第13話

啓太とは小さいころからいつも一緒だった。家が近く、同い年の子供を持ったということで親同士が仲良くなったことで家族ぐるみでの付き合いも多く、私たちは特別な出会いなく一緒にいることが当たり前の環境で共に育った。

幼いころは啓太はひ弱で人見知りの激しい内気な少年だった。それと対照的に私は利発的でおてんば娘だったからどこに行くにも啓太を連れまわしていた。そんなわけだから啓太は私に対してだけは気兼ねなく話せるようになっていた。

そんな私たちは小学校に上がっても変わらず親友でいられた。ただ、一つ、いや二つかな。変わっていったことがあった。一つは啓太が少年サッカーのチームに入ったことで以前より男らしくなったことだ。心はまだまだ小心者のそれだったが、見た目はひ弱さが抜け私の周りにいた女の子たちをきゃーきゃー言わせるようになっていた。その時私は純粋にうれしく思った。ちょっと親目線が入っていたかもしれないけれど、単純に親友がモテるようになったんだもん、そりゃうれしいよ。ただ同時に私にも啓太と似たようなことが起こった。それがもう一方の変わったことだった。当時は自分の女としての容姿や恋愛というものに対して無頓着だった。それこそ小学校2年生の時初めて告白された時なんかは最初それが私に対して言っている言葉だとは思わなかったくらいだ。でも時間が経つにつれて男女間の恋愛話が日常の中で頻繁に出てくるようになり、ようやくわたしの容姿が周囲よりも少し優れているという事実を知った。そして普通の女の子なら啓太のようなかっこいい男の子に対して恋をするようになるということも知った。

正直ものすごく困惑していた。私は啓太に限らずどの男の子に対してもときめいたことはなかったのだ。普段から男の子と仲良くしていたけどそれは単に楽しかったからでありそれ以上の理由はなかった。むしろ女の子といるほうがみんなの言う恋愛感情に近い気持ちになったことがあった。だから女の子といるときはスキンシップが激しくなっていた。嫌がることはしなかったけどその分ぎりぎりを見極めるようになるほどにはいちゃついていたと思う。ただ当時はそれが恋愛感情に結び付くものだとは知らなかったし、周囲も私のことを少し変な可愛い子程度に見ていたと思う。だって周囲からすれば私には啓太がいるのだから。

中学に上がりいよいよ私と啓太は美男美女のカップルかのような扱いをされだした。私としては啓太といるのは当たり前のことであり、啓太もそう思っていると思っていた。だから変に気にすることなく適当にあしらっていた。

そうこうしているうちに私はようやく同性愛という単語を知ることになる。それを知ったのはたまたま見ていたニュースが原因だった。そのニュースでは差別問題を含めた同性愛の諸問題を取り扱っていて、賛否両論が飛び交っていた。ただ両方の観点から出る発言に共通して言えるのが現状日本では受け入れられていないという実状が根底にあったから、私の目には同性愛者でないに越したことはない、そんな考え方が共通認識としてあるように見て取れた。

それから私はことあるごとにその言葉を思い起こすことになる。なぜかって?それは私が同性愛者だったからだ。これまでは感じていなかった恋愛感情が一気に私の心を支配するようになった。普段手をつないでいた女の子と手をつなげ無くなったり、相手が恥ずかしくなるまで顔を近づけていたのが私が恥ずかしいと感じるようになったり、はたから見ればずいぶん初々しいものだっただろう。同性愛者だから同性に対して誰に対しても恋心を抱くわけではないが、私の場合単にかわいい女の子だったらそれは恐らく男の子がかわいい女の子に迫られて動揺してしまうのと同じ感覚になったんだと思う。

だけど、その感情を周囲に伝えることはなかった。私にはそれまで築き上げた信頼があるし、何より”同性愛者は受け入れられないもの”なんだから。周囲は突然変わった私の行動に不信に思うも、都合よく啓太との恋愛が上手くいってるのだろうと見当違いの答えに行きついてくれたから助かった。

それから月日が流れ、修学旅行の日になった。私はこの日がそれまで築き上げたものが一瞬にして崩れる日だということを知らなかった。たとえ知っていてもどうしようもなかったかもしれないが。

修学旅行前からやけに周囲が騒がしいなとは思っていた。だけど私は唯一無二のイベントを前にして浮かれてしまっていたから、そのことに気を留めていられなかった。

修学旅行最後の夜。私は啓太に呼び出された。旅館の人目のないところで二人っきり。そこで私は啓太に告白された。この状況に啓太が一人で持って行けるとは思えなかった。おそらく、というかここにきてあのざわつきの正体が分かった。周囲のおぜん立てが、完璧なまでの用意がなされてのこれなのだろう。

啓太が本気で私のことを好いていたことも驚きだった。私にとっては唯一無二の親友であるが、そこで終わってた。でも啓太は違った。私とは違い”普通”の人で、私のことを一人の女として見ていた。私がその可能性から目を背けていただけで少し考えればわかったことなのかもしれない。うぬぼれかもしれないが。

むしろこれまで啓太がどうして告白してこなかったのかのほうがある意味おかしかったのだ。なんで何も言ってこなかったんだろ。

私が同性愛者だってことに気付いていた?だったら今告白する意味が分からない。

単に勇気が出なかっただけ?それなら周囲からのおぜん立ても理解できる。今となっては啓太はみんなの中心に居て私なんかいなくても誰とでも話せるようにはなったけど、根っこの部分は昔のままなんだな。

今となっては普段見せなくなった素の啓太を垣間見ることができてうれしくなる。ただ、それでもこの感情は恋愛感情ではなく親愛とも呼べる感情である。

私はこの告白に対して受けてもいいんじゃないかと思っていた。もちろん啓太のことを男として好きになれるかと言われれば嘘になるが、人として好きだし、何より安心できる相手だからこそ今後下手な男と付き合い、結婚するくらいならここで啓太と付き合うことは悪くはないとさえ思える。

まして私が同性愛者であることを周囲に伝えるつもりがない現状、私が自分の心をだまし続けていれさえすれば何も問題がないんだから。

私の中で告白を受けることがほぼ決まりかけていた。その時だった。私の中の別の私とでも表現したくなる声が聞こえてきた。

『本当のあなたではない虚像と付き合った啓太は本当に幸せだと思う?』

その瞬間吐き気がした。誰に知られることもなくただこれまで通り利発的な女の子を演じていれば私は不幸にならないし、誰も不幸にさせずに済むと信じていた。

でも、それは違ったんだ。その事実をこの瞬間に気付かされた私は自分を憎んだ。

どうしてこんなこともわからなかったのかと。

表面的にはきっとこれまで通りの関係が続くだろう。いや、男女の仲としてはもっと良くなっていくかもしれない。

でも、それは本当に幸せ事なのだろうか。

私の中で生き続けるもやもやとした感情。

幻想を相手にし続ける啓太。

このどこか幸せなの?

私はやっぱりこのまま啓太の告白を受けちゃダメなんだ。

それなら啓太に本当のことを伝えてそのうえでもう一度考えてもらう?

啓太だけが相手ならおそらくそれがよかった。でも今はそうではない。その背後にはどれだけの多くの人がいるのだろうか。おそらく啓太の親友である怜はいるだろう。

私が事実上振ったような形になり、そうなったら十中八九周囲の人間は理由を聞いてくる。それも啓太に。

普段であれば啓太は人との秘密を他者にもらしたりはしない。

でも、今回ばかりは完全に啓太を信用することはできなかった。

私にとって同性愛というのが普段通りでいられないだけの事実だったように、啓太にとっても私が同性愛者であるという事実がこれまでの経験からでは理解できないものだったら、周囲に何も考えられず伝えてしまう可能性を否定できない。

さらに言えば、もし仮に啓太が黙っていてくれたとしてもそれは啓太に負担をかけることになる。恋愛にうるさい中学生のことだ。何が何でも理由を知りたがるだろう。だからこそ啓太が黙ってても無神経に理由を聞いてくる奴は現れるだろう。

その矛先が私に来てもらっても困るが、結局のところ私がカミングアウトした時点でよい結果になる未来が一切見えてこない。

そもそも啓太が本当の私を知ったときに受け入れてくれない可能性だってある。そうであってほしくはないが、それが現実になったことを想像してしまうだけで恐くなる。

それなら、いっそのこと理由を一切言わずただ私よりもいい人がいるという事実だけを伝えて振ってしまったほうがいいんじゃないか。

実際啓太なら女の子なんて選びたい放題なんだし。私がふったことでもし啓太が傷ついたとしても誰か包容力のある子が啓太を慰めてくれる。そして私はそれを見ても一切の嫉妬感情が芽生えない。

最終的な結果として誰も完全な不幸に陥ることのない最適解。

なら、その選択肢を選んだ私はたとえ周囲に非難されても私自身が後悔しない答えなんだから、いいじゃん。


そして、私は啓太の告白を断った。ただ自分よりもいい人がいるということだけを伝えて。


それから私の中学人生は鳴りを潜めた。中には私の側にいてくれる人もいたけど、やっぱり私から離れていく人のほうが圧倒的に多かった。でも誰も私を非難はしなかった。ただどう扱っていいのかわからなかったのだろう。もしくは啓太が何かしてくれたのだろうか。

あれ以来啓太とは一切話していない。私が避けているからだ。そしてそれを察して啓太も私に話しかけようとして来なくなった。

以前のように気兼ねなく話せていたのができなくなったのはつらいが、それは最悪の結果を避けた最適解の中にあるほんの些細な不幸だ。私が我慢すればいいだけの話。


そして自分の本心を誰にも伝えないようになった。表面的な明るさはこれまでの純粋なものとは異なり、心の奥底にあるものを隠すためのカモフラージュに過ぎなかった。

恋春との出会いはそんな中で起こったものだった。何かが他の人と決定的に違った気がした。それを言葉にして表すのは難しいけれど、その思いは日に日に増していった。恋春と触れ合っていくうちに私は確実に恋春のことが好きになっていた。でもそれと同時に膨れ上がる恐怖が私を襲う。

たった一年、されどその時間は私の中でいろんな感情が入り混じったせいでものすごく長く感じた。

変われたわけではなかった。過去を断ち切ったわけではなかった。

ただ恋春への想いが抑えきれなくなっただけだった。

これで断られたらきっと立ち直れなくなるかもしれない、そんなふうにも思った。

高校二年の終わりの日、私は恋春に告白して付き合うことになった。

恋春と付き合うことでもしかしたら何か変われるかもしれないとあの時は思っていた。

でもそれは違った。やっぱり恋春にも本当のことを言えなかったし、この期に及んで逃げてしまった。

今の、ほんのわずかな一時でしかない恋春との関係が本当の私を恋春が知ることで壊れてしまうのが怖い。

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