第27話 たびだち
一瞬、視界のすみに何かがうつった。
銃を構えるも、その何かは空調設備と思われる小さな穴に、すばやく姿を消してしまう。
あれは……
そうか。まあ、よい。いまはこちらが優先だ。
隠れた何かに背を向けると、通路を進みながら考える。ノラスコのこと、残った二人のこと。
私の見立てでは、ノラスコの単独行動だ。
数は力、わざわざ有利な立場を捨てて、おのれ一人で狙うなど不自然だからだ。
おそらく他の二人に知られたくない何かがあったのだろう。
むろん、
死体の貯蔵は三人が共有している秘密であろう。これだけ大掛かりなのは一人ではありえない。冷蔵施設があれば、そこに凍らせている可能性もある。
……ベン・カフスマンか。
私がヤツの名前をだしたからだ。
ノラスコは最後に「悪いな。先生」と言っていた。
注目すべきは、この「先生」という言葉だろう。
一般的に先生と呼ばれる職業はいくつかある。たとえば医者、教師、政治家、そして、学者だ。
B.J・シュタイナーは学者だ。ネズミを研究する学者。それを知っていたと考えれば納得がいく。
顔見知りだった? いや、違う。
ノラスコはたぶん政府関係者だ。ベン・カフスマンも同様だろう。
それならば、実験をおこなっていたB.J・シュタイナーを知っていても不思議ではない。
狂人化ウィルスを生み出したベン・カフスマン、ウィルスに迅速に対応した政府、そして、ノラスコ。これら三者が繋がっていたと仮定するのが一番しっくりくるのだ。
と、ここまで考えをまとめたところで、警備室へと辿り着いた。
今の私はノラスコだが、何がおこるか分からない。気をひきしめておかねば。
「お、帰ってきたか、おつかれさん。ん? 彼はどうした?」
問いかけてきたのはジョシュアだ。やはり、このくちぶりだと今回の出来事には関わってないとみえる。
「ああ、トイレにいったよ」
「そうか」
これでサイコダイブの準備はととのった。いつでも乗っ取りが可能だが、私の仮説があっているか確認したくもある。さて、それとなく、ふってみるか。
「なあ、ジョシュア。彼と彼の仲間は私たちを受け入れてくれるだろうか?」
「どうしてだ?」
質問に質問で返された。死体の貯蔵について語ってほしかったんだが、どうもコイツは痒い所に手が届かない。
「食事のことじゃないかな? 僕らが、その、食べてる」
ダンが口をはさんできた。これで彼もシロだと分かる。
「いや、心配ないさ。彼の姿を見ただろう。誰だってこんな世界じゃ、きれいごとでは生きていけない。少なからず人には言えないことも、やってきたと思うがね」
食料にかんしては正解か。
「そうだな」とジョシュアに返すと、彼のショットガンに目を向ける。
銃を選ぶか、スペアに残すか。
考えること数秒、そのときジョシュアが、おや? という顔を浮かべた。
「……そういえば彼、ちょっと遅くないか?」
そっちかよ。まあいい。
「便秘か方向音痴だろう。様子をみてくる」
腰を浮かせかけたジョシュアを手でとめると、私はふたたび通路へと戻った。
しばらく歩き、警備室から十分距離をとる。
これからするのは聞かれたくない話だ。ジョシュアらがあとをつけていないことを確認すると、軽く声をはる。
「シュタイナー、取引しないか?」
カサリと小さな音がした。私は続けて呼びかける。
「ここには二人、人間がいる。好きな方を選べ、乗り移りに協力してやる」
ダクトの隙間から白い小さな生き物が顔をのぞかせた。
ネズミだ。中身はB・J.シュタイナー、彼はずっと私の後をつけていたのであろう。
「見返りはワクチンだ。ここで抗狂人化薬を作っていた可能性がある。もし見つけたら分けてもらいたい」
――――――
「ほんとうに行くんだ」
不安そうな顔で問いかけるダンに「ああ」と答えると、荷物をいれたカバンを背負う。
彼の心はいま、怯えと
シュタイナーは私の提案に乗った。そして彼が乗り移りに選んだのはジョシュアだった。
私はノラスコに、シュタイナーはジョシュアに成り代わる。これまで三人で過ごしてきたんだ、サイコダイブのことなどまるで知らないダンだが、不審に思わないハズがない。
しかし彼には、それを問いただす勇気も、つきとめようとする行動力もないだろう。
これから私は別の区画へ向かう。都市の脱出経路をみつけだすためだ。
ここに戻ってくるつもりなどない。ワクチンはあくまで保険にしかすぎない。
他人の成果に期待するほど私は愚かではない。
はたして人の体を取り戻したシュタイナーはどう行動するだろうか?
ここでおとなしくワクチンを探すだろうか、それとも私同様脱出を試みるだろうか。
ふふ、ダンにとっては八方塞りだな。
仮にシュタイナーがワクチンの探索、あるいは研究を選んだとしても、彼の命が保障されるハズもない。むしろ身の安全のためシュタイナーに始末される可能性の方が高いのだ。
脱出を選んだ場合もたいして変わらない。
彼の体は単なるスペアであり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
ちらりとシュタイナーへと目を向けた。
彼は無言のままこちらを見つめ続けている。
どうやら見送りの言葉はないらしい。
だが、それでいい。サイコダイバーにとって言葉とは銃だ。不用意に銃口を向ける者より、よほど信用できるというものだ。
……ショットガンだけは心残りだけどな。
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