少年期〜「「助けてくれ」」

 



 小さなゴブリンを一方的に駆除しても俺の心は晴れたりはしなかった。


 胸には叫びたいようなモヤモヤとした感覚が残っている。



「落ち着いて…とはいかなそうだけど落ち着いてくんない?…気持ちは分からなくもないけどさ…」




 レイスは俺の前に立ってそう口にした。

 女性の無惨な遺体と、呆然と立ち尽くす俺を順番に見る。



 見ていて気分が良いものでもないだろう。

 レイスの表情は歪み、いつもの余裕は見えない。




 だが、現実は俺たちに追い打ちをかけてきた。



 俺達が入って方向から気配を感じてそちらを見た。



 そこにはゴブリンが6体こちらを見ていた。



「グオッグゴグガガ!」


 何かわからない言葉を発している。




 俺は冷静なつもりだった。

 だが魔法を覚えて、怒りや悲しみで気がおかしくなっていたのだろう。

 どう逃げるかではなくどう殺すか、を考えていた。



「ねぇ…レオリス」


「…なんだよ…」



 斬り込む覚悟が出来たつもりだったので、このタイミングで水を差された探した。



「戦って勝てるとか思わないでよね…」



 そう言ってからレイスは俺より前に出た。


「ちょっと待てよ、じゃあどうやって…」

「逃げるんだよ!その方が生存率が高い、だから走る!いい?」



 納得いかなかった。

 あいつらは酷い事をするゴミのような魔物だ。

 1体でも多く葬るべきだ。


「割り切りなよ、今の状態と感情を…あの人はただの他人でしょ?」





 殴りたいと思った。

 コイツがこんな薄情な奴だと思わなかった。



「はぁ…君がここで戦えば死ぬ、だから大人しく逃げる、君が死んだら悲しむのは誰?」




 不満を含んだ目で睨み付ける俺の目を見て、わかりやすく…大きなため息を吐く。



 レイスは呆れたように当たり前の事を当たり前のように口にした。



 俺もさっきまで分かっていたことだ。



 まともに戦えば死ぬという恐怖を。

 だから逃げらという勇気を。

 何のために生きて逃げるのかという理由を。



 真っ白だった頭や、レイスとゴブリンしか映っていなかった視界は、薄暗い空間をしっかりと映し出した。





「…そうだったな…ありがとう」


「もおぉっっと感謝するべきだよ?これまじで!」




 本当に感謝しなきゃいけないな。






 レイスに合図する前に俺はゴブリンに向かって…ゴブリンの後ろの通路に向かって走り出した。




 勿論レイスが俺の後ろについて走る。




 ゴブリンは都合良く囲むように広がっていた。



 やはり…というべきか、組織的に同時に距離を詰めてきた。




「レイス!!」


「わかってるって!魔力の温存とか言ってられないしねっ!!」



 そう言ってレイスは先程の戦闘の時に向かった青白い光弾を掌から放出する。

 それは扇状に広がるゴブリンに向けて広がるように…。

 勿論俺の背後から放つので、前方2対には放つ事は出来ない。

 つまりその2体を俺が何とかしないといけないのだ。




 ゴブリンを殺すのではなく…生きる為に戦うのだ。



 レイスの放った光弾は外す事なくゴブリンの頭に命中する。

 ゴブリン達は後ろから髪の毛を引っ張られるように後ろに倒れた。


 2体のゴブリンが俺の前方から迫る。


 俺は全力疾走をやめない。

 2体の間をスライディングして抜けていく。

 ちょうど2体の間を抜ける時に、右手を地面に押し付ける。



「インパクトアームズッ!!」



 地面には大きな手形のような跡を残しながら周囲に衝撃が広がる。

 1体はその衝撃波を受けてバランスを崩し、前のめりに倒れた。


 もう1体はふらつく程度だったが、レイスが上手く身をよじらせて横をすり抜ける。



「ちょっと、ちゃんとやってくんない?」


「いや、思い付きでやったんだけど上手くいかなくて…悪い」



 レイスの叱咤を受けながらも、振り返る事なく走り抜けた。



 背後からゴブリン達が起き上がって追いかけてくるのがわかる。





 道はさっきの分かれ道を逆に進む。

 相変わらず光源を頼りに暗闇を走る。


 足下は勿論、足音や物音、臭いに風の通り、五感をフルに使って走る。




 再び分かれ道が来た。

 だが右側の道からゴブリンがパッと見える限り10体は見えた。


「あーもうっ!」



 レイスが確認した瞬間反射的に魔法を放つ。

 選択肢はないのだ。


 先頭のゴブリンが怯んだ事で隙が出来たので、そのまま左へ走り抜ける。




「ヤバいってヤバいって」



「あーーもう、何の罰なんだよぉ」




 走った先は、道が無かったのだ。



 つまりさっきのような少し広い空間…。

 先程の場所と違い、そんな白骨などがあるわけでは無かったが、そんな事どうでもいい。



 俺たちはすぐに武器を構えて振り返る。


 追いかけてきたゴブリンは総勢20体と言ったところか…。



 絶望的な状況だ。





「あちゃー…謝ったら許してくれたりするかな?」



「それで許されるなら土下座でもなんでもするけどな」



 ゴブリンが出口を固める様に広がる。

 そして探検を持ったゴブリンと、その後ろに弓を持つゴブリンがいた。

 飛び道具が出てきたとこでさらに絶望的に感じた。




「ヤバい…寧ろ笑えてきた…」


「え、そう?俺なんかもう泣きたいよね」


「笑えって、泣いて死ぬより笑って死にたいとか思うじゃん?」



 もはや変な笑いをする俺を見て、苦笑いするレイス。



 諦めたくは無かったが、どうにもダメな気がする。


 だが最後までは足掻くのだと、言い聞かせる。


「レイス、援護頼むぜ?」



「…了解」



 ゴブリンの弓が放たれた。

 決して一斉発射ではないがやはりある程度の統率が取れている。

 俺からしたらこの瞬間だけは有難いと思った。



 まだ出来るのかどうかわからない。

 ただ俺の魔法は腕を中心に衝撃波を放つ魔法だ。


 腕にマナをありったけ込めて手を前に突き出す。



「インパクトアームズ!!」




 腕を中心に空間を震わせるような衝撃波を放つ。

 放たれた矢はその振動に負けてその場で壁にでもぶつかったように跳ね返る。



「あたれぇ!」


 レイスは少し動いて射線を俺からずらすと、掌から光弾を放出する。




「うぉぉぉぉ」


 レイスがしっかりと光弾を命中させて、怯ませているゴブリンに向かって走る。

 剣を持って真っ直ぐに走る。


 短剣を持ったゴブリンが応戦して前に出るので、早めに踏み込んで、踏み込んだ足を軸にして全身を回転させながら斬りかかる。


 ゴブリン達の短剣とはリーチが違う、少し組織的に動くとはいえ近接戦闘の駆け引きまでしてくるわけじゃない。


 ゴブリンの体を斬りつける。

 勢いをつけての大振りとはいえ、骨を断つに至らず止まってしまう。



 他のゴブリンが接近しきる前に、体半分ほどまで剣で斬りつけているゴブリンに右腕を押し付ける。



「インパクトアームズ!」


 ゴブリンは後方に吹っ飛ばれて、その後ろのゴブリンを巻き込む。


 接近してきているゴブリンをレイスがバーストを命中させて怯ませているが、1体間に合わない。


 ゴブリンの短剣が俺の左肩に突き刺さる。

 激痛が左肩から全身に走るが、アドレナリンと必死に歯をくいしばる…つまりは根性で耐える。



 こんな痛みは前世でも知らない。

 だが痛いといって泣き叫んで苦しんでいる場合ではないのだ。



「うぁぁぁっ!!」



 レイスに弓が命中している。

 咄嗟に背を向けたのか背中に矢が2本突き刺さっている。

 膝をつくレイスにゴブリンが接近している。




「レイスっ!どけっっ」



 俺の左肩を突き刺したゴブリンを殴って引き剥がす。

 左手に刺さる短剣を気合いと根性で引き抜く。





 左肩が熱く痛い。

 耐えるために噛み締めた唇は血が出てくるが、そんな事はどうでもいい、本当にどうでもいいのだ。




 引き抜いた短剣をレイスに接近するゴブリンに向かって投げつける。

 投げつける手から離れる瞬間に魔法を叫ぶ。


「インパクトアームズ!」



 意識して手先に集約したマナは、ほぼイメージ通りにその衝撃を手から短剣に伝えて加速させる。



 狙いは頭だったがそこまでうまくいかなかった。

 だがゴブリンの足を短剣が貫きゴブリンはそのまま倒れこむ。



 それに気付いたレイスが、ゴブリンから奪っていた短剣を使って倒れるゴブリンの首の裏に突き刺した。



 だがまだ迫ってくる他のゴブリンには、投げた瞬間から走った俺が間に合い剣を横腹から突き刺した。




「こっちだ」



 苦しむゴブリンからすぐに剣を引き抜いてレイスの肩を支えて壁際に逃げる。






「助けられたね…」


「俺の方が助けられてるって…」



 これは偽りのない気持ちだった。

 レイスは戦闘面でもそれ以外でもずっと俺をうまくフォローしてくれていた。


 これが女の子なら惚れてるとこだ。





「なぁ、レイス、最後に頼みがあるんだけどさ」


「奇遇だね、俺も頼みがあるよ?」


「「助けてくれ」」




 そう言って2人で笑った。

 いや、半分泣いていた。




「あぁぁぁ…最後が男と2人なんて俺の予定じゃなかったよぉ〜」


「ウゼェよ、俺もだよ」




 それでも剣を構えた。



 魔法のせいか右腕は握力が弱いというか、痺れてビリビリする。

 左腕は刺されて上がらない。



 二度目の人生の終わりを覚悟した。


















 ゴブリンの間を斬り抜けて俺たちの目の前まで颯爽と…。

 俺と同じ真っ赤な真紅の髪を靡かせる美しい女性。

 母は子を救いに現れた。


「よく頑張ったね!2人とも」

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