其の十九
楓夏の目の前で、少年に鋭い爪が迫る。
楓夏は少年が死ぬことを覚悟した。
しかし、その爪が少年に刺さろうとした瞬間、その腕が切り刻まれた。
「……やっと目覚めたか」
「……何がだ?」
静かに呟いた藤原に、五十嵐は肉の壁の向こうで、何が起きているのかと訝る。しかし、暗い笑みを浮かべた藤原は、五十嵐の問いに答えぬままその笑みを深くしていった。
霧崎楓夏はその動きを止めていた。いや、止めざるを得なかった。
彼女の目の前に現れたのは、腕を切り裂かれるだけにとどまらず、その全身を粉々に切り刻まれた者の姿であった。
その姿は、と言うより、その傷口は楓夏がとてもよく知るものにそっくりだった。
忘れられない傷。忘れてはいけない傷。妹を傷つけ、命を奪った、傷。
「…………ククク」
彼女の目の前で男を切り刻んだミサキは、ゆらり、と立ち上がると口の端を吊り上げながら嗤ってみせた。
「さて、久しぶりだったがうまくいったようで何よりだ。にしても邪魔だな…………。さっさとこんなの殺し尽くしてしまおうか」
ミサキは、否、ミサキの姿をした鬼は散歩にでも行くかのような気軽さで鏖殺を宣言した。
「さっさとこんなの殺し尽くしてしまおうか」
五十嵐は自分が殺して支配している人間たちの様子はある程度分かる。しかし、どうせそれらは使い捨ての駒である。一つ二つ消されたところでまた補充すればいいだけのこと。しかし、奴は皆殺しと言った。流石にこれだけの駒を一度に失うのは見過ごせない。
五十嵐は静かに臨戦態勢を取った。
楓夏は、怒りを押し殺して口を開いた。
「…………答えろ」
「ん?俺に言っているのか?」
しかしそれに対する鬼の返答は軽い。そのことが楓夏には我慢ならなかった。
「貴様が…………貴様が私の妹を、を殺したのか!何故だ!何故殺した!」
「お前の妹……?…………あぁ、あの時殺された人間の中にいたのか。でも、何故、何故、ねぇ…………」
視線を宙にさまよわせたまま、鬼は言葉を途切れさせる。
「どうした。忘れたなどというならその首、斬り飛ばすぞ」
「…………フン、別に忘れてはいないが、お前にとっては理解できないものだろうしなぁ」
「どういう意味だ」
そこで鬼は一度楓夏から視線を外すと、奥に向けて声を上げた。
「おい、藤原とかいう奴。お前も俺の話が聞きたかったんじゃないのか?この前いきなり電話なんかかけてくるから驚いたぜ」
するとすぐに、表情の消えた藤原課長が死人たちの群れを抜けて姿を見せた。
「僕の妻と娘を傷つけたんだ。生半可な理由なんて口に出したら問答無用で殺してやる」
そこにはいつものように真意の読めない笑みを浮かべる藤原課長の姿はなく、何かに追い詰められている男の姿しかなかった。
「クックック、いやあ、俺はどうやら大人気みたいだな」
「軽口はいらない。早く話せ」
藤原課長がナイフを突きつけながら鬼を急かす。
その様子に鬼はやれやれといった様子で首を振ると、口を開こうとした。
五十嵐は三人が何かを話そうとしている様子を見ていたが、次第にどうでもよくなり、支配下の死人たちに命令を下した。
三人を殺せ、と。
しかしその命令は失敗した。
鬼が指を一つ鳴らしただけで、死人たちは全て粉微塵になってしまった。
そして鬼はそのまま口を開いて理由を口にする。
「遠山岬がクラスのみんなを殺してくれって願ったからさ」
鬼面の欠片 将月真琴 @makoto_hata_189
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