其の十四

 ある日、犬神は自分の班の四人を集めて話を始めた。

「御影、椎原、霧崎、今まで数か月間、鬼を追ってきたがなかなか思うような成果が出ていない。そこで、それぞれ交代で休暇を取りたいと思っているんだが、どうだろうか?」

「……主任、その申し出は大変ありがたいものですが、課長から許可が下りないのでは?」

 唐突すぎる犬神の提案に対して、御影が至極もっともな疑問を口にした。

 しかし、犬神はそれを聞いても落ち着いたまま続けた。

「いや、この件に関してはすでに課長からの許可はもらっている」

 すると椎原は茶化すように続けた。

「さすがは自分が休むことにかけては全力を尽くす男……」

「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ椎原」

 楓夏は、そのような犬神と椎原のやり取りを聞きながら、これでミサキとの約束をやっと果たせると思い、一人浮かれていた。


 犬神は先日、藤原から楓夏についての話を聞いた後、ちょうどいい機会だから、と班の全員に休暇を与えることを藤原に提案した。それを聞いた藤原は、「別にいいんじゃないかな」と犬神が想定していたよりもあっさりと許可を出した。

 犬神は、引き取った少年とはそれなりに会話が続くようになっていたが、それでも今回の事件のこともあり、なかなか交流する機会を設けられずにいた。そこで今回の休暇を利用して、交流を図ろうと考えたのである。彼は通っている学校以外でも友人ができたらしく、最近はその友人の話を聞くことが多かったため、その友人に対して感謝すると共に、出来れば会ってみたいと考えていた。


 そんな犬神の思惑など知る由もない班員たちは、皆それぞれの喜びの表情を浮かべていて、犬神はこの休暇によって英気を養ってくれることを期待しながら微笑んでいた。


「これが今回の休暇の予定表です」

 しばらくして、犬神は班員全員分の休暇予定を藤原に提出した。

「はい、じゃあ確認して後で君のとこに持っていくね」

「お願いします」

 受け取った予定をぱらぱらとめくりながら、藤原は犬神に笑いかけた。

「君の行動力はすごいけど、これぶっちゃけ君がと一緒に過ごす口実に使っただけだろ?」

 自分の思惑を一瞬で看破された犬神は決まりの悪そうな笑みを浮かべた後、頭を掻きつつ、「そうです」と続けた。

「いや、別に責めてはないよ。仕事と休みのバランスをうまくとるのは大事だからね」

 ばつが悪そうに一礼して部屋を出て行った犬神の後姿を見送った藤原は、息を一つ吐くと、自嘲するように笑った。

(仕事と休みのバランス…………。自分ができていないことを部下には求めるなんて、僕も全く嫌なやつだね)

 そして、予定表に目を通すと許可のためのハンコを押し、自分の携帯に最近登録されたばかりの番号に電話をかけた。

 相手はワンコールで電話に出た。

 藤原は休暇申請を見ながら会話を進める。

「……。ああ、僕だ。そろそろとゆっくり君と話がしたい。そうだね……。再来週の日曜日なんてどうかな。…………。ああ、分かった。じゃあ、また」

 携帯を耳から離した藤原は、思わず携帯を握りしめる。

(呪縛から逃げるための布石はそろえた。後はその時を待つだけだ)

 藤原はその結果がどう転んでも自分がここにいられる時間は長くないと思い、そして静かに、目を閉じた。

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