第7話
四月も終わり、ゴールデンウィークを明日に控えた今日この頃、すでに五月病を患っているものもいる中、那由は別の事で気を落としていた。
「なんでゴールデンウィーク中ずっと練習なのー」
1か月後に最後の試合を控えている女子バスケ部は、当然のことながらゴールデンウィークも部活の練習がある。むしろ集中的に練習できる絶好の機会であり、部活に精を出している身であれば喜ぶべきところなのだろう。那由としては、そこに異を唱えるつもりはないのだが、連休ということは一般的にたくさん遊べる期間であり、那由の恋人である恋春と長く一緒に居られるはずなのである。それなのに部活のせいで、といった理由で那由は先ほどから愚痴をこぼしていたのだ。
いつものメンバーで昼ご飯を食べているところで、三人はそんな那由の姿にあきれていた。
「那由ー。もう一か月しかないんだからちゃんとしてよ」
「うー、わかってるんだよ?優香。でもね、わかってるからといって本心を欺くことはできなんだよ」
「ふーん。で、その本心ってのは?」
「恋春と遊びたい!」
立ち上がりざまにそう声を上げた那由に、三方向から盛大なため息がこぼれる。
「うーん、那由」
「ん?何、恋春?」
「受験生だよね?」
「……」
「なぜこっちを向く」
恋春が小首をかしげて素面で質問したところ、那由はそっと視線をずらした。その先には一人スマホをいじりながら黙々とお昼を食べていた真依の姿があった。
「はぁ、那由は、どのみち勉強すべきだね。というか、ゴールデンウィーク明けてから第一回考査までそこまで時間ないことに気づいている?」
「うぅ。恋春ー、私のライフはもうゼロよー」
「ライフがゼロってそれ死んでない?」
数瞬の沈黙が流れる。
「え?」
恋春としてはただ順当な突っ込みを入れただけのつもりであったが、それを聞いた周囲の反応は明らかにそうではないことをうかがわせるものだった。
那由は真依に視線で「あれ?このネタ通じないことある?」と問いかけ、真依は「まあ、実際通じてないみたいだからあるんじゃない?」と返す。
「ちょっと、そこ二人視線で会話しないで!で、それどういう意味なの?」
「いやー、ネタを解説しだしたらネタとして通じないでしょ。まあ意味そのものはこれ以上責めないで的なニュアンスだけど」
「あー、それ解るわ優香。ネットで共通認識と思ってつぶやいたネタにマジレスでどういう意味ですかって来たら割と萎えるのよね。あくまでネタが通じる身内でやってることであって、わからない人たちにあえて説明するほど面白い事でもないし」
「な、萎えるんだ」
恋春が真依の発言に落ち込む。
「あ、いや、別に恋春がってんじゃなくて。一般論でっていう話で。というか今の場合悪いのは通じないネタをした那由だから!」
「そうだよね。普通通じるネタが通じない私が悪いんだよね」
真依の意図としては、決して恋春に対して文句を言うつもりはなくただ体験談としてこういうことがあったよという話だったのだが、話の流れを考えればさすがにそれでは通じないだろう。
「でも、今どきネットスラングっていうか、オタク界隈発の鉄板ネタ通じないのも珍しいよね。使う使わないは別としても」
「いや、だってガラケー、ネット禁止、まともに友達いたことない、漫画禁止、テレビはNえい……」
「ストーップ!わかった、わかったから。自分で言っといてなんだけど、なんかごめん」
恋春が遠い目をしながら呪文のように自らに課せられた規制を淡々という姿はとても見ていられないものだった。うち一つは少し毛色の違うものだったが。
「恋春!私は友達だよ!」
すかさず那由がその点を突いた。恋春の手を握り、輝かんばかりの笑顔を向ける。
「え?あ、うんありがと」
「ぶー、ここはもうちょっと感動的に盛り上がってハグの一つでも起こるところだよ?」
「え、いや、ハグ?」
「それは那由がやりたいだけでしょ」
「チッ」
那由の要求に恋春が戸惑っていたが、真依が冷静に突っ込む。
「あっ、そう、なんだ」
ホッとするのと同時に若干の惜しさを覚える恋春。とはいえ、那由が友達だよと言ってくれたことは少なからず恋春の心を救った部分はあるため、改めて感謝したいと思い、口を開く。
しかし、恋春が那由に対して感謝を伝えようと思ったその時。
「よおーっす、那由!」
昼休みの騒がしい教室によく通る声が響いた。呼ばれた那由がその声の出所を向くと、そこには花蓮と2人ほどのバスケ部員がいた。
「あっ、花蓮やっほー!どうかしたの?」
「ん、さっき岡部から部長にこれ届けとけって言われたから届けに来た」
そう言って花蓮が手に持っていた一枚の紙をひらひらとその存在を強調するように揺らす。用があるのは花蓮だけであり他の2人は少し離れたところでひそひそと話していた。
「今日の練習メニューかな。ありがと花蓮」
優香は花蓮から紙を受け取る。
「んで、何話してたのー?混ぜてよ」
花蓮は優香に紙が渡ると那由の肩に手を回しながら那由の座っている席に座ろうとする。那由は半分ほどズレ、花蓮の座る場所を確保する。
「今はね、ゴールデンウィークに毎日練習が入ってるのがおかしいって話をしてた」
「あね、確かにそれはわかる。練習したさもあるけど高校生活最後のゴールデンウィークだしねー」
「そう!そうなんだよ。なのにみんなわかってくれなくて」
花蓮の容姿は女性にしては筋肉質で顔立ちも某歌劇団の男優を思わせるものがあり、わずかに那由よりも高い身長が、那由と花蓮の二人が美男美女の仲睦まじいカップルのように見せてしまう。
恋春はその姿に唇をすぼめるがそもそも身内以外と会話できるほど対人能力が高いわけでもないので、うつむき加減で周囲の話に耳を傾けるだけだった。
「あはは。那由はこの中じゃ完全にそういう役回りだし、仕方ないんじゃない?
あっ、そうだゴールデンウィークのどっかで部活終わりにみんなで遊ぼうよ!」
「おっ、いいねそれ!」
「でしょでしょ!何して遊ぼうか。優香は何かしたいことある?」
「うーん、どれだけ時間があるかによるけど単純にカラオケとかよりはバーベキューじゃないけどなんか普段できない事のほうがいいかな」
「だね。つっても何があるかなー。プールとかはさすがにまだ空いてないだろうし、かといって遠出できる人数ってわけじゃないからなー」
「こういう時もっと都会に住んでたらって思うよねー」
「それな。山口まじで何もないから遊ぼうにも外出ることのほうが圧倒的に多いしな。車とかで移動すればまだいいんだろうけど私たちには、ねー」
「まあ、どうせ翌日も部活あるし結局遠出はできないでしょ」
「はぁ、優香は夢がないなー。こういうのは何がやりたいかであって、何ができるかじゃないんだよ。できるかどうかは後の話しな」
花蓮の言に優香は声がつまる。この二人にとってこういった流れは比較的日常茶飯事であり、かといって互いに同行しようとする気がないためいつもその割を周囲が食らうのであった。
しかしこの場においては少し変わった光景が生まれた。
「山口に夢なんて転がってないけどな」
「ぶはっ。真依ちゃんナイス突っ込み!」
真依がそれまでの流れを踏襲した内容をポツリと言っただけではあったが、花蓮はお腹を抱えて笑いだす。
「いやー、真依ちゃん好きだわー。私が少し強く言うと周りみんなだまるから真依ちゃんみたいな子好きなんだよねー」
「はぁ」
「黙っちゃうのは花蓮が強く言うからでしょ」
「そんな私と仲良くできちゃう那由は私の事好きなのかな?」
花蓮が那由の顎先から頬に手を沿わせる。
「うえっ、ちょっ、花蓮!?」
「んー、おどおどする那由も新鮮で可愛いなー。このまま食べちゃいたくなる。ふふっ」
花蓮は舌なめずり卑しい目で那由を見つめる。
「えっ、花蓮?」
冗談とわかっていてもその光景を目の前にしては戸惑ってしまう那由だが、その頬はわずかに紅潮している。
その光景に真依はちらちらと視線を二人に向け、優香は花蓮の冗談になれているようで呆れた目を向ける。
花蓮とともに来ていた二人は「きゃー」と囃子立てる。
花蓮の顔が那由の顔に近づいていく。
そして触れそうなほど近づいたとき、
「ダメ―!」
唐突に教室中に叫び声が響き渡る。
机に手を突き立ち上がっている恋春に視線が集まる。
「あっ」
しかし、恋春はそれが本人の意図する行動ではなかったようで自身の行動に対する驚きと、それから後悔の念が表情に浮かび上がる。
周囲はひそひそとざわめき立つ。
中には何が起こったのか分からない様の生徒もいるが、多くは恋春に非難の目を向けていた。
「あーあ。白けるわー」
「あれ急に叫びだすから心臓に悪いんだよね。そのくせどうでもいい事ばっかだし」
「今の明らかに遊びだったことくらい分かれよ」
こういった内容のささやきが確実に恋春の耳に届くようにして教室中を飛び交う。
教室が剣呑とした雰囲気に包まれる。
「ぷはっ」
その中でもよく通る声がささやきをかき消す。
「冗談だよ冗談。一色さん冗談通じないなー」
その声の主はやはり花蓮であり、責めるような口調というよりかは呆れてるような雰囲気を感じる声だった。
「さっ、そろそろ昼休みも終わるし、帰ろっかな。行くよー」
そう言って一緒に来た二人とともに花蓮は教室を出ていく。
恋春は崩れ落ちるように椅子に腰を下ろし、下を向いたまま動かない。
「大丈夫?気にしなくてもいいんだからね」
那由が恋春の肩に手を添えて優しく語り掛けるも、
「うん」
と恋春は気の抜けた返事を返すだけだった。
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