第15話
「永見さん、今日はここで食べるんだね。一緒に食べてもいいかな?」
私が一人で弁当を広げているところに同じ美術部でクラスメイトの女子生徒がやってきた。
「えっと、いいけど」
「よかった」
そう言って胸をなでおろす同級生の姿がとても不思議でならない。
私は基本的にクラスでは喋らないから当然友人と呼べる人はいない。それなのになぜかいつも私に対してこのクラスは優しくある。
同級生が隣に座りにこやかな表情で弁当を開ける。
その中は彩り豊かで私の日の丸弁当プラスアルファと比べると陽と陰の差を感じてしまう。
私の視線に気づいたのか同級生がこちらを向き「少し分けてあげようか?」と聞いてきた。
「別にいらない」
正直に答えたのだが、やはりまずかったのだろう。同級生は困り顔になる。すでに自分の弁当だけでお腹は十分に膨れているのだからわざわざ他人の弁当をもらう必要はないのだが、彼女にとってはそうではないらしい。
仕方なしに「少しだけなら」といったら、パーっと花が咲いたように笑い、嬉しそうに弁当の蓋にいくつものおかずを載せていく。
「ちょっと、少しだけでいいって」
「んー、残念」
何が残念なのかは知らないが同級生は載せすぎたぶんを自分の弁当に戻して皿の代わりの蓋を渡して来た。
「ありがと」
同級生は私の言葉に満足したようで口角が上がっている。しかし、何かを思い出したようでその表情は一転して真面目なものとなる。
「そういえば、永見さんって文化祭で展示する作品はまだ決めてないんだっけ?」
「ああ、まあそうだね」
この学校の美術部は、最後の作品お披露目の舞台として最後の文化祭が選ばれている。一応時期が時期なので、展示は任意となっているが、3年に上がった段階で部に残っている人たちは慣習として文化祭に作品を展示するようになっている。
そういうわけで私も一応まだ美術部に在籍している身なので何かしら作品を展示しなければならないのだが、入学式以来しっくりくる絵を描くことができていないから未だに展示作品を決めていなかった。
「まあ、任意だから無理にとは言わないし、永見さんの実績的に過去作を展示してもいい気がするけどねー」
私がどの作品を展示するか決めあぐねると部員は決まってこういった話をするのだが、この部の伝統を個人的なスランプで無視してしまうのはさすがの私でも気が引ける。だから最悪の場合、この5カ月で描いた作品の中から適当に一つ選ぼうと思っている。
「あっ、そういえば永見さんが四月に描いてた絵ってまだどこにも発表してないよね?」
「四月に?」
「そう、あの美術室の風景画」
「ああ、あれか。でもあれって色塗ってないし、そもそも中途半端だし」
「いやいやあれは作品として十分な完成度だって!もちろん永見さんが納得してないっていうならそうなのかもしれないけど、私たちはあの作品好きだからね!」
「え、そう?」
直球で好きと言われると思いのほか照れるものなんだ。というか5カ月越しの評価とはなかなか実感がわかないのだが、まあそれは置いておくとして。
あれか……。
なんとなく描いてみたくなったから描いただけで決して一枚の作品として仕上げるつもりはなかったし、実際あれ以来手を加えてないから同級生の好みとは関係なくあれを作品として提出するのはどうなんだろ。
とはいっても他に代わりになる作品があるわけでもないし最悪描きかけの作品でもいいか。今日明日で描けたら何か描こう。
少し考えに耽って、それでも箸は適度に進めていると昼休み終了のチャイムが鳴ったので、同級生に蓋を返し、もう一度お礼を言っておいた。
それにしても昨日ことについて何かしら聞かれると思ってたんだけど、何も聞かれなかったな。
今朝、いつもなら優香と共に登校する予定だったのを、昨日のこともありわざと時間をずらして一人で登校した。そのおかげで遅刻ギリギリになってしまったが。
それからこの時間まで那由たちのクラスにはいってないし、何なら三人の顔も見ていない。
昨日の今日だし那由は学校休むかなと思ってたけどいつも通りの感じで登校して来たらしい。うちのクラスの人が話しているのを側耳立てて聞いた情報だ。そのせいなのか、那由たちのクラスは異様な雰囲気だったらしい。周囲は相変わらず陰口をしていたりするのだが、その対象がいつも通りとあっては拍子抜けといったところなんだろう。
私は那由に対してどう対面したらよいのかわからず、あと同性愛云々の話も触れて良いのかとかもわからないから、あっちのクラスに行けなかった。
このままずるずるみんなと離れるつもりはないのだが、今日のようにこの気分のまま那由たちに会うのは嫌で自分のクラスに引きこもっていたらずっと会えないだろう。
今回の騒動について昨日からずっと考えているけれど、正直何が正しくて何が悪くて、そもそも何が今回の騒動の中心なのかもいまいちつかめないでいた。昨日の放課後に判明した本庄のやったことについては未だに許せない。けどそれは発端でしかなくって、むしろ那由が恋春と付き合っている、つまりは同性愛者であること、それから全貌は知らないけれど那由の過去についてがたぶんいろんな人の話の中心となっている気がする。
那由の過去についてはなんとなくしか知らないから何とも言えないけど、同性愛者であることを非難しているのはなんでなの?ネットでは普通に同性愛者がオープンに活動していることもあるし、テレビとかでもそれなりに取り上げられているんだよ。同性愛が普通とは言わないけどそれなりに浸透してる気がするんだけどそうじゃないのかな。
それなのに同性愛を叩いてる人の話を盗み聞いたら、とりあえず同性愛という構造に気持ち悪さを覚えるのだとか、普通でないことに対する異常なまでの拒絶であったりが理由っぽい。
やっぱり普通でないことはダメなことなんだろうな。
彼らの言葉は私にまでダメージが及ぶものだった。普通でない人は普通を演じることでしか不幸を避けることはできないのだろうか。
このクラスでは、文化祭での出し物を小さい子向けの遊び場を作ることにした。受験に支障をきたさないレベルのことをしたい、だけどある程度は文化祭らしく楽しめることをしたいというクラスの要望を叶えるべく決めたものだ。
準備期間には輪投げや射的といったゲームと賞品を紙や粘土など簡単にそろえられるものだけで作るといったことをするようになっており、モデルはすでに得意な人が造ったものがあり、私含め多くの人はそれをまねて複製するだけの作業だったので私としては楽な作業でまあまあ良かったと思っている。
クラスの雰囲気は明るく、適度に気の抜けた感じで日ごろの受験勉強の息抜きとしてちょうどいいのかなと思う。
作業していると、太ももに振動が響く。スマホを取り出して確認してみると一件の通知が来ていた。
『赤崎洋介:昨日のやつ大丈夫だった?』
赤崎洋介からだった。私は『大丈夫じゃない』とだけ書いて返信した。
ついでにネット記事の確認でもしようかと思ったらすぐに返事が来た。
『そっか
悩んでるなら話聞くけど』
私は素直に今悩んでいることを聞いてみた。
『同性愛って悪い事?
私は那由とどう接すればいい?』
すぐに既読がついたのでそのまま画面を開いて少し作業をしていた。
『一つ目、一切の感情無しで答えるなら善くも悪くもないってのが答え
二つ目、状況がわからんから何とも
というかそんな難しい話なら会って話したほうがいいと思うが
文面上だときりがない』
そこで来た返信がこれだったのだが、答えがやたら頭のよさそうなもので一切解決の糸口につながらないものだった。というか、会って話せるほど暇なのだろうか。
『でも文化祭の準備が』
『こっちは当分暇してられるから今なら大丈夫だけど』
『理数科なのに?
劇やるんじゃなかったっけ?』
理数科は基本頭のいい人が集まるクラスだけど、こういった行事にも積極的に参加しようとするいい意味でバカなクラスだ。この時期に準備に時間のかかる劇をやろうとするのはどう考えてもバカだと思う。人によっては最高学府を狙っているような人もいるはずなのに大丈夫なのだろうか。
『俺は裏方で舞台づくりだから、もうやることがほとんどないんだよ』
『陰キャ』
『表では陽キャやってるんで』
私はこの答えに思わず笑いそうになった。この文面には彼の生き方が表されていたからだ。
この感じだと本当に今は暇なのだろう。私もあと2日で余裕をもって完成できるほどの作業量だから抜け出しても文句は言われないだろし、そもそも塾を理由に準備に参加していない人もいるくらいだ。私が抜けたところで今さら文句を言うような空気ではない。
『ならこっちも適当に抜け出すから今からよろしく』
『りょーかい
なら9組に来てくれ。今は誰もいないから』
9組とは理数科のクラスのことだ。
『分かった』
私は返信してから側にいた子に少し抜けることを伝え、教室を出た。
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