第18話
私たちの学校では文化祭は二日間にわたって開催されるが、一日目に関してはクラスの出し物はなく、吹奏楽部の演奏や、文化祭委員による寸劇等のステージ発表のみとなっている。
そして今日、学園祭二日目が行われており、今日が多くの生徒にとって学園祭本番となる。
学園祭当日までは周囲のよそよそしさや未だに鳴り止まない影口があったものの、今朝みんなで輪になって頑張ろうの掛け声をした時は、そういった悪い空気はなく、これが文化祭パワーなのかななんて思った。これがこの先ずっと続けばいいのにと思いつつも、それで済むなら今までのは何だったのかと言いたくなるような気もする。
とはいえ、今日だけは楽しみたいので周りが私たちのことを気にしないのであれば私も気にしないほうが良いと思うので、そうすることにした。
私たちは一番最初の時間帯に店番担当が割り当てられていたので、それなりに忙しかったものの、最も忙しい時間帯は回避できた。
そして早々に自由行動になり、那由と優香、それから私たちよりも早く仕事を終えた真依が合流して四人でいろいろと回った。
最初は那由の妹、那穂ちゃんのところに行くことになった。
これは那由が絶対に行きたいと前から主張していたところで、みんなも否を唱えることなく決まった。
だけど私は正直気が進まなかった。
「あっ、皆さん来てくれたんですね!」
那穂ちゃんがにこやかに出迎えてくれた。可愛らしい魔女っ娘姿で。
那穂ちゃんのクラスは文化祭の定番、お化け屋敷をやっており那由曰くかなり本格的に仕上がっているとのこと。
そのおかげかすでに人だかりができている。中には那穂ちゃん目当ての男子生徒も多いだろうけど。
そして私はホラー系が苦手なのでこの人だかりを見て余計にもこの先に進みたくなくなった。
「ああ、那穂可愛いよ!!!」
そんな私の気持ちなんて知る由もなく、妹のコスプレをスマホでカシャカシャと連写する那由。
「那由、那穂ちゃんが可愛いのはわかったから少し大人しくしなさい。周囲に迷惑でしょ」
「はーい」
優香の一言であっさりと那由が引き下がる。
「ありがとうございます、高遠先輩。
那穂ちゃんが相も変わらず姉への辛辣な言葉を並べるが、当の那由は「ぐし?」と首を傾けていた。知らぬが仏、教えないでおこうと思ったけど、いつもの如く真依が「あなたのことよ」とすかさず指摘していたので那由がまた騒ぎ出した。
「はぁ」
私がこれから起こることに憂鬱を感じているのにみんながのんきにしているから思わずため息が漏れた。
「ん、恋春もしかしてお化け屋敷が嫌だったりした?」
「あぅ、いや、まあちょっと」
優香にふいに図星を突かれ本音が漏れる。
「まあ本格的っていうくらいだから正直気は進まないのは確かよね」
「そう、ね」
優香は同情してくれているけれど、目の前の現実から逃れれない以上、その同情は気休めにもならなかった。
なんだかんだで列の前にいた人たちが少なくなってきている。
それに伴って心臓の音がどんどんと速くなっていく。
そしていよいよ次が私たちの番となったところで、那由が手を差し出して来た。
「さあ、行こう!」
私が怖がっていることを知ってか、それとも単に自分が楽しみなだけかはわからないが、その輝かんばかりの笑顔に私は少しばかり心が安らいだ。
「来てくださってありがとうございましたー!」
後から聞こえる悲鳴をBGMにして那穂ちゃんと別れる。
「あー、面白かった」
「なかなかすごかったね。これは本格的と宣伝するだけあるわね」
「装飾もかなり凝ってて、よくこれだけの時間でできたなって思う」
三人が各々の感想を言い合っているのを聞きながら私は未だに震える足を進めるのでいっぱいだった。
「それにしても恋春あんなに声出るんだね」
「うぅ、だってー」
真依の素朴な疑問として出た質問だろうけど、私だってあれは不本意だった。
出てくるお化け、役の人達がみんなすごい本物っぽくて、店先の那穂ちゃんの衣装は何だったのかと問い詰めたくなる。
「恋春がずっと腕握ってくるのがかわいくてそれだけでここに来たかいがあったというものだよ」
那由のおどけ口調の言葉に恥ずかしさを覚えるが、それと同時にその言葉の意味を考えると少し不安になる。しかし、
「はいはい、のろけおつ」
と真依が何の気なしのいつも通りの感じであしらったのを聞いて、拍子抜けな感じを覚えつつも、それでもある意味でこの普通として受け入れてくれていることに対してありがたいと思った。
その後は人ごみの中をかき分けてどうにか人数分のお昼ご飯を確保し、行儀は悪いが食べ歩きしながら談笑していた。
皆特に行きたいところもなく、とりあえず適当に冷やかしながら歩いていたのだが、最終的には体育館に集合しなければならず、また体育館でもステージ発表があるのでそこで時間をつぶそうという話になった。
その道中、体育館への渡り廊下で美術部の絵が展示されているのを発見した。
「わー、みんなすごいね。あっ、これ真依のだ」
那由が絵を順々に見ていると一枚のモノクロ画のところで立ち止まった。
「へぇ、真依にしては写実的な絵だね。若干アニメ調ではあるけど」
「まあ、あの時は見たままをなんとなく描いてただけだから」
優香の問いかけに淡々と答える真依。
真依のイラストは白地に黒の線がはしっているだけ。それだけなのにすごく色づいた世界が見えてくる。
「すごい」
思わず感嘆の声が漏れるほどに。
「そんな見るものでもないよ」
真依がそっぽを向いてそんなことを言う。ただ、私だけでなくほかの二人も魅入っているくらい真依のイラストはすごかった。
ふと那由が真依に向かって言葉をかける。
「よかったね、真依」
「ん、何が?」
「ううん」
その真意は真依含め誰もわからなかったが、那由は満足げに再びイラストを見ていた。
それから暗幕で仕切られた体育館入り口をくぐり、夏の暑さか文化際の熱狂かそのどちらともなのか、とにかく暑くて熱い空間へと足を踏み入れた。
そこではちょうど軽音部のライブがラスト一曲となった所らしく、ステージ前に人が密集して、そして後方にはまばらに人が集まっていた。
私たちはちょうど真ん中あたりに腰を下ろした。
そしてバンド演奏が終わり、しばらくしてステージ横の特設台に一人の女子生徒が出てきた。
「えー、続きまして文化際ラストとなります、3年9組による時代劇です。これまで様々な行事で我々を驚かせてきた三年理数科。その集大成ともいえる劇となります。皆様盛大な拍手で迎えましょう」
そう言い、女子生徒は舞台袖へとはけていった。
拍手が鳴り響く中緞帳が上がり、そして劇の幕が開かれた。
内容自体は皆が知っている時代劇を模したものとなっているが、ところどころ創作が加えられていた。
ただ原作に忠実というよりも要所要所で笑いを取りに来ていて、観客も斜に構えることなく自然な笑いをあげている。
私はこの劇を評価できるほど演劇について詳しくはないけど、演じている人皆一生懸命な感じがあってこれぞまさに文化祭って感じの盛り上がり方がうらやましく思う。受験勉強の合間を縫ってこれだけのクオリティが出せるのはやっぱり理数科だからなんだろうな。
劇も終盤に差し掛かり、主要メンバーの迫力ある演技で劇が進んで行く。
その中でもやはり彼、松下君は主人公ともいえるポジションで役を演じており、彼の一挙一動に観客が湧く。
改めて見ても松下君はこの学校における主人公のような人で、かくいう私もその姿に魅せられていた。
ふと横を見てみた。
那由の横顔が目に映る。
周囲と一緒で劇に目を奪われていたが、周囲とは異なりその瞳には劇による興奮ではなく、どこか優し気で慈しみがあらわれている、そんな気がした。
そしてこの前よりも明確な不安が私を襲った。
このままだと那由と離れ離れになってしまう。
そんな不安が。
私はその感情に耐えられなくなり、その場から離れることにした。
席をたとうとすると那由がこちらを向いて小首をかしげる。
「お手洗いに行ってくる」
作り笑いでにこりと笑い、私はそそくさとその場から離れた。
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