其の十七

 その言葉に僕は思わず振り返る。

 そこにいたのは、犬神さんの上司、と名乗っていた人だ。名前は確か……。

「藤原課長?」

 そう、藤原さんだ。…………ん?

「楓夏、藤原さんのことを知っているの?」

「ミサキ、課長とはどういう関係?」

 思わず僕らの声が被る。僕らは答えを求めてそろって藤原さんを見る。

 藤原さんはその問いに意地の悪い笑みをして答える。

「霧崎ちゃん、そこにいる岬君は犬神クンが引き取った子で、?」

 ……………………なん、だって?楓夏の、妹を僕が殺した?つまりそれは、僕が小学生の時に巻き込まれた集団傷害事件のことを言っている、のか?

「ふう、か」

 思わず楓夏に顔を向けると、彼女の顔は真っ白になっていた。

 今まで見たことがない楓夏の顔に思わず僕は後ずさる。僕には、あの時の記憶が全くない。確かに、僕が一番傷は軽かった。でも、でも…………!

「まあ、岬君は抑えられなかっただけだから、正確には君が受け継いでいる《遺伝する鬼》のせいではあるんだけどね」

 藤原さんはなおも笑みを浮かべたまま続ける。僕はその顔が恐ろしい。

 すると、彼の後ろからもう一人男性が現れた。こっちは知らない人だ。

「じゃあ、五十嵐、やれ」

 藤原さんは笑顔のまま冷たい声で言った。


 私は固まっていた。妹のことをここで持ち出されるとは思ってもみなかった。しかも、その犯人だと名指しされたのはさっきまで隣で笑っていた少年だという。その少年はおびえた様子で私を見ている。私はその顔を見たくなくて藤原課長に目を向ける。その藤原課長の隣には男がいる。その男を見たとたんに私の本能はアラートを鳴らす。


 男は藤原がどのような立場なのかに興味はない。ただ、人を殺していたところに現れ、金を渡すから人を殺せと言われたからここにいるに過ぎない。男は、指を鳴らした。


 藤原さんの隣に立っている男が指を鳴らすと、部屋の入り口と出口に人が集まってきた。でも、何か妙だ。誰もしゃべらないし、みんな目が虚ろだ。本能的な嫌悪感が背骨を駆け上がって体を震わせる。これは、何か危ない。


 男が指を鳴らして集まってきたのは、おそらく彼の能力で操られている人々だ。殺しても問題ないのかまだわからない以上、手出しをするのは得策ではない。

 今はまだ襲ってくる気配はないが、男が命令を出せばすぐに襲い掛かってくるだろう。その時、私はどうするべきなのだろうか。私は、ミサキを守れるのだろうか。


 僕は楓夏の方を見る。彼女は険しい顔をしたまま人々を睨んでいる。多分きっと、楓夏は僕を助けてくれないだろう。僕の悪い予感はいつだって現実になる。僕はだらりと腕を垂らす。


 再び、指が鳴らされた。

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