其の二
ミサキが教室に荷物を取りに戻ると、教室には平井が待っていた。
「遠山、やっと戻ってきたか」
「げ」
「教師に向かってそんなことを言うな!」
「先生、今とても急がなければならない用事があるのでお説教は後でもいいですよね。では」
ミサキはそれだけ言うと荷物を掴んで教室を飛び出し、一目散に駆けていった。
「後で顔を見せなかったら親御さんに連絡だからなー!」
「お説教はめんどくさいが犬神に知られるのも面倒だな」
後ろからの大声を無視しながらミサキはつぶやいた。
電車に乗って目的地へと向かっていると、フーカが尋ねてきた。
「ミサキ、ああ言ったからにはちゃんと後で平井先生のところに行くんだよね?」
「行くわけないだろ」
「犬神さんにバレるよ?」
「その時はその時だな」
「行き当たりばったりだねぇ。で、どうするの?」
「全力でしらばっくれて、逃げる」
「相変わらずだねぇ」
生産性のない会話をしている二人を乗せて、電車は走る。
「多分このあたりだと思うんだけど」
「……見た感じもうちょっと行ったところかな」
「ん」
ミサキはフーカの先導のもと目的地に向けて歩いていった。
「遅かったな」
ミサキが現場であるマンションの前に着くと四十代ほどのガタイのいい男が仁王立ちしていた。
「ああ、すいません。どこかの酔っぱらいが間違い電話をかけてきて、その対応がめんどくさかったんですよ」
「はっ、それはご苦労なこったな」
「主任、遠山君、二人とも茶番はいいのでさっさと現場に入りましょう」
「「はーい」」
「はいは短く一回です」
「「はい!」」
現場はそのマンションの一室であった。
もうすでに犬神と
それを横目に見ながらミサキは土足のまま部屋に上がり込む。そのまま廊下を進んで札の貼られたドアを開くと、強い風が吹きつける。そして、
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
およそヒトの出せる声ではないような声がミサキの耳朶をたたく。風にあおられ目をすがめたミサキは部屋の奥にわだかまる黒い影を見る。
「これが今回の獲物か」
黒い影はかろうじて人型をとっている。つまり、ここ何日かで《影》になったのだろう。
と、そこでミサキはフーカの様子がおかしいことに気が付く。
「食べたい」
「フーカ?」
「食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい」
「フーカっ!」
「食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい」
虚ろになった眼はすでにヒトのそれではない。その瞳は猫のような虹彩を持ち、その奥に狂気をたたえていた。
(しくじった……。最近フーカは《影》を食べてなかったっけ……)
頭の中でそう考えながら、ミサキはなおもフーカに声をかける。
「フーカ、飲まれるな!落ち着いて自分を思い出せ!」
「食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいダメだ食べたい食べたい食べたいダメだダメだ食べたい食べたい食べたいダメだダメだダメだ」
ダメだとは口で言いながら、フーカの体は《影》に向けて今にも飛びかかろうとしていた。
それを目にしたミサキは舌打ちを一つして名前を叫ぶ。
「霧崎楓華!」
その名前を呼ばれた瞬間、フーカの体がビクリと跳ねて不自然な姿勢で固まる。その隙にミサキは学生服のポケットから短刀を取り出すと《影》の胸元に突き立てた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
途端、ミサキが刺した短刀が光を放つと、《影》は霧散し、後にはいわゆる人魂と呼ばれるようなものが漂っていた。
「フーカ、もう食べていいよ」
そう言われた瞬間、フーカは固まっていた姿勢から解き放たれ、人魂に食らいついた。
しばらくして人魂を食べ終わり、呆けたように座っているフーカに、ミサキは声をかけた。
「満足できた?」
「うん、しばらくは大丈夫かな。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いいよ。僕は君の隣にいるって決めたんだ。だから、君が誰かにかける迷惑は全部僕が責任を持つから」
「重いよ、ミサキ」
そう言って笑うフーカの体をミサキは静かに抱き寄せる。腕の中に確かにフーカがいることを感じながら。
マンションを出ると、犬神が一人で待っていた。
「ずいぶんと遅かったな」
「まあ、いろいろありましたから」
「霧崎か」
「……ええ、はい、まあ」
「祓えたのか?」
「それは滞りなく」
「で、その霧崎はどこにいる?」
「僕の中で寝てます。鬼が表面に出てきかけていたので消費しすぎたんだと思います」
「わかった。後で顔を見せてくれ」
「今日の夕飯は」
「あー、作っといてくれ。献立はお前が好きなのでいいから」
「じゃあ麻婆豆腐にしましょう」
「辛くしたらキレるから」
「じゃあ、家で」
「おう」
「親子の会話は終わりましたか」
「
「別に、お礼を言われるようなことはしてません」
「いや、うん、まあ、な」
「では私は先に本部に戻って報告書の準備をしておきます」
「優秀な部下を持つと上司は楽でいいな」
「働かないのであれば主任のデスクの中のブツは処分しましょう」
「ちょっと待て、なんでその存在を
あの野郎なんてことしてくれやがんだぁぁぁ、と叫ぶ犬神を見て小さく笑うと
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