其の四
その少女が訪ねてきたのはある春の日だった。
犬神が自分のデスクでくつろいでいると、ドアがノックされた。
「すいません。こちらが《影》対策課でしょうか」
ドアを開けて外に立っていたのは、高校生ぐらいの少女であった。
唯一ただの女子高生ではないと思わせるのは、肩から下げている細長い包みであった。
「あーっと、失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「あっ、申し訳ありません。私は《影》対策本部所属、一級対策官の霧崎楓夏と申します。これはその証明書と、あなた方に対する協力要請です」
犬神を含め、その場にいた対策官はみな驚きを隠すことができなかった。
犬神はしばし絶句したのちに口を開いた。
「……一級対策官、ですか。そのようなエリートの方がどうしてこんな僻地に?」
一級対策官とは、『個人での《影》の修祓、及び《影》が具現化した《妖》の討伐を可能だと認められている人物』であり、国内でその資格を持っているのはほんの一握りだと言われている。
ちなみに対策官は五級から存在し、四級以上で現場に出ることを認められている。また、どんなに優秀な対策官であったとしても、現役の間に進めるのは二級までだとされている。つまり、それだけ一級という肩書を持つことはハードルが高いことであり、犬神たちは驚いたのである。
「あなたがここの責任者ですか?」
「ああいえ、俺、いえ私はここの主任対策官の犬神と申します。課長はただいま隣県との共同会議に参加しておりまして、あと一、二時間もすれば帰ってくるかと思われます」
「そうですか……。ではこちらでお待ちしてももよろしいですか?」
「え?ま、まあ構いませんが」
少女はそう言うと部屋の中に入り、来客用のソファに腰かけた。
「しかし霧崎対策官、なぜあなたのような優秀な対策官がここにいらっしゃるのですか?我々の管轄やその近辺で一級対策官が必要とされる事件は起こっていないと思うのですが」
「あなたの疑問はもっともです、犬神主任。しかし、ことはあなた方の目に見えないところで動いている可能性があるのです」
「こと、ですか。それは先程おっしゃっていた協力要請に関することなのですね?」
「はい。後ほどここの課長にも同じ話をする予定ですが、先に皆さんにもお伝えしておきましょう」
そう言うと、霧崎楓夏は背負っていたリュックから書類を取り出すと、机の上に並べて見せた。
「今回私が追っているのは、『遺伝する鬼』です」
「『遺伝する鬼』……?鬼というのは《妖》の一種であるあれですか」
「はい、その鬼です」
「鬼とは、遺伝するものなのですか?」
「わかりません。しかし、状況から見てそうだと判断する以外ありません」
「つまり、誰かの血筋において鬼になる人間が出やすい、ということでしょうか」
「いえ、少し違います。現れる鬼は一体だけなのです。同一の記憶、同一の姿を持った鬼がある血筋の人間に取り憑いているのです」
そこで少女は言葉を切って前に座る犬神に目を向けた。
思わず目が合った犬神は、期せずしてその少女の瞳の奥を見る。
瞳は苛烈な冷たさをたたえたまま、犬神の顔を映していた。
「詳しく説明しましょう」
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