第3話夢魔の連鎖

声の方を見上げると、そこには背の高い女がいた。

かなりの上背がある。

180センチはあるだろうか。

黒く、小さいカンカン帽をちょこんと豊かな黒髪の上にのせている。

細い糸のような瞳に、小さな鼻。

薄い唇は血のように赤い。

絵の具の白色がごとき、どこか人工的な肌の白さ。

決して美人ではないが、いいようのない魅力的な風貌であった。

黒いコートに白いシャツ。黒色のタイトスカート。カボチャのようにふっくらとした大きな尻。シャツのボタンがはち切れんばかりの豊かな胸。

右手には植物のかぶの形をしたランプもっていた。


「あ、あなたは……」

悶えながら、タクヤはきいた。

「アタシかい。アタシは夢食みジャック。夢食みジャック・オー・ランタンさ」

酒やけした声で女がいい、夜の闇色をしたブーツで化け猫の顔を蹴りあげた。

巨大な黒猫は簡単に跳ね上がり、彼が入ってきた扉まで吹き飛んだ。

ガラスと木片が周囲にまいちる。

すぐさま夢食みジャックは黒猫の首根っこをつかむと扉の外においやった。

ボロボロになった扉を閉める。

ツカツカと足音をたて、彼女は女となったタクヤの細い体をだきしめた。

いいようのない安堵感に彼は包まれた。

「なかなか面白い趣向じゃないか。どれ、おまえ元に戻りたいかい」

夢食みジャックはきいた。

こんな体は嫌だ。

ごめんこうむりたい。

「おまえの記憶ごとくっちまうがいいのかい」

かすれた声で夢食みジャックはきく。

こくりとタクヤは小さく頷いた。

にやぁと薄い唇の口角をあげ、夢食みジャックは笑みをうかべた。

おもむろにその唇をタクヤの胸にあてた。

「ちょっとくずぐったいけど、我慢しな」

そういうと夢食みジャックの舌が胸の中に侵入していった。


あうっ、はぁはぁはぁ。


情けない声をあげる。痛みとも快楽とも違いがわからない、そんな感覚だった。舌がちろちろと胸の中をまさぐっている。心臓ちかくの血管や肉を直接なめられている。

たまらず、タクヤは夢食みジャックの頭をつかみ自分の胸に押し当てた。

「いたいた」

どういうふうにして喋っているのかわからないが、夢食みジャックは言った。

ぬるりぬるりと舌を引き抜く。

すぽんと軽い音をたて、舌が抜かれた。

その瞬間、タクヤの体は男の姿に戻っていた。

夢食みジャックの舌の上には赤と黒の水玉模様のてんとう虫がいた。

そのてんとう虫を口にいれ、バリバリとたべてしまった。

「まずは、前菜といったところか」

コートの袖口で口をぬぐい、夢食みジャックは言った。

「大きな夢魔は小さな夢魔を食らい使役する。そして、アタシら夢食みはその大きな夢魔を食らう。おまえたちの世界でいう食物連鎖ってやつだ」

ぺっと歯につまったてんとう虫の足をはきだし、夢食みジャックは言った。

「さて、メインデッシュの登場だ」

したたる涎を手の甲で大女はぬぐった。


教室の扉を凶悪な爪で完全に破壊し、黒猫は戻ってきた。

ガルゥゥゥと低い唸り声を喉の奥から発している。

深い胸の谷間からスキットルを取り出すと、その中身をぐびりぐびりと口に含んだ。手のランタンを顔の前に持っていき、口の中身をぶっと一気に吹きかけた。

赤黒い炎が一瞬にして広がる。

その炎に手を突っ込み巨大な鎌を取り出した。

西洋絵画の死神が持つような大鎌であった。

「さあ、夢刈り。悪夢をかりとるよ」

ぐるりと大鎌を旋回させる。その切っ先を炎がおいかける。

鋭い鉄の爪を振りかざし、黒猫は襲いかかる。

ガツンと鉄と鉄がぶつかり合う音が教室内に響く。

夢食みジャックと黒い化け猫の力は拮抗している。

「これは食いがいがありそうだ。憎しみと嫉妬と独占欲が混じりあったいい匂いだ。実にうまそうだ」

ぐうっと夢食みジャックの腹がなる。

線だけの瞳が少しだけ開く。

漆黒の瞳が見えた。

黒猫の腹部を蹴りあげると空中にふわりと浮いた。

すかさず大鎌を振り下ろす。

一瞬にして黒猫の両手両足を切断した。

どす黒い血が狂ったシャワーヘッドから吐き出されるように吹き散った。

その血のシャワーをあびながら、冷静にタクヤは化け猫の死に様を見た。


自分に屈辱を与えたものの死に様を。

その情けない死に様を

これで僕は解放される。

そんな気がした。


地面につっぷしている黒猫の頭を夢食みジャックは踏みつけた。

大鎌を肩にかつぎ、黒猫の足を手に持っていた。

それをむしゃりむしゃりと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。

彼女にとってそれはフライドチキンと同じだ。

「こいつは旨い旨い」

きらりと夢刈りを一閃。

ペットボトルのギャップを開ける動作ぐらい簡単な動きにみえた。

黒猫の頭が真上に飛び、夢食みジャックはナイスキャッチする。

リンゴをかじる要領で黒猫の頭をバリバリと口に入れた。

怪しくも美しい食事風景だった。

「レディの食事をあんまりじろじろ見るんじゃないよ」

薄い瞳で無理矢理ウインクし、夢食みジャックは指をパチンとならした。


意識が遠のいていく……


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