其の十八

 男が指を鳴らすと、人々は一斉に襲い掛かってきた。僕は何もできないままその場に立ちすくむ。するといきなり、肩を掴まれて後ろに下がらされた。予想外に強い力で引っ張られて、僕は体勢を崩してしまう。

「楓夏…………」

「今君に死なれたら、明日香のことが分からない。そのことを聞くまでは君を絶対に守るから」

 僕はガラスケースを背にしたまま、楓夏の背中を見る。その手にはいつのまにか刀が握られている。

「あ、霧崎ちゃん、その人たち多分もう死んでるから遠慮なく斬っちゃっていいからねー」

 操り人形の人ごみの奥から藤原さんが声を投げてくる。軽い声だ。藤原さんが何のために僕らをこんな目に遭わせるのか分からない。一体、何が目的なんだ?


 五十嵐は藤原が声をかけている様子を見ながら、事前に言われていたことを確認する。

「殺すのはあの女だけでいいのか?」

「え?ああうん。そうそう、あの男の子は刺激したいだけだからさ、襲ってもいいけど殺したらだめだよ」

「あんなガキにどうして執着している?」

「余計なことは聞かないってのが契約条件じゃなかったかい?」

 五十嵐はそのまま黙ると自分が殺した人間の群れを眺めた。

 その様子を藤原は口元に笑みを浮かべつつ、瞳の奥には軽蔑の色を隠そうとしないまま観察するように見ていた。


(一体一体の力は弱いけど、物量で押されてる…………)

 楓夏は刀を振りながらじりじりとした焦りに襲われていた。自分が刀を振るにはある程度ミサキから距離を取らなければならない。そのため、どうしても隙ができる。その隙をつぶせるようにうまく立ち回ってはいるが、楓夏の心にはミサキ以外にも藤原のことが頭の中にあった。彼がどうして自分の妹のことを知っているのか。そのことを問い詰めようにも彼は人々の奥にいる。

 そのことが彼女をだんだんと焦らせていく。

 そしてその時は訪れる。

「はぁ、はぁ、はぁ…………。っ、しまっ……」

 右の敵に意識を向けすぎている間に左から別の敵がミサキの方に近づいていた。距離としては十分に間に合うが、ミサキを斬らないように敵だけを切り裂くのは難しい。また、ここから下がるとその間に物量で押されると戦線を戻しにくくなる。

「ミサキっ!」

 少年はじりじりと動くが、その移動速度より奴らの方が当然早い。

 そのうちの一体が爪の発達している手を振り上げた。


 ミサキは、楓夏に言われたとおりその場を動かないようにして楓夏の戦闘を眺めていた。否、それは戦闘というよりも虐殺と言った方が近い気がした。

 彼女が腕を振ればそれに従って首が飛ぶ。だが、それでも奴らの数は圧倒的であった。

(向こう側の奴ら、なんだか楓夏を前に出そうとしてないか?)

 楓夏は気づいているのか分からないが、奴らはだんだん片側に集まっている気がする。そのまま右側にばかり気を取られていると、いきなり楓夏がこちらを振り向いた。

「ミサキっ」

 ハッとして後ろを振り向くと、そこには、目の前には。


『お前に死なれたら俺が困るんだ。その体、俺が借りるぞ』


 振り下ろされる腕を前にして動けなくなった僕の耳に、どこかで聞いたような声が聞こえて、僕の意識は暗転した。

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