其の十六

「今週の土曜日、博物館に行きましょう」

 その日の楓夏は、いつになくご機嫌だった。いつもニコニコしているけれど、今日の笑顔は特別眩しい。

「ご機嫌だね、楓夏」

「うん、実は久しぶりに一日丸々休みにしてもらったんだ」

 その言葉に、僕は思わず顔をしかめる。

「それ、ブラックなやつなんじゃ……」

「まあ、ホワイトな職場じゃないね……。でもさ、私にはそこで働かないといけない理由があるからさ」

「それは絶対に楓夏がやらないといけないことなの?」

「私以外にもいるんだけどさ、今回ばかりは私がやらなくちゃいけないんだよね」

 そういう楓夏の顔は何の感情も映していない。

は私が対処しないといけないやつだから」

「あいつ?」

「ああいや、ミサキが知る必要はないよ。いくら視えるからと言ってこっち側には来させない。絶対に、だよ」

 楓夏は少し早口になりつつ、でもしっかりとした口調で僕に言う。

 …………ここまでの発言で、楓夏の仕事は僕がよく見る黒い奴らに関するものだろうと推測できる。あの黒い奴らは何なのか、犬神さんも似たような仕事をしているようだけれど、あまり人のことに立ち入るのは得策ではないと経験上僕は知っている。

「まあ、それはそうと、」

 楓夏はこの話を続けたくないようで、ポン、と手を叩くと、急に元の話に戻してしまった。

「ミサキ、土曜日の朝九時に駅に集合でどう?」

 そのまま楓夏は僕に何も聞かないまま予定を立ててしまった。よっぽど博物館に行くのが楽しみらしい。でも僕はそのことをあまり気にしていない。だって初めての博物館に行くのに浮かれているのはなにも楓夏だけではないのだから!


 土曜日、朝九時。僕らは駅の前に集合して、博物館へ向かった。電車代と入館料は楓夏がさっさと払ってしまった。僕だって多くはないけど犬神さんがお小遣いをくれている。それを使って返そうかと思ったが、楓夏は「お姉さんに任せなさい!」と言って全く受け取らなかった。


 ミサキと一緒に博物館に来たが、展示物が予想よりかなり多い。そのためか、客も多いようだ。これは楽しめそうだな、と思っていると、ミサキも目を輝かせていた。どうやら彼も楽しんでいるらしい。よかったよかった、と思っていると、人込みの向こうの方に藤原課長が誰か男性と一緒にいるのが見えた。仕事だろうか。だとすると邪魔をするのは問題になるのでなるべく離れていよう、と思っていると、二人はすぐに人ごみに紛れて見えなくなってしまった。


「楓夏、どうかした?」

 楓夏が向こうの方を見て険しい顔をしていたので思わず聞くと、「ああ、うん…………」と言ってすぐに笑顔に戻ってしまった。話したくないらしい。ということは仕事に関連したことなのだろう。なら聞いてはいけない。他人に踏み込み過ぎると馬鹿を見るのは僕なのだ。

 その後、僕も楓夏も、そのことを忘れるほどに楽しんでいたと思う。楓夏の知識は幅広く、そこに置いてあるものについて知っていることがあれば理解しやすいように教えてくれて、知らなくても説明を読んで、僕が理解できなかったところを教えてくれたりした。

 一番奥まで行くと、特に雑多に関連性の分からないものが集められていた。どうやら、この辺りに伝わる鬼の伝承について関連したものを集めたものらしい。ここが最後の部屋であるようで、入り口とは反対側に出口になっているところがあり、さっきまで薄暗い通路を歩いていた僕には少し眩しい。

 最後の部屋なので、僕たちはゆっくりと見て回る。鬼の顔をかたどったという面。その鬼が使っていたとされる日用品。鬼を斬ったという大ぶりな刀。鬼の骨だと伝えられているらしいもの。

 全てを見て、さて、帰ろうかと真剣な顔をして前を歩いている楓夏に声をかけようとした時だった。


「そのまま帰られたら困るんだよね、遠山岬君?」

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