其の六

「以上が、私がここに来た理由です」

「処理、ってことはつまりは殺すってことか?」

「そうとは限りません。彼か彼女かは知りませんが、私がやるべきなのはかの鬼の復活の阻止ですので、殺さずに済む方法があるのであれば私はそれを実行するでしょう」

 犬神はその言葉の意味を正しく受け取っていた。ということは、方法がなければ殺すと言っているのだ。

 犬神は、正義感にあふれた熱血漢というわけではない。かと言って罪のない人間が殺されることに関して憤りを覚えるぐらいには正義感がある。それだけに、彼女のその物言いは、彼女が無意識に発した言葉であったとしても不快感を覚えるものであった。

「霧崎対策官」

「何でしょうか」

「俺はその鬼のことをあなたの報告からしか知らない。確かに、その鬼は危険なのかもしれない。しかし言葉が通じる以上、俺は対話による解決の可能性も考慮すべきだと具申させていただきます」

「それは、不可能です。その可能性を上が考えていないと思いましたか?」

「そんなこと解っています」

「ならば、」

「だからこそ、こうでも言わなければ俺が我慢できなかったので」

「……?」

 不信感を顔一面に表している彼女に対して、声をかけたのは開きっぱなしになっていたドアから入って来た小柄な狐のような顔をした男――藤原誠課長であった。

「一級対策官どの、そいつはそんな上の考えを分かったうえであんたにそう言ってんのさ。つまるところそいつは甘ちゃんなんだよ。理想でも語ってねえと自分の仕事に納得できないやつなんだよ。おっと申し遅れました、私はここの責任者である藤原と申します」

「……初めまして、藤原課長。しかし、どういうことでしょうか」

「つまるところあんたは上が命じたから動いているだけに過ぎない。自分の意思が見えないんだよ。そいつは危ないぞってそこの甘ちゃんは言ってんのさ」

「個人の意思を優先させていては組織は成り立たないと思いますが」

「ふむ、それは当然の意見だな」

 そこで課長は言葉を切ると犬神のほうをちらりと見て言葉を続けた。

「ここにいる奴らはみな何らかの形で《影》に対して思うところのある奴らだ。だからこそ《影》に対して事件に真摯になれる。とくに犬神はこの前、《影》がらみの事件で孤児になった子供を一人引き取ってやがる。それだけ、こいつらには動く理由が見える」

 そこまで聞くと霧崎はたまりかねたように声を上げた。

「それは、私には動く理由がないと言っているのですか!?」

「そうじゃない。ただ君は我々に隠していることがあるだろう?例えば、器になる人間の情報とか、ね」

 それを聞いた瞬間、霧崎の方がピクリと動いたのを犬神は見逃さなかった。しかし、それ以上に犬神には気になることがあった。

「課長、いったいどこから話を聞いていたんですか」

「あのねえ犬神クン、僕はこれでもここの責任者なんだよ?訪問者が来るときには事前に連絡が来ているに決まっているでしょ?だから最初から持ってこられる話の概要ぐらい聞いているに決まっているでしょ」

 つまりこの男は本部からの訪問者が来ることを知っていながら隣県との会議に出たということである。その目的はおそらく、であると犬神は考えた。この男はそのくらいのことなら平気でやる。

 そしてその男は眼だけが笑っていない笑みを浮かべて続けた。

「じゃ、霧崎ちゃん、上が持ってる情報は全部話してもらうよ?」

 なるほど、最初からそれが狙いかと呆れた犬神であった。

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