第24話 吊るす理由
ベン・カフスマンを知っているというダンに、どこでその名を知ったか尋ねてみた。
「えっと、たしか……あ、でも、勘違いかも」
なんとも歯切れが悪い。
会話には加わりたいが、決断は苦手。責任を負うのを避けるタイプとみえる。
「間違っていても構わない。真偽はあとで確かめればよい。とにかく話してくれ」
「う、うん」
この手の人間には逃げ道を用意してやることだ。最終決定者が自分でないと知れば安心する。
「たしか、病院の運営に関わっていたと思う。どこかの資料で名前をみたよ」
やはりそうか。これでヤツがウィルスないし、そのワクチンに関わっている可能性が高まった。
「医者か?」
「わからない。けど、知るかぎりそんな名前の医者はいなかったよ。ほかの従業員にも」
医師ではないか。まあ、ワクチンを開発するにあたって、本人がたずさわる必要はないからな。指示をする側に身をおけばよいだけだ。
「その、ベン・カフスマンてのは何なんだ?」
「そうだな、まだよく分かっていない。だが、街がこうなってしまった一因がヤツにあると踏んでいる」
別に隠すことではない。ジョシュアの問いにそう返すと、ベンのおこないについて軽く説明した。もちろん、サイコダイブに関するもの以外だが。
「……あんた、政府の人間か?」
「違う、それぐらいこれまでの会話で分かるだろう。俺はただ生き残りたいだけだ。そのタメには情報がいる」
ジョシュアは腕を組み、なにやら思案し始めた。
もう、いいかね? そろそろ首吊りの話をしてもらいたいんだが。
――――――
ジョシュアの話は長かった。
要は街が狂人であふれ、病院にたてこもったあと、死体が動きだしたのだとか。
ただ、死体が動くといっても、いわゆるゾンビではない。
動いたかと思えば急に動かなくなり、動かなくなったと思えば近くにあった別の死体が動き出したりと、まるで何者かが体を操りながら、死者の間を渡り歩いているようだったと。
ふ~む。そういえばここに来る前、似たような現象に遭遇していた。
託児所でのことだ。確かに死んだはずの者が歩き、エマージェンシーボタンを押した。
もしかしたら、あれと同種のものかもしれない。
ただ違うのは、ここでは動く死体が狂人と同じく他者を襲ったことだ。
明確な殺意。
襲われたジョシュアたちは成す術なく殺られていき、けっきょく残ったのはジョシュア、ノラスコ、ダンの三人だけ。
だが、そうして仲間が殺される一方で、ジョシュアたちは反撃の糸口を見つけたのだという。
操縦者の殺害方法だ。
方法はいたってシンプル。他に乗り移られる前に、操られている死者を殺してしまうこと。
死者を殺すなどと矛盾も
なるほど、それで吊るしたのか。
吊られた死体は乗り移られた瞬間、揺れ動く。そこを狙えばいい。
ジョシュアたちは乗り移り対象をなくすのではなく、相手の動きを制限しつつ倒す道を選んだのだ。
面白い。危険を遠ざけるのではなく利用する。ジョシュアってのはなかなかのタマだな。
それでこそ乗っ取り甲斐があるというものだ。
「で、これからどうする? アンタの仲間とやらはいつ合流する?」
私の仲間? ジョシュアの問いかけに一瞬かたまる。
ああ、そういえばそんな設定だったな。話が長すぎて忘れていたよ。
「今からアジトへ行ってみるか? だが、ここの方が安全かもしれんぞ」
そんなものはないけどな。
さて、どう答えるかね? 私としてはどちらでもかまわない。
行くと言った瞬間、君がジョシュアでなくなるだけだ。
「……いや、いい。これまでやってきたんだ。いまさら焦ったところで大差ない。それよりアンタの服、汚なすぎる。ノラスコ! 彼を着替えに連れていってくれ。好きな服を選んでもらっていい」
はは、着替えか。それこそ、いまさらだな。これから捨ててしまう器の、そのまた外側など替えたところで意味はない。
まあ、いいさ。ついでに院内の見学でもさせてもらうとするか。
ノラスコに連れられて通路を進んでいく。
道幅は三メートル弱と広く、壁、床とも樹脂のような弾力性のある素材で覆われている。
ゴミはあまり落ちていない。
血痕と思われるシミはいくつかあれど、障害物となるようなものはなく、唯一あるのが端に置かれたストレッチャーだけだ。
ストレッチャーは一台だけではない。荷物を載せたものが何台か、ポツリ、ポツリと離れて放置されている。
おそらく、緊急時にすばやく逃げられるよう進路は確保し、また、追ってくる者を足止めできるようワザと置いているのだろう。
ストレッチャーは可動式。縦におけば邪魔にならず、横にまわせば通路を塞げるからだ。
十字路を右に曲がる。
ここまで通路には、いくつも扉がついていた。
しかし、中は確認できていない。
数字が印字されたプレートがついていることから中は病室と思われるものの、開きもしなければ窓もない。上部に監視モニターらしきものはあれど、映し出すのは覗き込んだ自分の顔だけだ。
「あそこだ」
ノラスコの示す先には開いたままの扉があった。
ここから内部は見えないが、おそらく部屋になっていると思われる。
しかし、やけに薄暗い。それに何かが、いる。
天井からさす蛍光灯の光がチカチカと点滅を繰り返し、そのたび細長い影を何度も浮かびあがらせるのだ。
「どうした? 遠慮してんのか?」
立ち止まったまま、扉の向こうを指差し続けるノラスコ。
一人で着替えてこい、との意味だろう。
しかし、あまり気は進まないな。ワナの懸念がぬぐえない。
あらためてノラスコの全身を眺める。
グレーのズボンに青と白のストライプ縞模のコート。
浅黒い肌に、短く刈り込んだ髪、口とあごを覆う無精髭が妙に目をひく。
ここに連れられるまで、ノラスコの発する言葉は少なかった。
見た目から勝手に、陽気なブエルトリコ人との印象を抱いていたが、意外に
いま彼の表情から読み取れるのは、緊張と警戒、恐れと
虚勢……くだらん感情だな。
私がどうぞお先に、と手でうながすと、ノラスコは苦笑いを浮かべて部屋の中へと入っていった。
部屋の中にあったのは数本の点滴台だった。どうやら細長い影の正体はこれだったようだ。
周囲を見渡す。
壁一面をうめるのは、天井までつづく大きな棚。
また、棚には様々な色のたたまれた布が、きれいに積まれている。
順番に手にとってみる。
白のシーツに白の枕カバー、青のタオルに黄色のタオル、グレーのズボンに水色のシャツ。
なるほど、リネン室か。
よく見れば、ノラスコたちが着ている青と白のストライプ模様のコートもある。
「いいだろ? Dr白衣さ」
白衣かよ。あまり目にやさしい柄ではなさそうだが。
しかし、デザインはさておき、これだけあれば着がえに困ることはなさそうだ。
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