第22話
それからはひたすら受験に向けて勉強に励む時間が来た。
だけど、その中でも文化祭以前の空気が私たちのクラスを覆った。
私と那由の間では全部が片付いた。そして真依や優香にもちゃんと伝えた。
だけどクラスには言えなかった。明らかに敵を向けてくる人たちが一部ではいたからだ。
受験勉強で忙しいはずなのに事あるごとに棘を含んだ言葉をかけてくる。
そしてそれは誰もが認める結城怜が決めたものだから、大人しくしている人たちも私たちの味方をしようとはしなかった。
居づらさを覚えながらも受験を前にしたこの時期にクラスから逃げることもできず、ただひたすら耐える時期が続いた。
そんな中、ある日の放課後私は日直の仕事を終わらせ職員室からクラスへと戻っている途中に結城君とばったり遭遇した。
那由たちは塾があるからとすでに帰っており、また周囲には人の気配はない。
偶然にも私は結城君と二人きりになるチャンスを得たのだった。
結城君は一瞥するだけで私の横を通り過ぎようとしていた。
私はそんな結城君を呼び止める。
「待って」
結城君は足を止めこちらを向く。
「何?」
その声に感情は乗っていなかった。
そこに少し怖さを感じながらも、私は今の状況を伝える。
「夏休み明けの結城君の行動のせいで私たちはすごく教室に居づらいの。私たちは私たちの間で全部解決したし、結城君の言っていた松下君と那由の関係にも片は付いたって那由から聞いてる。だからこれ以上クラスの雰囲気がこのまま続く意味がないの」
「で?」
相変わらず感情のこもらない声だ。
「これは結城君のせいでこうなってるの。だからどうにかしてくれない?」
私は結城君を睨む。
人任せもいいところかもしれないけど、こうなったのは確実に結城君のせいであり、これをどうにかできるのも結城君しかいないから仕方ない。
結城君は一度溜息をついた。
「確かに啓太からは話は聞いてる。だから俺からお前らにこれ以上言うことはない。それは確かだ。だが、俺はあの時の言葉、行動は何一つ間違っていないと思っている。だから俺はお前らには一切謝罪しない」
「そんな」
「だが、俺としても今の空気は正直気味が悪いと思ってる」
「え?」
「俺とて別に無駄に人を傷つける行為は好きじゃない。ただ俺は俺の正しいと思ったことはやり通すだけ。だから今回に関してはパフォーマンスとしての謝罪をお前たちにすることは構わない」
「私はそれでもいいけど」
「じゃあ、決定だな。なら明日昼休みに行くよ。できる限り人が多い時間帯のほうがいいだろうから」
そう言って結城君は去っていく。
一瞬呆気にとられたけど、お礼を言い忘れていたことに気付き聞こえるかわからないけどできるだけ大きい声で「ありがとう」といった。
私は結城君を周りの人たちとひとくくりにして考えていた。だけど、それは違っていたのかもしれない。
そして翌日結城君は宣言通り私たちのクラスに来て、頭を下げ謝罪した。クラスの人たちは完全に想定外の行動だったらしく、立ち往生していた。
それから結城君は、私たちとは反対を向き、
「俺は別にこいつらに害することを望んだわけじゃない。だからこれ以上の差別発言およびいじめにつながる行動に俺の名前を使う奴は俺に喧嘩を売っているものとみなす」
そうクラスに宣言した。
どこか物語の一コマのような発言だけど、それが似合ってしまうのが結城君のすごいところだ。
隣で那由が一安心している様子からも、結城君のこの発言には影響力があるがわかる。
それからクラスで私たちに悪態をつく人はいなくなった。
それまで悪態をついていた人たちは居心地悪そうにしていたし、何もしなかった人たちはこぞって私たちに興味を持ち出した。
那由はそんなクラスの人たちを見てびっくりしてたけど、たぶん多くの人たちにとって同性愛ってそこまで忌避するものじゃないんじゃないだろうか。ただ、これまでの慣習とかそういったものに縛られて生きてきた結果、反発せざるをえなかったりするだけだと思う。
これで一応私たちを取り巻く問題はすべて解決して、あとは大学受験だけに集中できる。
***
時は流れ、卒業式を迎えた。
ほとんどの人はまだ受験の結果が出ておらず不安を抱えながら今日を迎えることとなる。
それでもこれを区切りとして高校生活が終わるため、涙を流しながら仲間との別れを惜しんでいた。
卒業式後、私たち四人は校庭の一角で談笑していた。
「はぁ、私たちももう卒業かー。なんか実感わかないなー」
さっきあれほど泣いていたのにという野暮な突っ込みはしないでおこう。
ただ、私も卒業式からクラスでの最後のホームルームにかけては悲しい気持ちでいっぱいだったけど、それでも今は少し実感が薄れている気はしていた。
「うん、確かになんかまだ気持ち的にふわふわしてるし、なんだかんだ明日からも合否の報告とか後期試験とかの準備で学校に来るしで卒業したって感じはあまりないよね」
「うぅ、そんなこと言うから受かってるか不安になってきたじゃんかー」
私の言葉に合格発表という言葉を思い出したのか、不安がる那由。
「大変ね」
「あー、真依ずるい!」
「何がよ」
「美大はなんでそんな早く受験が終わるのよー!」
「単に私大だからじゃない?まあ美大はほとんどが私立だからあながち間違ってはいないのかもしれないけど」
真依は文化祭後、急に美大に進むことに決めたと言ってきた。その時はすごく驚いたけど、やりたいことを見つけ、それについて語る真依を見ていると素直に応援したくなったのを覚えている。
「それにしても那由と恋春が付き合ってるし、真依は自分をもって生きようとしてるし、なんか私取り残された感がすごいんだけど」
「それに真依も赤崎君といい感じだしねー」
その那由の一言が出た瞬間暢気な那由を除き、全員が固まった。
その硬直が最初に解けたのは当人の真依だった。
「えっと、私が赤崎洋介といい感じっていうのはどういうこと?」
「ん?あれ、違った?」
「違うとかそういう話ではなくて、なんでそういう話が出てるのかっていうこと}
「いや、ちょいちょい隠れてあったりしてるし、噂じゃあ、美大に行くのを決めたのも赤崎君のためっていう話もあるくらいだし」
「美大に行くのは自分のためなんだけど」
「つまり赤崎君との密会は認めると」
「認める云々関係なしにばれてるんなら否定しようがないじゃない」
「そしてついでに赤崎君との関係も認めると」
「は?私は確かに赤崎洋介と知り合いだし話すこともあるけどそれ以上はないわ」
「ふーん、私はお似合いだとおもんだけどなー」
「ちょっと待って、私その情報知らなかったんだけど。真依に男ができてたなんて」
「だから!わたしと赤崎洋介はそんなんじゃないってば」
「おやおや、少し顔が赤いですぞお嬢さん」
「んもー!那由は絶対に許さないからね」
「ああ、ごめんってば真依ー。私は真依が運命の人と出会えたことを素直に喜べない儚い少女だと思ってたからいじりすぎただけなのー」
「誰が儚い少女よ!」
「私一人だけ独りぼっちなの?どうしよう受験受かっても一人寂しい大学生活送ることになるんじゃ」
「いや、だから私は別にそういうんじゃないって!というか別に大学なんて夢をかなえるための場所なんだから大学生活を楽しむのに恋沙汰なんて関係ないでしょうが。というか恋春も笑ってばっかりじゃなくって助けてよ」
皆のやり取りを見ていてずっと抱腹していた私に真依が助けを求めてきたけど、ここはノリに合わせようと思う。
「あはは、ごめんごめん。でも私も赤崎君の話が出てからの真依を観たら二人の関係は少なくとも悪くないんだろうなって思ったよ」
「まさかの裏切り!?」
「さすが私の恋春だね!真依には渡さないから」
「あー、でも真依が隠れて赤崎君とあっていたのを知っていながらばらすのはちょっとひどいなって思ったかなー」
ちらりと那由のほうを見ると那由は自分で「ギクッ」なんて言いながら私から目をそらす。
「ふんっ、このまま破局してしまえばいい」
「そんなー」
那由が私に抱き着いてきたが、私はそれに構わずずっと笑っていた。
晴れた空が青く澄み渡る中、私たちはこんなふうに笑って高校最後の日を迎えることができた。
私と那由の関係は一応恋人としてこれからもいられることになったけど、この先順風満帆にすべてが上手くいくかはわからない。
それでも私はこの道を選んだからには絶対に那由の手を離さないし、那由を幸せにしたいと思う。
そしてこうやってまた四人で集まって近況報告とかして、その時に笑顔でいられるようになったらそれはすごく幸せな未来だと思う。
私のこれまでの人生でこの一年間はいろんな意味で濃い時間だったけど、もっともっと楽しくって、幸せな時間をこれから那由と二人で歩んでいくんだ。
純潔の愛 るね @Rune18novel
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