其の八
翌日、霧崎が対策課を訪れると、すでに犬神は来ていて、デスクワークをこなしていた。霧崎はそのデスクに近づくと犬神に話しかけた。
「犬神対策官、昨日はすいませんでした」
犬神は顔を上げると、あわてて手を振った。
「いえいえ、謝るのはこっちですよ。昨日は失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
犬神は、昨日のことで単独行動を言ってくるのではないかと疑っていたのであっさりと謝罪されたことで拍子抜けしていた。
「犬神対策官、敬語は崩してもらって構いません。これからしばらくはあなたの部下として働きますので」
「いや、流石にそれは……」
犬神が渋っていると藤原が笑いながら声をかけてきた。
「いいんじゃない、犬神クン。せっかくの申し出なんだし受けてあげなよ。君も年下に敬語使うの疲れるでしょ」
さすがに課長に言われてしまっては仕方がないと犬神はさっさと諦めることにした。
「じゃ、じゃあ、これからしばらくよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「犬神さん、今日の予定は何かあるんですか?」
「そうだな……。いや、特にないからそちらの案件を進めようか。
犬神は近くのデスクにいた長い黒髪の女性に声をかけると御影と呼ばれた彼女は顔を上げた。
「もう少しで終わります」と言った彼女は、霧崎の方を向くと「御影です」と言って小さく頭を下げた。
「
椎原と呼ばれた無精ひげの生えた犬神よりも年上に見える男は「まだまだっすねぇ」と答えた。
「おとといのやつがまだ残ってるんで俺はこれ仕上げてからっすね」
「わかった。さっさと終わらせろよ」
彼に対してそう答えると、犬神は霧崎の方を向きなおして尋ねた。
「ところで霧崎、一応の捜査方針とかはあるのか?」
「そうですね、基本は待ちの姿勢ですが、それぞれの候補者に会っていくつか聞きたいことがあります」
「なるほど、ならその準備を始めておこう。御影、頼めるか」
「もちろんです」
「じゃあ、霧崎対策官はこちらに」
「何をするのですか?」
「以前の鬼の情報と、この近辺で起きた事件を照らし合わせてその鬼によるものと思われる事件を探すんだ。もしもそれが見つかれば器の特定もできるかもしれないからな」
その口ぶりにかすかな違和感を感じた霧崎は疑問を口に出した
「そのようだと、あまりそれには期待していないようですが」
「そうだな。昨日見た資料に載っていたのは最も年齢が高くても二十代だった。これは、『鬼は遺伝する』というシステムからも予測できていたことだ。しかしそうすると器の候補が生まれた後から調べればいいから、事件の数そのものは少ないが、そこで事を起こすと目立つ。その程度のことを数百年も生きてきたやつが見逃すとは考えにくい」
「そうですね……」
「でもな、可能性が少しでもあるなら調べてみるに越したことはないだろ。遠回りでも、一歩ずつでも相手に近づいて捕まえることができたら俺たちの勝ちだ」
「……ええ、そうですね。……やっぱり、殺さないんですね」
「ん?」
「いえ、やっぱり私と犬神さんの間の溝は深そうだな、と」
「そうか?いや、そんなことはないさ」
「え?」
「だってこうやって俺たち、ちゃんと協力できてるじゃないか」
それを聞いた霧崎はポカンとした顔を見せると、すぐに「そうですね」と笑ってみせた。
それは、霧崎がここに来てから犬神に対して初めて見せた笑顔であった。
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