第23話 ながい話
「あれは俺がここに入院して四日目のことだったか……。突然、配給されるハズのメシがこなくなってな……」
会話があまり得意ではないのだろうか、ゆっくりと話すジョシュアは、おおよそ身長181センチ、体重72キロ。
目鼻だちがしっかりとしており、右の眉の上についた古傷が目をひく。年齢は三十代後半に見えるが、もう少し若いだろう。栄養状態やストレスを加味して……33歳といったところだ。
しかし、入院とは都市が正常に機能していたころか。ずいぶんと過去にもどって話し始めるものだ。これでは首吊りに辿り着くのは、いつになることやら。
まあいい、付き合うさ。私にとっては会話し続けることが重要だ。
「入院? ここの患者だったのか」
「ああ、そうだ。俺は建築関係の仕事についていてな。事故だよ。資材と資材でプレスされちまった」
ふ~ん、事故ね。これほどまで技術が発達したように見えても、未だ危険な仕事を人の手でおこなう必要があるらしい。完全無人化への道はまだまだ遠いな。
しかし、建築資材に挟まれたとなると、気になるのは後遺症だ。
コイツを次の移り先と見定めていただけに、残念ではある。
「それはお気の毒に。それで、後遺症は大丈夫なのか?」
「ん、そうだなあ……。少々値は張ったが綺麗に治った。最新の治療法でな」
後遺症はないか。それはいい。
やはりコイツが第一候補だ。
今は痩せぎすといった印象だが、適切な運動と栄養を与えていけば、あるていど私の要求に応えられる体になるに違いない。
「健康でなによりだな」
「健……まあ、そうだな。今でこそ街はこんな有様だが、当時はありがたかった。また仕事ができるって」
「ふん、ふん。それで?」
「その後、いや、術後だな。アクシゲンチャンバーで療養していたらおかしな事が起こり始めた」
アクシゲンチャンバー? 耳なれない言葉に、思わず聞き返しそうになる。が、踏みとどまり、いまは会話を進めることを優先していく。
「おかしなこととは?」
「ああ、殺し合いだよ。先ほども言ったが、自動配給されるハズのメシがこないことに不審を抱いた俺たちはチャンバーを出た。そこで目にしたのは、職員たちや患者たちが殺しあう姿だ。それから――」
ちょっと待てと、手でジョシュアの言葉を遮った。
こんどは急に話が進みすぎる。いったん整理したい。
アクシゲンチャンバーとは酸素室。おそらく酸素濃度を上昇させて、自己の再生能力向上をうながす部屋、ないし区画だろう。
また、自動配給との言葉から、食事ですらなるべく人の手を介さない隔離された状況を保つようにしていると考えられる。それなら再生促進に限らず、伝染する病にも対応しやすい。
そうして、はからずとも外界からの接触を絶ったとき、外でなにかが起こったワケか。
パンデミックだ。イザベラが言っていた感染の拡大だろう。だが、ジョシュアたちは隔離されたがゆえ感染を免れ、そして異常に気がつくのも遅れたと。
よし、理解した。続けろ。
私は再び手でうながした。
「これまで普通だった奴が見境なしに人を襲い始めた。まるで獣だよ。危険を感じた俺たちは、チャンバーに立てこもった。幸い混乱はすぐに収まり助かったんだが……」
「でも、いっぱい死んだよね」
横から口をだしたのはダンだ。引きこもりにしては、よく会話に割って入ったものだ。
しかし、すぐに収まった、か……
よくあることだ。一旦終息したと見せかけて水面下で増殖、気がついたときには手遅れ。
だが、気になるのは、三人がなぜ今もここにいるのかだ。
パンデミックなぞ、ふつうは少しでも離れたいと願うものではないか。
まさか、おのれが感染拡大原因にならないタメなど、自己犠牲の精神でもあるまい。
「混乱が納まったとき、なぜここから逃げなかった? みな治療を優先するほどケガの具合が悪かったのか?」
「なんでって……」
三人が驚いた表情を見せた。
ム、質問をしくじったか?
これだから体の持ち主の記憶がないのは不便なんだ。なにが常識か分からない。そして、常識はずれだと不審をまねく。
「……なぜ驚く?」
「そうか……知らないのか……」
ジョシュアの目が私を射抜いた。あたりに不穏な空気が流れていく……
限界か?
「いや、済まなかった。まさか隠蔽されていたとはな」
そう言って、ジョシュアは首を横にふった。
どうやら不審感は、私に対してではなかったらしい。
「移動禁止令だよ。政府が他の区画への出入りに制限をかけた」
なるほど。政府か。確かに拡大阻止には有効な手だ。
しかし、動きが速い。政府はよほど優秀か、最初から原因を知っていたかだ。
「それから何事もなく月日が流れたんだが、出入り制限は解除されずじまいでな。やがて物資も不足し始め――」
「追い討ちをかけるように、狂った者がふたたび出始めたと」
「ああ、そうだ。病院からでることが許されなかった俺たちは気付くのが遅れた。だが、外で大騒ぎになっているのを知って、すぐにピンときた。これはあの時と同じだってな」
なるほどなあ。これで街が狂人都市となった経緯は、だいたい掴めてきた。
やはり、ウィルスが引き起こしたものに違いない。
となると、一番の問題は感染経路だが……
空気感染か。
ジョシュアたちの話を聞く限り、それが最も可能性が高い。
彼らが感染を免れたのは、空気を遮断していたからだ。
酸素濃度を保つための、アクシゲンチャンバーが彼らを守った。
……しかし、若干違和感があるな。
空気感染ならば、アクシゲンチャンバーを出た瞬間、感染するのではないか?
なぜ三人はいまだ正気を保っているのか。
私もそうだ、いまだに狂人化せぬ理由は何だ?
――いや、待てよ。いつまでも大気中にウィルスが存在するとも限らないか。
撒かれてすぐは空気中を漂い、あるていど時間が経つと分解される、そう考えた方が良いだろう。
なにせ、ここは海底都市だ。常に新鮮な空気を送り込む、空調設備など整っていてしかるべきだから。
となると問題は、誰がウィルスを撒いたかだが……
ベン・カフスマンか?
ふと、ヤツの名前が脳裏をよぎった。
これまで幾度となく、その名を目にしてきたが、いまのところ狂人化ウィルスと結びついているワケではない。しかし、どうにもひっかかるのだ。
ヤツが資金提供したB.J・シュタイナーの研究では、ネズミに高い知能を与えた。それが、副産物としてサイコダイブ能力を生んだ。
また、保育施設ではさらなる変異を求めていたように思う。
……そうか、ひっかかりの原因は薬か。
ネズミに高い知能を与えるキッカケとなったのは、ベン・カフスマンがもってきた薬。それを如何にして手に入れたのかが問題なのだ。
薬など、どこからか降って沸いてくるものではない。
開発には莫大な資金と実験が必要になる。
そして、実験には失敗がつきものだ。サイコダイブが生まれたのと同様、薬の開発が狂人化ウィルスを生んでしまったのではないか?
となると、開発をおこなったのは病院。それに巻き込まれたのがジョシュアたちか?
……いや、時系列があわない。狂人化ウィルスはもっと昔のはずだ。
――そうか、ワクチンだ!
おのれが感染してしまっては意味がない。感染せぬためのワクチンを作らないハズがない。
そいつを病院で作ろうとしていたのではないか?
こいつは確かめる必要がある。
「三人ともベン・カフスマンという名前に心あたりがないか?」
「いや」
「しらない」
「知ってる……たぶん」
知っていると答えたのはダン。これで全てが繋がった。
それにしても、人生とは、なかなかどうして面白い。
死体を吊るす理由を問うたら、街が崩壊した理由とその犯人へと辿り着くのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます