第3話 熱視線

 全身を襲う倦怠感。そして背中がチクチクと痛む。

 爆弾の破片がめり込んでやがる。

 だが足を止めることはできない。倒れぬよう壁に手を添えながら前方の扉まで進むと、乱暴に開閉ボタンを押す。

 パシュリと軽い音をたてて扉が開いた。

 ツイてる。

 素早く部屋の中へと体を滑り込ます。と、同時に響くタタタンという音。

 チクショウ、なんてしつこい奴だ。

 ゆっくりと閉じゆく扉が、なんとももどかしい。


 早く閉まれ!


 やがて扉が完全に閉まると、パタパタパタと駆け寄ってくる音も途切れた。

 助かったか。

 フーと息をつくとその場に座りこむ。


 あの時、爆風にひるんでいたら死んでいた。

 あの奇妙な小人、死体をエサに狩りをしてやがるんだ。


 今いちど、扉のロックを示すランプの点灯を確認すると、ひとしきり悪態をつく。

 それからやっと部屋の中へと目を向けた。

 十メートル四方と、そう広くはない空間に、やや大きめのベッド。それから金属製のキャビネットに同じく金属製のデスク、天井にはむき出しの配管。

 いずれも錆が浮いており、長年放置された印象を受ける。


 胸のポケットを探る。

 出てきたのは紙の箱。表面にはベタリとした女の顔が描かれた、とても古い銘柄のタバコだ。

 ――やけに軽い。

 咥えたタバコに火をともすと、空となってしまった容器をクシャリと握りつぶす。


 さて、何かあればいいんだがね。

 重い腰を持ち上げ、部屋の物色を始めた。



 まず手をつけたのはキャビネット。鍵がかかっておらず、取っ手を引くと簡単に開いた。

 中には万年筆に紙くず、ビー玉にガラス瓶、何のフタかは分からないがブリキのボトルキャップ、他にもガラクタと思わしき物が多数詰め込まれていた。

 そんな中、栓抜きと缶切り、そして待望の缶詰を二つ発見した。


 運が向いてきた。

 缶詰のラベルを確認する。母親が乳飲み子を抱きかかえる絵が描かれている。

 ……コイツは粉ミルクだ。

 肝心の水はない。そして俺の口は緊張と脱水で渇ききっている。

 今こんなものを口にすれば喉が詰まっちまう。

 ひとまずそれらをポケットへと詰め込むと、金属製のデスクへと向かった。


 机の上はあまり物がなく、薄汚れた小さな地球儀、そしてスタンドつきミニュチュア星条旗があるだけだ。

 反対側へとまわる。備え付けの引き出しが三つあった。

 机上に片手をつき、順番に開いていく。

 一番下は紙の束。『あなたに癒しのひとときを!』『身だしなみは足元から』などのキャッチフレーズが書かれた紙だ。

 ――広告か。

 二段目はフィギュア。親指ほどの大きさの兵隊をした物が多数入っている。

 そして一番上。木片や小石などのゴミがあるだけだった。


 収穫なしか。

 落胆しつつ、ふと己の手の平をみつめた。

 特に意味があった訳ではない。なんの気なしだ。

 綺麗な手だ。

 マメができているわけでもないし、傷があるでもない。

 油にまみれているわけでもないし、埃にまみれているわけでもない。

 しかし何であろう。何かがひっかかる……


 ここで、ブウウーンと鳴る低い振動音に気が付いた。

 こんな音、鳴っていたか?

 いや、鳴っていたのだろう。特段意識しなければ、聞き逃してしまうほどの小さな音だ。


 場所はベッドの向こう側か?

 目を向けると、窪んだ壁にちょうど収まるように銀色の扉があった。

 冷蔵庫?


 ベッドを迂回するよう近づいていく。駆動するモーターの音も大きくなる。

 さて、なにか食い物でも入っているかね?

 このさい味にはこだわらない。口に入ればよい。

 駄目なら、せめて水だ。水さえあれば数日はもつ。


 扉の前に立つと、取っ手を引き、中を覗いた。


 ――目が合った!!

 冷蔵庫に入っていたのは多数の生首。デロリと舌をだしたもの、鼻の削げたもの、様々な表情をしているが、その全てと目が合ったのだ。


 むろん生きている訳ではない。扉を開いた者へと視線が向かうよう並べられているのだ。

 なかなか悪趣味だな。

 しかし、不思議だ。死者の目は、たいていは半開きになる。死後硬直にしても、ここまで綺麗に見開くものか……

 いまひとつしっくりこない俺は、生首へと顔を近づけた。

 そして納得した。なるほど、閉じぬようまぶたを糸で縫いつけているのか。



 その時! 背後でガサリと音がした。

 慌てて振り返り、周囲を見渡す。


 ゴトリゴトリ、ズッズッズッ。


 妙な引き摺り音が聞こえてくる。

 どこからだ……


 ――あそこだ!

 音の発生源は上部にある換気口。大人ではとても入れないような小さい穴だ。

 

 ははっ、どうやらここは、あの奇妙な小人のねぐらだったらしい。

 どうりで手に埃がつかないわけだ。


 しかしまあ、笑ってばかりもいられない。

 すぐにでも奴が銃を手にし、姿をみせるだろう。


 どうする? 穴から出てきたところをレンチで叩くか?

 ――却下だ!

 素早く背を向けると、ベッドを乗り越え、扉の開閉ボタンに手をかけた。

 同時にカツリという金属音が耳に届く。


 振り返りはしない。扉の開放とともに走り出す。

 その後すぐに発生する、ドン! という爆発音。

 手りゅう弾か!


「あは!」


 不快な声とバタつく足音が追ってくる。


 クソッ、今に見てろ。お前の首を冷蔵庫の中に入れてやる。

 こうして二度目の鬼ごっこが始まった。

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