鬼面の欠片

将月真琴

其の一

「ミサキ、起きなよ。昼休み終わっちゃうよ」

「フーカ、僕は眠いんだ」

「だ、ダメだよミサキ!犬神さんに怒られるよ!」

「お前がチクったりしなきゃバレないって」

「次の授業は古典の平井だよ?」

「あいつも毎回ご苦労なことだなー」

「わ、私はもう行くよ!ちゃんとミサキも教室に戻るんだよ!」

「へーい」

 そう言うとフーカと呼ばれた少女は中へ戻るドアの方へ駆けていった。

 それを横目で見ていたミサキは少女がドアをくぐったところまで見てすぐに目を閉じた。

「僕はあそこに戻らなくたって誰も困んないだろ」

 そしてそのまま寝てしまった。



「ん、んー……」

 なんか鼻の頭がくすぐったい。不快に感じて目を開くと、フーカの顔が思ったより近くにあった。くすぐったいと思っていたのはどうやらフーカの髪らしい。

「ミサキ、結局午後の授業全部サボったね」

「……僕は別にこの高校を卒業できようができまいがどうでもいいんだよ」

「でも、せっかく入ったんだから卒業しといた方が後々得じゃない?ほら、高学歴社会ーとか言われてるしさ」

「僕は学歴なんていらないな」

「ミサキ!」

 そんなことを話していると屋上のドアが開いて一人の男子生徒が出てきた。

「遠山君、ここにいたのか」

 ミサキはそれに気づくとふいと顔をそらして沈黙をもって答えた。

「遠山君、君のことを他のクラスメイトも気にかけている。彼女のことは僕たちにとっても辛いことだ。もちろん、君が僕らよりずっと深く傷ついて──」

「黙れ」

 そこで、初めてミサキは屋上に出てきた少年に顔を向ける。

 その瞳に怒りをたたえて。

「と、遠山君……」

「坂木だっけ、お前」

「違うよミサキ、坂井くんだよ」とフーカ。

「……ああ、坂井か。別にお前の言ってることが間違いだとかそんなことは言わない。けどお前のそれはただの偽善者だ。……迷惑だから俺のことは放っておけよ」

 それを聞くと坂井は傷ついた顔をしてドアの方へ体を向けた。そして、申し訳なさそうに口を開いた。

「……君の気持ちを考えない発言をしてしまい、すまないと思っている。けど、僕が言ったのは本心でもあると分かってほしい」

 そう言うと坂井はドアを開けてまた中へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送ることなく、ミサキ──遠山岬──はまた寝転がり、目を閉じる。

「ねえ、ミサキ。坂井くん、ミサキのことを心配してたんだから、あんな言い方はなかったんじゃない?」

 ミサキはそれに答えない。フーカもミサキが答えるとは思っていなかった。

 しばらくすると、ミサキは体を起こし学生服のポケットに手を突っ込んで携帯を取りだし、画面を見て嫌な顔をした。

「誰からの電話?」

 フーカにそう問われたミサキは黙って携帯を突き出す。

「ああ、犬神さんね」

「あんなやつになんて付けなくていいんだよ」

「とりあえず、電話に出たら?」

 そう言われたミサキは心底嫌そうな顔をしながら通話ボタンに指を伸ばした。


『ったくいつまで待たせやがるんだこっちは忙しいって何回言ったらわかんだよっておいこら聞いてんのかミサキ黙ってねぇでなんか一言ぐらい喋れってんだよったくもう辛気くせえツラしてんだろあーやだやだ』

「……」

「だ、ダメだよミサキ、落ち着いて!まだ用件言ってないから!」

 通話ボタンを押してすぐに電話口からがなるような中年の声が間断なく聞こえてきて、思わず携帯を耳から離して終了ボタンを押そうとしたミサキをフーカが慌てて止める。

『おいこら聞いてんのかミサキー!てめえ保護者に対してその態度はなんだぁ!ああん!?』

「こちらでは酔っぱらいの対応はしておりません。どちらかと電話番号をお間違えではないですか」ブツッ

「……」

「さてフーカ、僕はもう少し寝るよ」

 するとすぐに携帯が着信音を鳴らし始めた。

「犬神さんだと思うよ?」

「誰が出るかあんな酔っぱらい」

「……ま、まあ一応ミサキの保護者なんだし……」

「それとこれとは話が別」

 にべもない、とはこういうことなのだろうか、と思いながらフーカが画面に目を向けると、「ねぇミサキ」と呼び掛けた。

「これ、御影みかげさんからだよ」

 瞬間、ミサキは姿勢を正してすぐに携帯を手に取った。

「はい、遠山です」

『遅い』

 聞こえてきたのは底冷えのするような女性の声。いつもは感情を表に出さないが、今回ばかりは分かる。とてつもなく怒っていらっしゃる。

「す、すいません。犬神……主任かと思いまして」

『先程の主任の電話は聞いていた。確かにあれなら逃げたくなるかもしれないが、ちゃんと相手の名前は確認することだな』

「はい……」

『ふん、まあいい。本題に入るぞ。いつものやつだ、さっさと出頭しろ。そして働け。場所は──』

 そう言って御影みかげさんは学校からあまり遠くない場所の名前を言った。

「分かりました。すぐに向かいます」

 ミサキはそう言って電話を切ると、一つため息をついた。

「ミサキ」

「どうした、フーカ?」

「やっぱり、行きたくないの?」

「……そうだね。僕は別に死にたいとは思わないけど、こんな世界なんて滅べとは思ってる。だから僕は日々を無為に過ごしたい」

「それでも行くのは私のせい?」

「フーカのせいじゃない。フーカのためだ」

「うん……そっか。じゃあ行こ?犬神さんは待たせてもいいけど御影みかげさんを待たせたら怖いもんね?」

「やっぱり行きたくないなぁ……」

 でも御影みかげさんに行くと言ってしまった以上、行かない方が危険である、とわかっているミサキは仕方なくドアの方へ歩きだし、

「やっぱりもう少しだけ寝て──」

「ダーメ」

 満面の笑みで威圧するフーカを見て、がっくりと肩を落としてドアを開くのであった。

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