三章 B.J・シュタイナー

第14話 サイコダイブ

 脳細胞が活性化するのを感じた。

 体はじんと熱を帯び、なんとも言えない高揚感に包まれる。


 サイコダイブだ。

 すでに相手の脳とシナプスが結合し、通路は開かれている。

 あとは移動するだけ。

 が、その前に銃に安全装置をかける。倒れた瞬間に暴発でもしたらたまらないから。


 やがて、すぅと意識が吸い出されるような感覚に襲われる。

 目に映る全ての色が消える。


 私の横を何かが駆け抜けていった。

 何かしら? 今の。

 これまでのサイコダイブでは味わったことの無かった違和感。

 ――いえ、違うわ。一度だけあった。たしか、ここに初めて来たときも同じような感覚に襲われた気がする。


 だが、そんな引っ掛かりなど今は置いておき、やがて見えてきた新しい景色へと意識を集中させた。

 すると、己が羽織はおっているボロキレの端と、そこから伸びる今までよりもちょっと大きく、毛深い、男の手がはっきりと見えた。


 これが新しい私の体。

 サイコダイブは完了。完全に乗っ取った。


 奇妙な静寂が辺りを支配する。

 見渡せば迫り来るネズミたちは動きを止めていた。

 統率者のいなくなった彼らは、やがてそれぞれの意思で動き始めるだろう。


 あとは元の体から道具を回収しなくては。

 前方に目を向けると、崩れたネズミの山の向こうに、抜け殻となったイザベラが頭をうなだれ立ち尽くす姿が見えた。



 ――嫌な予感がした。


 立ち尽くす?

 なぜ倒れない?


 イザベラの頭部がムクリと起き上がった。そして周囲を見回すように視線を這わしたのち、彼女はこちらへと目を向ける。


 馬鹿な!

 こんなことは初めてだ。

 抜け殻となった肉体が動きだすなど。

 

 まさか、イザベラの意識が消えずに残っていた? それが再び肉体に宿った?

 いや、あり得ない。持ち主の意識など乗っ取られた瞬間、消えてしまうハズだ。

 これまで幾多のサイコダイブを繰り返してきたから分かる。それは間違いない。

 では――


「スコし違和感が……アル。これがオンナ……か?」


 イザベラが言葉を発した。そして、カクリと首をかしげる。

 その動きはどこか無機質で、ある種、人としての感情が欠落したような印象を受ける。狂人とはまた違った、なんとも奇妙な仕草なのだ。


 ――いや、この際、感情などはどうでもよい。

 問題はイザベラの言葉だ。内容も不自然だが、より問題なのは、たどたどしい口調。あれは私の知っている彼女のものではない。先ほど対峙していた男のものだ。


 まさかコイツは……サイコダイバー!!



「オマエには、もう……ヨウはナイ」


 イザベラの体を乗っ取った男は、そう言うと、手に持つカービン銃をこちらへと向けた。


 マズイ!

 咄嗟とっさに回避行動にでる。

 が、間に合わない。

 引き金にかけた指に力が込められたのが分かる。


 ――しかし、弾丸が発射されることはなかった。

 なぜなら、銃には安全装置がかかったままだったから。


 助かった。それにこれはチャンスか?

 今なら銃を奪い返せるか?


 ――いや、逃げる!!

 床にある黒い塊を一匹つかむと、イザベラへと投げつける。

 それから、ステージの外へと飛び降りた。



 タタン!

 銃声が響く。肩に鋭い痛みが走る。

 奴は安全装置を外すと、再び引き金を引いたのだ。

 やはり銃を奪いに行っていたら死んでいた。存外ぞんがい動きが速い。


 床へと着地した私は、連結した椅子の影へと身を隠す。それから、頭を低くしたまま移動を始める。

 大丈夫。弾丸は肩を掠めただけだ。肉を少々エグりはしたが、運動機能に支障はない。


 しかし、サイコダイバーか。

 私と同種の能力。

 あの時、私の横を駆け抜けていった何かとは、アイツの意識だったか。

 乗っ取ろうとしたのは私だけではなかった。

 お互い能力を使い、相手の脳へと意識を飛ばした結果、入れ替わることになったのだ。


 とんだ誤算だ。

 会話さえ出来れば決着はつくと思っていた。

 ところが、より切迫した状況に追い込まれる結果となってしまった。


 だが、サイコダイブ自体が封じられたワケではない。

 再び入れ替わることも可能。

 問題はその方法だが……


「待て。撃つな! ここは情報交換といかないか?」


 身を隠しながらも、そう問いかける。

 しかし返事は無く、銃声と、すぐそばの椅子に着弾する音が響くのみであった。


 こりゃ無理だ。

 まあ、当たり前か。

 ろうせず体ごと銃を奪ったのに、再び奪い返されるような真似をするハズもない。

 とにかく今は逃げることを優先するしかない。


 さらなるサイコダイブは諦め、出口へと急ぐ。

 今の所、ネズミは襲ってこない。あたりを右往左往するばかりである。

 サイコダイブにより、ネズミを操る能力に不具合が生じたか。

 しかし、それも時間の問題。徐々に彼らの意思が一つに統合されていくのを感じた。

 

 間に合うか?

 出口まではまだ遠い。すでに逃げ道である五つの扉の前へと、ネズミどもが群がり始めている。



 何かが、背中へと乗りかかってきた。

 姿は確認できなかったが、たぶんネズミか。

 ソイツはそのまま跳ねると、私の襟首えりくびから服の中へともぐりこんでくる。


 チッ、小賢こざかしい。

 しかし、対処している時間はない。まごまごしていれば状況は悪くなる一方だ。

 今はただ、走ることに専念するのみ。


 やがて、統率された動きを見せるネズミの数は加速度的に増えていき、私が扉の前まで辿り着いたころには、開く扉の隙間さえもその身で完全に覆ってしまっていた。

 向こうの景色はもう見えない。まるで土砂に埋もれてしまったかのよう。


 間に合わなかったか……ならば!


 が、その時、目前のネズミの塊が奇妙な動きを見せた。

 穴があいたのだ。

 それは小さな穴だったが、まるで通り道をあけるかのようにネズミは動き、部屋の向こうを映し出したのだ。


 罠か?

 ――いや、それでも構わない。押しとおる!!


 狙撃されぬよう頭を低くした状態から一転、完全に立ち上がると、勢いをつけて穴へと飛び込む。

 カービン銃といえど、この距離ならばそうそう当たりはすまい。


 柔らかい肉と、ごわごわとした毛の感触に包まれる。

 押し出された小さな影が、飛び散り床へと散乱する。

 抜けたのだ。ネズミどもを吹き飛ばし、見事部屋の外へと脱出できた。


 体勢を立て直さねば。

 ひとまずショッピングモールへと戻るか、はたまた別の道へと進むべきか。



 その時、私の服の袖から何かがピョンと飛び降りた。

 白いネズミだ。

 そいつは一度振り返り、私と視線を合わせると、通路を駆け出した。

 そうして暫く走ったところで、再び立ち止まり、こちらを見た。


 何だ?

 ……まさか、ついて来いと?


 一瞬たじろぐ。

 しかし、気付けば私はすでに、その後を追っていた。

 

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