第29話 好奇心は猫をも殺す

「あィィっ」


 斧を持った男が悲鳴をあげる。

 ショックバトンの電気が足元の水を通して伝わったのだ。

 感電した男は体をピンと硬直させた。


 フン、いい気味だ! とあざけりたいところだが、そうもいかない。

 ショックバトンは濡れた私にも、しっかりと電気を伝えたからだ。

 耐え切れなかった心臓が、鼓動の乱れで危機を告げる。


「ヤッ、ヤッ、ヤブブゥ~」


 それでも男は斧から手を離さない。

 口から泡を吹き飛ばしながら斧を振り上げ、こちらに向かって駆けてきた。


 冗談じゃない。

 あんなブタ野郎にられてたまるか。

 震える手でポケットの中のものを一掴ひとつかみ。

 殺傷力はないが、牽制にはなる。


 まだだ。十分に引きつけてから。

 醜い男の顔がよく見える。獲物を仕留めたと確信した嫌らしいみが。


 いまだ!

 投げつけた白い塊が宙を舞う。それは男の顔面をとらえると、パフリと散って煙をあげた。

 小麦粉だ。死体わたりに備え、いつでも撒けるように忍ばせていたものだった。


 目に入ったのであろう、男の斧がくうをきる。

 そこへショックバトンをふり下ろす。


 メキリ。良い感触だ。

 私の一撃はみごと側頭部をとらえ、糸を切った人形のように男を地面に崩れ落とした。


 反撃のスキなど与えない。

 硬直するおのれの体に鞭をいれると、男の顔面をなんども踏みつける。床を濡らす水の色が、見る間に赤へと変わっていく。

 


 終わったか。

 ふーと息を吐くと、周囲に目を向けた。

 誰もいない。幸運にも敵はコイツ一匹だったようだ。


 しかし、まったく馬鹿なことをした。

 追い込まれていたとはいえ、こんな小汚いブタと感電ごっことは。

 原型を留めぬほどに潰れた男の顔にツバを吐きかけると、もちものを漁る。

 チッ、なにも持ってねぇ。

 男のケツに腹いせのケリをぶち込んでから、カボチャの馬車へと向かった。


 警戒しながらも、中を覗き込む。

 クサイ。すえたような臭いが漂う。

 ひと目でロクなものがないと分かるゴミの絨毯じゅうたんがあった。

 それでも、何かないか探ってみる。

 生ゴミのほかには、振るとカラカラと音を立てるフィラメントの切れた電球、穴の開いた靴下、ラベルの剥がれたビン、どれも本人以外には価値を見出みいだせないものばかりだ。


 このビンには何が入っている?

 上下にゆするとチャッチャッチャッと小豆あずきをとぐような音がする。

 弾丸……ではないな。重さも音も、もっと軽い。

 フタをひねり、中をのぞく。

 とうもろこしに似た白い粒が詰まっていた。

 ――コイツは歯だ。それも人間の。

 戦利品てワケか。汚ねえコレクションだ。


 そんなゴミの山の中で、一本のケーブルを見つけた。

 切断され、断面からは導線が数本とびだす。

 反対側をたどっていくと、遊具を彩るイルミネーションのひとつへ繋がっているのが分かった。

 

 なるほど、これで感電させていたのだな。

 薄暗い床に水を撒き、機をみてケーブルを水に浸す。

 暗さも相まって、容易に発見できるものではない。

 販売機、馬車、女と、注意をそらすものがいくつもあるのだ。


 危なかった。もう少し気づくのが遅ければ、私もやられていた。

 たらふく電気を浴びせられ、反撃の機会すら訪れなかったに違いない。

 それに運も味方した。

 倒れたのが後方ではなく前方だったなら、いまも水に浸かったまま、煮込みハンバーグになっていただろう。

 まったく、喋れぬクセに悪知恵だけは働く連中だ。

 こうして収穫のないまま馬車の探索を切り上げると、なくしてしまった銃を探しはじめた。



 銃はすぐそばにあった。だが、暗いなか見つけるのは思いのほか手間取った。

 クソッ、踏んだり蹴ったりだな!

 悪態をつきながらもシリンダーをまわし違和感がないことを確かめると、つぎは販売機へとむかう。

 前面には透明のアクリルパネル。暗闇の中、青のバックライトで照らしだされる姿が、なんとも幻想的な情景をうんでいる。

 青……ね。

 これまで目にした販売機のライトは全部青。だが、一度だけ違う色を見た。

 黄色だ。

 パペットシアターに至る道、ネズミを吹き飛ばそうと手榴弾を投げたとき、確かに青から黄色へと色を変えていた。

 はてさて、黄色のほかにはどんな色があるんだろうな。

 なかば確信しつつも捨て置いて、いまはパネルが表示する物品に注目する。


 数種類の弾薬が描かれた紙箱があった。ビンゴ! 弾丸の販売機だ。

 私の持つコルト・シングルアクション・アーミーは45口径。表記を確認すると、該当する弾はワンセット十発で五キャップだった。

 手持ちのキャップは八。ふたつは無理か。ならばひとつ買おう。

 こうして残数は弾丸十二、キャップは三と、わずかながらの補給を終え、この場を後にした。



――――――



 パン、パンと乾いた音が聞こえる。

 銃声、か?

 立ち止まり様子をうかがうと、数人の奇声とも怒号ともとれる叫び声も響いてきた。戦いだろう。それも多人数による争い。


 コイツはあまりよろしくないな。複数入り乱れての生存競争ならまだよい。だが、二者の勢力争いならば注意を要する。

 銃はただでさえ脅威だ。しかもそれを持った者が組織だって行動しているなら、危険度はさらに跳ね上がる。

 ひとまず物陰に隠れて経緯を見守る。

 やがて銃声は激しさを増すも、急速に衰え、ついには何も聞こえなくなった。


 さて、進むべきか避けるべきか。

 進み、疲弊したところを突くのもいいだろう。また襲わずとも、状況を把握するだけでも無駄にはならない。

 だが、近づけば危険が増す。

 脱出が目的のわたしにとって、もめごとに首を突っ込むのは得策ではない。

 『君子くんし危うきに近寄らず』『好奇心は猫をも殺す』だ。余計な危険を避けたものが最後まで生き残るのだ。

 

 ハハッ!

 そんな御託を並べたとて、とるべき道はきまってるんだがね。

 私は君子などではない。ましてや狩られる猫でもない。

 これまでつまらぬ好奇心を発揮してきた者どもを始末してきたのだ。

 邪魔者がいれば排除する。銃があるのなら、それを奪う。

 かなわなければ、より強力な武器を! だ。

 人は己のごうからは逃げられない。逃げられぬのなら全てを喰らい尽くすまでのこと。

 全神経を狩りへと集束させると、音のした方へと進み始めた。


 


 現場へたどり着くも、争いはすでに終わっており、勝者は去った後であった。

 てっきり死体漁りに精をだしていると思いきや誰もおらず、スキを突くもくろみも不発に終わる。

 だが、ある意味幸運というべきか、物資は残されたままであった。

 ――いや、不運かもしれない。

 周囲には死体が複数転がっているも、予想した状態ではなかったのだ。

 腹を裂かれ、腸をはみだし絶命しているもの。潰れた頭部、ぱっくり割れた肩口から脇腹まで続く裂傷があるもの。

 また、血の付いた壁際には、強い力で叩きつけられたのか手足を不自然な方向に曲げた頭部のない死体もある。

 なかでも、首が折れ片腕をもぎ取られた男が、最後のときまで手放さなかったのだろうサブマシンガンを胸に抱いたままティーカップに乗せられクルクルと回転している姿が、えもいわれぬ哀愁を醸し出していた。


 人ではない。争った相手は、明らかに人以外のなにかだ。

 なるほど、ならば武器を残したままままなのも納得がいく。

 だが、銃を持ったこれだけの人を一方的に惨殺する生き物とは何なのだ。

 

 既定の時間を終えたのか、回転するティーカップは速度を落とし、完全に停止する。

 マシンガンを抱いた男へと歩み寄る。

 周囲にあるティーカップには無数の爪痕のようなものが刻まれており、とくに半分砕けたティーカップが争いの激しさを物語っていた。


 爪? 巨大なネコ科動物、トラか?

 しかし、ハンドガンならいざしらず、マシンガンすら物ともしないものなのか?


 そのとき、ヒヤリとした悪寒が背をなぞった。

 なにかいる!!


 暗闇に目を凝らす。

 光が見えた。イルミネーションを遮る闇の中、ぽっかり浮かぶ二つの輝きが。

 真の捕食者たる輝きだ。それは、どこまでも白く私を射抜く。

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