴ってくる。

『そうなんだ…………うーん、私なら、ミキサー使ってスムージーにしたりするんだけど、兎にはちょっと食べづらいし』「その話詳しく」『え?』

 スムージー……そんなオシャンティーな発想はなかった。流石、英里佳も女子というところか!

 銃火器とか迷宮攻略とかしか興味なくて、女子力低いって内心思ってたからちょっとびっくり。

『でも、兎にスムージーってどうなの?』

「いったんシャチホコのことは忘れよう。とにかく、僕を助けると思って作り方を教えて、メモの準備はできてるから!」

『え、えぇ……』

 やや困惑しつつも、英里佳はスムージーの作り方を教えてもらった。

 そして、さっそく作ってみた………………わけなのだが……

「なんでこんな色になるんだろう……」

 キンキンに凍らせた虹色大根を、寮母さんに貸してもらったミキサーで細かく砕き、その際に寮母さんからこれまた余っていた果物を分けてもらって一緒に混ぜて出来上がったスムージー。

 その色は何故か、緑色だった。

 単なる緑ではない。なんか、化学薬品っぽい色だ。ケミカルグリーンって奴だろう、自然界の緑とはまた違う、化学的な緑だった。

 おかしい、虹色大根の色合いにレモンとかリンゴを加えただけでどうしてこうなるんだ?

「ま、まぁ……いいか。では早速……いただきまーす!」

 気を取り直して、コップに注がれたスムージーを口の中に入れて……

「――ぐぇぷぇ」

 ……その後、僕は寝込むこととなった。



「あ、歌丸くんおはよう。なんか今日、顔色が凄く良いね」

「……うん、そうだね」

 学校に向かう途中で出会った英里佳にそんなことを言われた。

 あの狂気のスムージーは、シャチホコがとても美味しそうに最後まで片付けてくれたわけだが……一口それを飲んだ僕は、朝とても気分が良かった。

 空腹感も特になく、むしろ普段よりも全身に力が漲る感覚がある。

 これが、あの虹色大根の効果ということなのだろうか。

「……凄く、納得がいかない」

「なにが?」

「ううん……なんでもない……うん、なんでもなかった。そういうことにしておこう」

「?」

 不思議そうに小首をかしげる英里佳。

 ――食事とは、単なる栄養摂取なのではないと学んだ、苦い……いや、苦しい一夜であった。

 もう、こうなったら今日は是が非でも採取クエストに行こう。そしてそのお金でまともなご飯を食べよう。うん、そうしよう。

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