少年期〜王の命令
ドレイクは和やかな表情で最期を迎えた。
妻の亡骸に寄り添うように。
生前よりも死後の方が憑き物が落ちたような顔をして幸せそうに見える。
自然と涙が出た。
俺とドレイクに沢山の思い出があるわけじゃない。
厳しそうで怖い雰囲気の人だから避けていたし、今思えば向こうも少し遠ざけていたのかもしれない。
だが最後の数日は少し距離を縮めれた気がした。
ミトレアだってそうだ。
ドレイク以上に一緒に過ごす時間は長かった。
何かあれば構って甘やかしてくれる優しいお婆ちゃんだった。
それがこんな巻き込まれてひっそりと命を落とすなんて…。
現実は厳しく辛い…。
そう…現実は優しくないのだ…。
俺たちにドレイクやミトレアの死を嘆く時間も余裕もない。
「ドレイクは逝ってしまったか」
沈黙する俺達に声をかけるのはグレイズ王子だった。
彼は自分の部下の現状の確認、城外の状況確認などの指示を出してからこちらへ赴いた。
「次に会う時には立場もなく酒でも飲もう…今日亡くなった皆も一緒に…」
ドレイクの亡骸にそう言って自分の上着を被せた。
「ドレイク様の死を無駄には出来ません」
クリスは真っ赤な目をゴシゴシとこすってから立ち上がる。
そう自分に言い聞かせるように周りに声をかける。
そうだ、まだ何も終わっていないのだ…。
全てを悲劇にしないためにもここで落ち込んでいる訳にはいかないのだ。
俺も立ち上がって空を見上げるている。
全ての元凶…まさに災害の黒竜を…。
すると1人の兵士がこちらに走ってきた。
グレイズ王子に何やら報告している。
「クリス、地下の脱出路の入口の無事が確認できた事、そして門は彼らの予想通り破壊され、魔物が王都に侵入してきている」
絶望的な状況だった。
黒竜は今は城に座ってくつろいでいるが、どう動き出すのかわからない。
しかし魔物が侵入して来ているため時間がかかればそれこそ詰みだ。
それに脱出路だって…。
「脱出路も正直入口が無事でも中まではわからない…用意されてはいたが過去に使われた事は一度も無い、つまり安全の保証も怪しい…」
予想通り脱出路も厳しい状況だった。
「そんな…」
クリスの表情に一瞬影がかかるが、すぐに頭を切り替えたのだろう。
可能性を探るべく…!
だが、グレイズ王子は険しい表情で小さな書簡をクリスに手渡した。
「クリス・アストラルに命ずる、お前は私の娘とここにいる子供達を連れて脱出路から王都を出るのだ」
「「えっ…」」
俺やクリス、ついでにさっきから空気を読んでか、静かにしていたレイスも含めた色々な人が驚きの声をあげた。
「待ってください、それなら…」
「私が逃げるわけにはいかんのだ、父の死が確認された今、仮の処置ではあるが…私は今、王の代理に等しい!そんな私が数多く残されている民を見捨てて逃げるわけにはいかない」
グレイズ王子はクリスの言葉を遮ってそう口にした。
俺たちには初めての情報もあったがそんな事は今はどうでもいい事だ。
「弟や妹の存命も分からぬ、だがここで皆を見捨ててれん…だがせめての私のわがままだ…娘だけは可能性の高い方へ…」
「しかし、王子…」
「私は今一度生き残っているものを集めて指揮し、正面から突破を図る…、クリスは娘を頼む…脱出用の地下通路も安全かどうかは分からぬが…」
自分の通る道よりはマシなはずだと…そう言いたげな表情だった。
クリスは受け入れられないというか受け入れたく無いのか、首を細かく左右に振る。
「クリス…これはグレイズ・バルメリアの王としては勅命だ!我が娘を連れて必ず…必ず王都を脱出せよ!」
グレイズがクリスの肩を強く掴んだ。
そして強い口調で真っ直ぐな目でクリスを見つめている。
その表情はどこか力強いにもかかわらず悲しげで…寂しそうな…今にも泣き出してしまいそうな、そんな不安定な顔をしていた。
「…わかりました…」
クリスは下唇を噛み締めてから頷き、その勅命を受けた。
「フッ…バルメリア王国が誇る剣聖に護衛してもらえるのだ、娘は安心だな…」
何処か安心したように柔らかな表情だった。
「必ず守り切ります…だから必ず外で…」
クリスの言葉に頷いたグレイズ王子が、振り返るとその後ろからボロボロのヒラヒラとしたドレスを身に纏った黒髪の少女が歩いてきた。
「ミシェイル、挨拶を」
「ミシェイル・バルメリアだ、暫くの間よろしく頼む」
今のところの俺の記憶では珍しい黒髪の、少しきつめのキリッとした青い目の少女。
俺はその少女に釘付けになった。
グレイズ王子は金髪だから母親の遺伝なのだろう黒髪の影響もあるかもしれないが、顔立ちや雰囲気が俺の記憶にある前世…妹のアヤにそっくりだった。
勿論目とか青くなかったけど…。
そんなものは大した問題ではない。
「ミシェイル様の護衛をさせて頂く、クリス・アストラルです」
視線を奪われて固まる俺を置いておいて、しっかり貴族らしい挨拶をするクリス。
「えっ…と…」
「初めまして美しい姫様、俺はレイス・アルメニア、メニア連合国国王ザスティン・アルメニアの息子です」
なぜか俺より先にしゃしゃり出るレイス。
なんだろう…わかりやすい好色男子のレイスが、妹によく似た女の子にちょっかいをかけるのは…なんていうか殴りたい。
「クリスの娘、レオリス・アストラルです」
少しレイスのおかげで俺は感情的にごちゃごちゃし始めたので、とりあえずさらっと挨拶を片付けておく。
なんにしろ今は無事に帰ることを考えよう。
色々考え出したら止まらない。
不安も多いが俺にできることを全力でやろう。
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