少年期〜剣聖の背中、母の背中

 ペルロの夜はどちらかというと騒がしい。


 それは多種多様な種族、文化が入り混じるだけではなく、冒険者稼業の者が圧倒的割合を占めるからだ。



 冒険者達は昼活動して夜は休むという規則正しい者達ばかりではない。




 勿論魔物は夜行性が多いし、夜の方が危険は多いがその分得る物がある。

 夜にしか姿を見せないレアな魔物の素材を求める者だっている。



 そんな奴らは夜になってから活動を始めるのだ。





 かといって昼がメインで活動する冒険者達も静かではない。

 冒険者達は何故かどいつもこいつも酒が大好きなのだ。

 いつ死ぬかわからない危険な毎日を過ごすのに、夜は酒で毎日を楽しむ…。

 そんな事を言っているやつがいた。




 いつ死ぬかわからないのはみんな一緒なんて、ついこの前までの俺ならそう言っていた。


 今は違う!

 危険があるとわかって居ながらそこに自ら向かって行く。

 命の奪い合いを率先して行う事。


 これはまるで意味が変わってくる。




 これは1つ大人になったと言っていいのでは?















 そんな今日も部屋は静かだが、外からは耳を澄ませば声が聞こえてくる。

 喧騒とした感じではあるが仕方あるまい。

 血の気が多い奴ばっかりだって経験ある。



 ウチの親も含めて…。













 そんな部屋の静けさは広がった。

 隣で眠っていたクリスは、目を覚ましてすぐに起き上がる。



「母様……」



 何かわからないが非常に嫌な予感がした。

 嫌な胸騒ぎがした。



 さっきまでの喧騒とした騒ぎは収まって、不自然なほどに静かな気がする。





 クリスも表情を歪めながら枕元の聖剣を取って窓を開ける。

 俺も剣を手にその後に続いた。




















 静かな町に巨大な風を切り裂く音が響き渡る。

 決して大きな音ではないのに…その音が響き渡る程に、町の全ての人が、物が音を失っている。





 そこには紅色の瞳をした長いツノを持つ漆黒の翼…黒竜が舞っていた。















 黒竜はこっちを…クリスを真っ直ぐに見ていた。






「イヤァァァァァ」


 誰かが悲鳴を上げた。








 その悲鳴を合図に町は音を取り戻した。

 時を奪われた様な静けさに包まれていた町は、恐ろしい程の変化を町にもたらした。




 怒気や怒声が響き渡る。

 絶望を訴える悲鳴が…泣き声が…。



 黒竜はそれに動じる事なく真っ直ぐクリスを見つめている。








「母様!逃げましょう!…母様!」



 俺も硬直を解いてクリスの手を引く。




 だがクリスは動かない。

 どころかそのまま腰を落として俺の肩に手を置いた。



「アルフやレイス、ミシェイル様達と町の東の入口で待ってて!」




 クリスの強い目だった。

 状況を理解している目だ。



「わかりました!」




 どっちにしろ足手纏いになる事は間違いない。

 俺はすぐに了承して、部屋を出る。





 隣の部屋にはすでにアルフリードに集められて全員が全員居た。



「クリスは?」



「全員で東の町の出入口にって」



「わかった!急ごう!」



 もうしっかり扉から出るつもりなんて毛頭も無いと、壁を突き破って道を作るアルフリード。




 外はやはり魔物が溢れていた。

 どこから現れたのか、王都から引き連れて来たのか、今は考えている暇はない。


 俺たちは走り出す。


 外は逃げ回る人々ばかりではない。

 ここは冒険者の町、腕は覚えのある者達は逃げる人々の為に魔物達に応戦する。







 俺たちは応戦する冒険者達の横を抜けて東に走る。



 王都が西にあって、西から魔物が来ている。

 この方向で間違いないだろう。





 黒竜の周りから雷光が見えるので、クリスが応戦しているのがわかる。




「レイス!レオリス!乗馬は?」



「俺はないよ、エルフは森で暮らすからね、馬は使いにくいんだ」


「一応触りは習いはしましたけど、まだ実践した事は…」




 走りながらアルフリードが問いかけてくる。

 恐らく逃げる方法について考えていたのだろう。



「リドルフさん!そのまま走ってください」


「わかりました!」




 アルフリードはそう言うと、すぐに1人道を外れて行く。


 恐らく馬を回収しに行くのだろう。



 最低でも三頭必要だろうし…。




 後方から轟音と共に眩しいほどの光が一瞬町を照らした。

 爆煙を撒き散らして黒竜の姿を覆い隠す。



 誰もが黒竜の仕業だと恐怖した。


 だが、俺たちにはしっかりと、それはクリスの魔法なのだとわかっていた。









 そのまま走っていればすぐに東の入口に到着した。



 俺たちの様に足を止める者は稀である。


 俺たちの横を通り抜けて町を次々と駆け出して行く。




 黒竜はまだ姿を見せない。

 稲妻も確認できていない。

 不安になって来た。




 するとアルフリードが馬に乗って戻って来た。

 その後ろにはクリスと別の馬に乗っている。


 馬は二頭だ、こんな状況だから仕方あるまい。




「リドルフ!乗って!」


 クリスが近付いてくると馬から飛び降りてリドルフにそう告げる。



「いえ、私は…」


「早く!乗りなさい!これは命令」


 リドルフは眉を寄せながらもとりあえずと、馬に跨った。


 クリスがミシェイルを抱き抱えてリドルフに預ける。



 アルフリードがレイスの手を引いて馬に乗せる。



 クリスが俺に駆け寄って来た。


「母様!俺はど…」

「レオ!私は残るからみんなの事よろしくね?」











 は?


 残る?

 誰が?

 何処に?






「何をいってる…」

「私はあなたに剣聖の名を、剣を託すまで絶対に死なないから安心して!絶対にみんなに追いつくから」





 クリスは強い目で俺を見てそう告げる。




 それは覚悟を決めた目だ。

 だが死を受け入れて絶望している目ではない。



「私は剣聖…この国最強の剣士であなたの母親だよ?あんなドラゴンに負けたりしないの!」



 目には輝きが…希望が映っていた。


「…わかり…ました…、待ってますから必ず追い付いてください」



 俺はそう答える事しか出来なかった。

 何を言われても揺るがない意思を感じた。

 不安で不安で苦しくなるが、信じてそう言うしか俺にはなかった。





「クリス!やっぱり僕も…」


「アルフはレオを、みんなをお願い!」




 アルフリードの言葉を早めに遮ると、アルフリードとレイスの乗る馬の尻を叩く。

 馬はそのまま走りだした。



 そのまま俺を抱き上げると、クリスは強く俺を抱きしめた。



「絶対に、帰るから…いい子にして待ってるんだよ?」



「当たり前ですよ、…母様も…御武運を!」



 クリスの体は暖かかった。

 華奢だけどしっかり鍛えられている、強く美しい体。

 俺と同じ真っ赤な髪の毛は、連日のケアの問題で少し痛んでいるのがわかる。

 真っ白な肌は土で汚れている。

 曇りのない瞳で俺を見て微笑んだ。









「レオも、御武運を…」






 クリスは俺の額にキスをした。










「リドルフ、お願い!」




 クリスは俺を持ち上げて馬に跨ったリドルフにそう告げると、ミシェイルとリドルフの間に俺を乗せた。



「クリス様…必ず御戻り下さい…!レオリス様の為にも…」




 一瞬クリスの目が震えた気がした。

 だが俺が見つめて目が合うと変わらない強い目だった。




「当たり前!私が帰るまでレオも、ミシェイル様の事もお願いね!」



 そう言ってクリスは、リドルフの返事を待たずに馬の尻を叩いて走らせた。








 俺が身を乗り出してクリスの方を振り向いた。




 クリスは剣を片手にこっちを見つめている。





「レオ〜!」



 クリスが大声で俺に呼びかけた。





 同時にクリスの背後で黒竜が咆哮を上げている。




 何かを叫んでいるクリスの言葉は聞こえなかった。




 クリスはそのまま俺たちに背を向けて、黒竜に向かっていった。



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