四章 ノラスコ・アンドレイ・フェルナンデス
第28話 マジックガーデン
飛び掛ってきた男の腹にケリを入れると、だらしなく開いた口にショックバトンをねじ込む。
バチリ。
眼球がとびださんばかりに目を見開いた男は、そのまま地面へと崩れ落ちた。
こまかく痙攣する男の首を、足でへし折る。これで三人目。
新手がいないことを確認すると、もちものを漁る。だが、出てきたのはキャップが二個のみ。世知辛いな。正直リスクに見合っていない。
これで病院を出て集めたキャップは八個、残された弾丸は二発となった。どこかで補給をしたいところだ。
シュタイナーの情報ではそろそろ次の区画へと辿り着くはず。そこを抜けた先がひとまずの目的地となる。
男の背中で足裏の汚れをぬぐうと、また歩き始めた。
やがて、広間は終わりをつげ暗く細い通路へとつきあたる。区画のつなぎ目だ。
結局、動く死体はたいした脅威にならなかった。
死体漁りのさなか急に動き出し、驚いて頭部に弾丸を打ち込んでしまったことがあった。が、ただそれだけ。弾の浪費以上のものではない。怖いのは集団であって、生きてるか死んでるかなど、ささいな違いでしかないのだから。
扉をひらき、奥へと進んでいく。
シュタイナーによると、この街は一つの区画を中心として放射状に広がっているそうだ。そして、向かう先がその中心部である。
ただ、懸念がひとつあった。
中心の区画とは行政をつかさどる場所。普段から立ち入りが制限されており、この状況下ではより厳重なセキュリティーが施されていると考えられるのだ。
そこで重要になってくるのが、ノラスコの存在だ。
もし、彼が私の予想通り政府の人間であるならば、セキュリティーを通過できる可能性が高い。
いまの私は、網膜、指紋に至るまで彼そのもの。記憶に依存するものでなければ、阻まれることはないだろう。
ゴゴン、ゴゴン、ゴゴン。
妙な音が聞こえた。立ち止まり、耳を澄ませる。
ゴゴン、ゴゴン、ゴゴン。
音は一定の周期で、同じ音を発している。大きさもさして変わらない。どうも機械的な何かが運動を繰り返しているようだ。
武器をかまえ、ゆっくりと前進する。
「マジックガーデンにようこそ!」
突如聞こえてきた声に身を固くする。
誰かいる? ――いや。
耳をすませば、わずかだがアコーディオンが奏でる音色のようなものも聞こえている。
コイツはもしや……
確信にも似た足取りでトンネルもようの通路を抜ける。そして、目にしたのは多数の光。色とりどりの電球が、まるで夜空に浮かぶ星のように、暗く大きな部屋に広がっていた。
「遊園地……」
ゴトゴトと音をたてて回転する古びたメリーゴーランド。囲われたフェンスの中で左右に揺れるバイキング船。遠くに見えるゆっくり動く光の円は観覧車だろうか? それら懐かしくもさみし気な遊具たちが、人も乗せずに、おのれを
「当たりがでたらもう一個! マジックガーデンでは様々な景品を取り揃えております」
再び声が聞こえた。先ほどと同じ声。
目を向けると、男の姿がある。
白塗りの顔に赤い口紅。被ったシルクハットからは、肩までとどく縮毛の緑の髪があふれだす。
そいつが大きな金属の台から上半身だけをのぞかせ、異常に長い手を振りながら、大げさに口を動かし話すのだ。
「ミステリーシアターでは誰もが主人公。夢のようなひとときを提供します」
人ではない。ただのロボットだ。
他の機械どうよう利用者のいなくなった今でも動き続けているのだろう。
「節電してくれよ」
ポツリと呟いた。
電力がなくなれば扉も開かず移動もままならい。それどころか空気の供給が止まれば窒息する。
大きく深呼吸すると、身を低くして歩き出した。
物陰に身を隠しながら慎重に進む。
ここを通り抜けるのは、なかなか骨が折れるだろう。
これまで狂人の発する奇声や物音、それらが私に危険を告げていた。
だが、雑音が増えるにつれ、それらの音がかき消されてしまうからだ。
しかも、障害物の多くは動いている。
人の目は動くものに反応する。これからは目と耳以上に、己の中にある違和感を武器にしていく必要がありそうだ。
そう認識をあらたに歩いていると、前方に何かが見えてきた。
私の背丈ほどの金属製の箱だ。前面がプラスチックで覆われ、中からくすんだ光を放っている。
あれはデュークボックス型の自販機! 以前はキャップと引き換えに弾丸が手に入った。今回も同様ならまたとない補給のチャンス!!
しかし、よろしくない。じつによろしくない。
私の中の違和感が警告をはっしているのだ。自販機の前に転がるものに。
自販機のくすんだ光が照らしだすのは、横転した馬車。
カボチャをモチーフにした車両を馬が引いている。
すぐ前には横転時に投げ出されたのだろうか、ドレスをまとったブロンドヘアーの女がうつ伏せに寝ている。
シンデレラか?
むろん馬は作り物だ。しかし、あのブロンドヘアーの女は……
ショッピングモールでのできごとを思い出す。マネキンのフリをしていた女のことだ。
しっかりと拳銃をかまえる。
あと二発しかない。ショックバトンはすぐ引き抜けるようにリュックのベルトに挟んでおく。
周囲に気をくばりながらも女からは目を離さない。
側面に回り込むように距離をつめる。
七歩、八歩、九歩。近づくにつれ姿がはっきりしてくる。
やはり女は人形ではない。人間だ。肌の質感でわかる。
ブロンドヘアーのすきまから見えるうなじはやけに白く、焦げたように黒ずんだドレスがより白さを引き立てている。
コイツは死んでいるな。
白すぎるのだ。血色がない。
違和感の正体はこの女ではない……か? だが、なにか引っかかる。
そのとき、足元にペチャリというわずかに吸い付く感触を覚えた。
なんだ? 水か? ……水!?
――マズイ!!
ほとんど同時だった。私が後方に飛ぶのと、全身を打つような衝撃に襲われたのは。
倒れこんだ私の体は意思に反して痙攣をおこす。
電気だ。床に広がった水を通しての感電。
女の黒ずんだドレスは感電による焦げつきだったのだ。
「あぁー、あぃやいヤいヤい」
馬車の中から男が姿を現した。
短い脚に長い腕。身長はわたしよりだいぶ低く、やけに丸まった背中がよけいに低くみせている。
腫れぼったい唇につぶれた鼻。ぼさぼさの髪の隙間から覗くのは、左右高さの違うギョロリとした目だ。
そいつが手に持った斧を左右にブラブラと振りながら、こちらに近づいてきた。
マズイぞ。急いで体制を整えなければならない。
だが、ダメだ立てない。足に力が入らない。
手は……かろうじて左手が動いた。
拳銃は――クソッ! どこいったかわからねえ。
衝撃で手放しちまった!!
ヤツが近づいてくる。
なにかないか。なにか……
と、目に入ったのはショックバトン。
リュックのベルトに挟んでいたのが幸いした。
「お前も痺れろ」
地面に突き立て、ボタンを押した。
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