少年期〜お前はきっとここにいる。

 黒竜の真下激闘が繰り広げられたであろう城の跡地には、武装した人々が空を見上げていた。


 美しかった城も不自然な破壊後で、残った支柱でかろうじて倒れていないという有様。

 手入れの行き届いていた庭は、大地がえぐり取られ、人々の血で赤く染まっている。




 呻き声がそこら中から聞こえる中で、立って空を見上げる赤い髪の女剣士を見つけることができた。


「母様!」



「レオ!?」



 俺が声を上げると、驚いたような顔でこちらを見るが、すぐにクリスの方から俺の方に駆け寄ってくる。



「どうしてここに…ううん、怪我はない?」


「はい、母様こそお怪我はありませんか?」


 俺の目線に合わせて膝を折って俺の肩に手を置くクリスを確認する。



 口元には血の跡があるし服はボロボロ。

 大怪我はなさそうだが、無傷とはいかない様子だ。



「んー、大丈夫だよ!レオは怪我はない?」



 そう言って俺の体、というより服を確認している。

 服は多少汚れているが怪我なんてものはしていないので軽く頷いておく。



「どうしてここにいるの?」





 クリスは上空を気にするようにチラチラと上を見ながら俺へ質問してくる。

 ここからの状況であれば当然城に戻るのはいい選択肢ではないのは明白。


 かといってリドルフも一緒にいるので、クリスも意味なく俺がここに来たとは思っていないようだ。


 あれ?よく見ればリドルフが居ない…さっきまでいたんだけどな…?





「城壁の外を魔物が囲んでて出られないんだ」




 そこで後ろからレイスが当たり前のように割り込んでくる。




「えっと…君は…」


「はじめまして美しき剣姫様、私はレイス・アルニエル…レオリス君の親友です!」






 俺はお前と親友になった覚えはない。

 友達だって言われても首を傾げてやる。

 ていうか友達だという相手の母親に色目を使うとかコイツ…。





 そんなレイスに面食らっているクリスだが、すぐに戦闘モードのキリッとした顔に戻る。




 そこから簡単に説明した。



 魔物が王都ゼレーネに集まっている事。

 王族が使う抜け道を期待してここに来た事。

 もしかすると先程の黒竜の攻撃は門を破壊する為のものかもしれない事。




 途中から聞いていたグレイズ王子が入ってきた。


「それは本当か?」




「確認は出来てませんし。まだ予測の範囲を出ませんが…」



 俺はともかくリドルフや何やら賢い風のレイスさえ、あの場では方角で予測するしかやれる事はないしな。



 しかし狙ってやっているのだろうから策略的に見える。

 そう言って上を見上げれば、空では黒竜が城の屋根に立って周囲を見下ろしている。



 何か人間臭い気がする。

 あの余裕と見下している感じが…。




 気にしても仕方あるまい。

 俺は意識を上から外す。



「グレイズ王子殿下、外への抜け道ってありますかね?」



 俺は思い出したように、ここに来た一番の理由を王族本人に聞いた。

 元は探してひっそり使うつもりだったが、堂々と使えるのならその方がいい。




「あるにはあるが、今は使えるかわからない」




 そらそうだ。

 瓦礫で入口が〜なんて事もあるしな。






「レオ無事か?」





 背後から声がした。

 先程まで聞いていた声質なのですぐに誰か理解して振り向いたが、その姿を見て声が出なかった。



 肌は謎の紋様が浮かんで、異様な雰囲気を漂わせている。

 よく見れば全身傷だらけで、手足も震えているのか、隣でリドルフに支えられてやっと立っている。



 声もいつものような力強さはなく弱々しい。



「お祖父様…?」




「驚いたか…無理もない…」




 そう言いながらドレイクは苦笑いした。


 その姿をクリスは悲しそうに見ていた。

 今にも泣き出しそうに目に涙を溜めてじっと…。






 空気が重かった。








「リドルフ…もう少し支えてくれ」


「…勿論です」


「最後まで迷惑をかける」




 ドレイクはそう言ってリドルフに支えられながら歩き始めた。



 俺はクリスに手を引かれてその後について行く。





 破壊されて倒れている城の一角に近付く。


「ここでいい…」





 そう言ってドレイクは地面に腰を下ろした。



「クリス、最後の頼みだ…この瓦礫を退かせるか?」



 クリスは頼みがよくわからないようだったが頷くと、大きな瓦礫を軽々と退かせていく。






 俺も含め誰も一言も発する事なく沈黙が続く中、クリスの作業をじっと見ている。



 途中クリスの手が止まった。

 そしてゆっくり瓦礫を退かせる。




 そこには死体があった。

 瓦礫に挟まれて潰れて真っ赤になって潰れている顔では誰か認識出来ない程の醜い死体だ。

 だが、服装には確かに見覚えがあった。



 そのドレスは確かにミトレアが着ていたものだった。



 クリスは口元を押さえて視線を伏せる。

 リドルフも同じように視線を伏せていた。



 俺は認識が遅れた。

 先程まではなんとも思わなかった死体。

 これより無残な者も勿論存在した。

 だが、それでも何も思わなかったのに…今この瞬間…。

 この肉塊がミトレアだったのだと悟った瞬間胃から逆流してくるものがあった。




 俺は少し離れて逆流してきた液体を吐き出した。



 死んだのだ。

 ミトレアはあの騒動に巻き込まれて…。

 もしかしたら黒竜が現れてから避難が遅れたのかもしれない。

 何があったかはわからないが、現実は変わらない。




 クリスが俺の元に来て背中をさすっている。




 しかし戻らなければならない気がした。

 心配するクリスの目に視線で応える。



 口元を拭ってドレイク達の元へ戻れば、ドレイクの羽織で隠されていた。




「辛いだろう…だがレオ覚えてけ…、私がもっと強く賢ければこうはならなかった…、本当に愛してある者を守りたければ強くなれ」




 そう言うドレイクは辛そうであった。

 涙こそ流していないが弱々しい声色で、今にも消えてしまいそうだった。



「…はい、お祖父様…」



「リドルフ迷惑をかけた…領地の引き継ぎなど面倒を今後もかける…」



 リドルフは片膝をついて話を聞くと…強く頷いた。





「クリス、やはり私には剣聖の役目は果たせなかった…」



「先生…ドレイク様ぁ…生意気言ってすいません…」



 クリスは綺麗な顔をくしゃくしゃにして…鼻水と涙まみれにして泣いていた。


 そんな姿をドレイクは和やかな表情で見つめて、クリスに聖剣を渡した。



「お前は剣聖なのだ、アストラル家を任せる…やはりこの剣は返す…」



「…この名に…誓って…」



 顔を拭って精一杯の真面目な顔を作って応えるクリス。

 しかし直ぐに下を向いて泣き出してしまう。







「レオ…もっと話しておけばよかった…剣も…………」




 ドレイクの口は僅かに動いているが、もう声が聞こえてこない。


 わかっていた…だがわからないふりをしていたのかもしれない。

 ドレイクはもう死ぬのだ。


「お祖父様…俺が言ったから…お祖父様は…」







 あの時俺がドレイクに引き返すように言ったからこうなったのか…。

 そう思った時、怖くなった…震えながら口にした。



「違う…お前の判…だんは…ははをすくっっ…た、誇れ、レオ」




 ドレイクも自分の声が出なくなっているのを理解していたのか、力一杯俺の言葉に返事をして頭に手を置いた。


 大きな手だった。

 だがその手から熱はほとんど感じられなかった。






 ドレイクは俺の頭から手を離し、ミトレアの亡骸へ手を伸ばした。

 しかし自分の体を支える力も残っていない腕は崩れてそのまま倒れ込んだ。











 もう動かなかった。

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