第10話

それから時は流れ、夏休み最終日となった。

受験生にとっての夏休みはただひたすら勉強に明け暮れる日々であり、どれだけ集中力を保てるかの勝負だ。人によっては塾通いの人もいるだろうし、ひたすら家に引きこもっている人もいるだろう。冷房の効いた部屋で快適に勉強しているものもいれば、窓を開けほんのわずかな風にさえ涼しさを覚えながら湿った紙と向き合う人もいるだろう。

そんな中、恋春は家で勉強し、ほか三人は塾に通いながらそれぞれのペースで勉強に励んでいた。夏休み中は一度お祭りに一緒に行ったきり会っておらず、とはいえ、それぞれ通話アプリで時折談話しつつ、勉強に対する苦しさを紛らわせていた。

夏休み最終日の今日。明日から学校が始まり、そして学校生活最後の行事となる文化祭に向けての準備に突入する。そんな日に、恋春は那由の家で勉強していた。もともとどこかのタイミングで二人で勉強する予定だったのだが、お互いの都合で結局最終日までもつれ込むこととなった。また、こうして最終日にすることで、学校が始まる明日からも頑張ろうと思えるといういささか不確かな理由もあったりする。

「んぁー、疲れたー」

歩きつつ伸びしながら那由は独り言つ。

横では微笑みながら那由を見やる恋春の姿もある。

「今日は勉強はかどったもんね。入学式の日とは別人みたいに」

「うっ、その節はお世話になりました」

「あはは。でも那由はよく勉強してると思うよ。冗談抜きで」

「そう?なんか勉強すればするほど、自分が全然勉強してこなかったんだなって思い知らされるんだけど」

「そりゃそうだよ。知らないことを知らなかったんだから」

「辛らつだなー。でも、確かにそうなんだよね。塾の先生によく言われることなんだけど、もう大丈夫って思った時はたいてい、気づいていないだけで見落としてることがあるから、勉強の時も実際のテストの時も最後まで油断しないようにって」

ゆっくりとした歩みで夕暮れの中を進む二人。恋春は自転車を押しながら歩いており、そのかごの中にはスクールバッグが入っていた。傾き始めた夕日が二人の横から差し込み、影を作る。

人通りの少ない道沿いを歩く二人だったが、公園が視界に入った時那由が立ち止まり、

「ねえ、少し公園で話さない?」

と、提案した。

公園はすでに静けさに包まれており、時折老夫婦や仕事帰りと思われるスーツ姿の人が姿を見せるだけであった。恋春の自転車を傍に留め、ベンチに腰を下ろす二人。二人とも正面を見ているが、その距離は近く、手が重なり合っていた。

「ふふっ、恋春の手冷たいね」

「那由の手があったかいだけだよ。というか、恥ずかしいんだけど」

「誰も見てないから大丈夫だよ。何ならもっと近づきたいくらいだし」

そういって那由は恋春と肩が触れ合う距離まで移動する。

「もう」

頬を膨らまし、そっぽを向く恋春だが、長い髪からわずかにのぞかせる耳には恋春の感情が正しく表れていた。

しばしの間、二人は口を閉じ物思いにふけっていた。

「ねえ、キスしよ」

一瞬その意味を理解できず、もう一度聞きなおそうとした恋春だが、口を開く前に正しく意味を理解でき、それと同時に再び赤面する。

「そっ、それはさすがに」

尻すぼみに答える恋春だったが、恋春のほうを向いた那由の表情はどこか真剣なものだったので、恋春はどうしたらよいものかと悩む。

しかし、その後すぐ那由の表情はやわらぎ、

「ねえ、誰も見てないしいいでしょ?」

そう、潤んだ瞳で甘えた声を出してきた。

普段であれば、恋春はこの要求を突っぱねるだろうが、先の那由の表情が引っかかっているのに加え、ここ最近の那由の頑張りに何かしらの形でご褒美を与えたいと思っていたことが重なり、しぶしぶ受け入れることにした。もちろん、恋春とて那由とキスすることはうれしさと恥ずかしさが入り混じる行為であることは前提としてある。

「うぅ、わかったよ。でも、明日からも勉強を頑張るって約束してね」

「やったー!うん約束する」

満面の笑みを咲かせる那由を見るとその選択肢をとってよかったと思えるあたり、私は本気で那由の事が好きなのだろう、そう思った恋春であった。

恋春は自分からキスをするのが恥ずかしく、そっと目を閉じる。その姿を見た那由の体温は急激に上がり、いつまでも見入っていたい、そんな思いに駆られた。

それでも、吸い寄せられるように唇を近づける。

西日が二人のシルエットを作り出す。

どれほど立っただろうか、どちらからともなく自然と唇を話し、互いの目を合わせ、逸らせる。

気まずさや恥ずかしさ、そしてうれしさが入り混じりしばらくの間二人の間は静寂に包まれた。




そんな二人から少し離れた場所に、もう一つの影があった。

少年は今見た光景に戸惑いながらもその手にあるスマホでしっかりとその光景を映像として撮っていた。

そして、その場から少し離れ所まで逃げて再びスマホを取り出す。

少年が操作したスマホの画面には、

『これって、どういうこと?』

という一文と共に先ほどの光景が映し出された画像があるグループチャットに書かれてあった。

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