第20話
「恋春大丈夫かなー」
さっき見た恋春の表情を思い浮かべ、一人夕暮れの中帰る私。
何か思いつめた表情をしていた恋春は、結局その心境を伝えることなく帰っていった。
トイレの前後でなんかより一層重い雰囲気になった気がしたけど、何かあったのかな。
多分私のせいではあるんだろうけど、私が恋春に出来ることって何かあるのだろうか。那穂はいつも通りにしていればいいって言ったし、真依や優香もいつも通りでいるから、たぶん私はいつも通りでいることが正しい事なんだと思う。でも、それができていないから恋春に何か悩ませているんだろうな。
自責の念で押しつぶされそうになるけど、それはいつもの私ではない。とはいえ、これが解決しないと私がいつも通りでいる意味がなくなる。そんな板挟み状態がいやになる。
県道沿いから細い道に入り、ここ最近やけに何かがある公園が見えた。
無駄に広い公園には入り口で中学生男子がたむろしていた。他愛ない会話をしている様子を見て羨ましく思った。
こんな日常がほしいだけなのに。
少し物思いにふけっていたけど、こんなことをしていても何にもならないことだけがわかり、帰ることにした。
公園沿いに道を走っていたら、視界の端に見覚えのある人物が映った。
自転車を止めそのほうを見るとやっぱりそうだった。
啓太。
啓太は一人ベンチに座り、スマホをいじっていた。
ただ休憩するためにあそこにいるわけがない。
多分私を待っているんだと思う。
だけどそれがわかったからといって、啓太の側に行くだけの勇気はなかった。
公園沿いの道でどうしようか悩んでいると、向こうが気付いたみたいでこちらにやってくる。
私は観念して中学生男子がいるところとは別の入り口に自転車を置いて、啓太が来るのを待った。
小走りでこちらに向かってくる姿はさすが運動ができる男っていう感じで、軽やかに走っている割に近づいてくるスピードは結構はやい。
私との間が数歩というところになってスピードを落とし、2、3歩のところで立ち止まった。
「啓太は打ち上げいかなかったの?」
理数科ならば絶対に打ち上げはあったはずで、ふと疑問に思った。打ち上げよりも私と会うことを優先したのだろうか。申し訳なさが募る。
「ああ、今日は用事あるからって幹事の人にいったらなんかクラス全体で打ち上げは明日にしようって話になったから気にしなくていいよ」
……これが人気者ってやつですか。
思いもよらぬところで改めて啓太のすごさを思い知ったところで、話しは本題に入った。
「それで、今日劇みてどうだった?」
「よかったと思うよ」
「劇の感想じゃなくて」
「わかってる。私は劇を見てよかったなって思った。やっぱり啓太は私にとって大切な人で、知っていたつもりだったけど昔よりもずっと立派になって、あの頃の私が引っ張ってあげないと前に進めなかった啓太とは違うんだなって思った」
素直な感想が口から出た。
「そうか」
「そう」
二人の間に沈黙が流れる。わずかに男子中学生たちの話し声が遠くから聞こえてくるほどに。
啓太は私の目をじっと見つめる。
その瞳はすごく力強くて、かっこいい。
「俺は今でも那由のことが好きだ」
そんな目で見つめられながらこんな言葉を言われたらきっと他の子なら胸をときめかすのだろう。
まあ、さすがに今のは私ですら動揺したけど。
でも、それでも私はそうなんだとしか思わなかった。
むしろ、なんで今でもこんな私を好きでいられるのだろうか、そんな疑問さえ湧いてしまう。
「ただ、俺の願いは那由と一緒になることよりも、那由が幸せになってくれることなんだ。だから、那由が女性しか愛せないっていうなら俺はあきらめるし、那由を応援したい。でも、今の那由を見ていても那由が幸せでいられるとは思えないんだ。怜のせいっていうのもあるかもしれないけど、それ以上に那由と一色さんの間に壁があるように感じた。今のまま二人が一緒にいて、ぎくしゃくしたままの関係を続けるなら、それくらいなら俺が那由を幸せにしたい。俺ならそれができると思ってる」
啓太はそこまで一息で話した後、一呼吸置き、
「那由はこのままの状態でいたいのか?」
そう私に問いかけてきた。
「いやに決まってるじゃん!」
「なら」
「でも!ならどうしろっていうのよ。私は私なりに頑張ってみんなと一緒にいられる時間を作ってるの。これ以上私に何ができるっていうのよ!」
わからないなりに考えて、それでもうなくいかなくて。自分でわかっていてもどうしようもないことにいら立ち、啓太にぶつけてしまう。
しかし啓太は何も言わない。
私は自分の惨めさに悔しくて涙が流れる。
「俺は那由の苦しみを理解してあげられない」
沈黙ののち、そんな言葉が聞こえた。
「なんでそんなこと言うの」
「でも、俺は誰よりも那由のことを知っている。那由はみんなの中心にいて、みんなを笑顔にできる人で、俺なんかよりもずっとすごい人だ」
「そんなことない」
「俺にとって那由はあこがれの存在で、今こうやっていられるのも那由のおかげだ。だから、今度は俺が那由を助けたい。那由の苦しみをほんの一部でもいいからに教えてほしい。何が那由を苦しめているのかを」
私を見つめる啓太の瞳は真剣そのものだった。
これまで誰にも言ったことのない私の気持ち。
それを言うことは私にとってどんなことよりも怖い事。
でも今はそれを受け入れてくれるって言ってくれる人が目の前にいて、その人は私にとって大事な人で。
恐さがなくなったわけじゃない。
それでものどから出かかっていた、せき止められていた思いが流れ出した。
「私は自分が普通じゃないとわかったときから、本当の自分でいることをやめたんだ。それまでの自分が嘘になるのが怖かったから。そして何より周りが変わってしまうのが怖かったから。私が何も言わなかったら、本当の私を出さなかったらこのままでいられる。そこに安心感を求めていた。でも、心の中では常に罪悪感に苛まれていた。嘘つき、偽善者、異常者。そんな言葉が脳裏をよぎった。誰もこんなひどい言葉をかけてこないことはわかってた。信じてた。でも私自身が私のことをそう思ってしまった。だから誰にも言うことができなかった」
体が震える。啓太なら受け止めてくれるとわかっていても、そうならなかったときの幻想が私を苦しめる。
「ありがとう、言ってくれて」
掠れた声が聞こえた。
目が充血し、右手で頭を抱え込んでいた。
それを見ただけで涙をこらえることができなくなった。
「それから、ごめん。気付いてあげられなくて」
「謝らないで。こうなったのは私が選んだ道なんだから。私が勝手に自滅しただけなんだから」
「違う。那由がそういう道を選ばざるを得なかった、俺の浅はかさのせいだ。もっと目の前の那由と向き合っていれば。あこがれの中にいた那由を見続けていなければ。もっと早く那由と肩を並べられる人間になっていれば、気付けたかもしれなかったんだ。だから、もう二度と一人で抱え込まないでくれ」
鼻をすすり、再び私の目を見る啓太。
「俺は那由の気持ちを聞いたうえで、やっぱり那由とこれからも一緒にいたいって思ったし、那由への気持ちも変わらなかった」
「ありがと」
混じりっけなしのその言葉に照れくさくなる。
「だから次は一色さんにそれを伝えるべきじゃないか?那由にとって一色さんは俺よりも信用できない人なのか?」
「違う……、と思ってたけど私は恋春のことを信用できていなかったのかな?」
「那由は自分の気持ちよりも他の人の気持ちを大切にできる人だ。だから、一色さんに言えていなかっただけなんだと思う。一色さんを大切にしようという気持ちばかりが優先しただけ。だからそんなことはない。那由はちゃんと一色さんのことを信用できていたと思うよ」
「そうだといいんだけど」
啓太の後押しはすごく心強い。でも、それ以上に不安がのしかかってくる。
その後わずかな距離を二人で何も話さずに帰った。
「やっぱり今の那由の心には俺が入り込む余地なんてなかったんだな」
那由のうしろ姿をみつめ、啓太はつぶやいた。
家に入っていく那由は啓太のほうを見ることなく、表情は曇っていた。そんな那由の姿をみる啓太の表情は諦念混じりの陰りある笑みだった。
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