4.言葉に出さないと伝わらないこと

「よかったね。」


次の週、あの日結局どうなったのかジョージに報告した。


すると意外とあっさりとした答えが返ってきて拍子抜けしてしまった。


「なに、その顔。」


そんな私の顔を見て、ジョージは不審な顔をした。


「そんなの愛じゃないよ。」なんて言われると思っていたのになんていえず、返事する代わりに「何でもない。」と頭を振って見せた。


「美衣がちゃんと愛を知れるなら、僕はそれでいいよ。」


そういって背伸びしたジョージの背中がとても小さく見えた。不思議におもったけどあまり気にせず、甘いカフェオレを一口含んだ。


今日はブラックではなく、甘いコーヒーが飲みたい気分だった。


「ジョージも相談があったら何でもしてね。」


そういえばジョージの相談なんて聞いたことない。これまで聞き上手な彼に散々甘えて相談をし続けてきた私は、年上としてちょっとそれは恥ずかしいという気持ちになって、精一杯背伸びをしてそう言った。でもそんな私の背伸びした言葉を裏切るようにジョージはあきれたように笑って「ありがとう」と言った。


そのあきれたように笑う仕草が、とってもアメリカ人っぽいなと思った。


それから恭祐さんとは、週に2回くらいのペースでデートをするようになった。


週末は恭祐さんのおうちに行って泊まったり、私の家にも招待して泊まってもらったりして、久しぶりに浮かれた日々を過ごしていた。


「美衣はほんとにちゃっかりさんだよね。」


「ほんとほんと。いつもそうだよね。」


久しぶりに会った菜月と梨絵はどこかあきれながらそう言った。


久しぶりに彼氏ができた友達に対して心外だ、と私は不服そうな顔をして見せた。


「なんだかんだ言って、立石さんが一番イケメンだったよね~。」


「確かに。雰囲気あるし、営業マンだからさわやかだし。」


国家公務員と銀行マンを最初に狙ったのはあんたたちでしょ。


そう思って2人をみると、2人とも反省したように「ごめんごめん。」と言った。


「2人はどうだったのよ。」


自分の話をするばかりで2人の話をまだ聞いていなかった私は、話の話題をそらすためにも話を振ったけど、2人とも大きなため息をついた。


「前川さん、性格もよくて真面目だったんだけどな~。」


銀行マンあらため前川さんと菜月は、あのあと何度か食事に行くところまで行ったらしい。


合コンに行ってもそのあと食事に行くまでなかなかたどり着かない菜月にしてはとっても珍しいとおもった。


「でも?」


「真面目過ぎて、つまんない。」


顔も性格も合格ライン。それなりにお金も稼いでくれる真面目な前川さんと付き合えば、きっと幸せになれる。


もちろんそんなこと菜月もわかっている。でもやっぱり毎日の刺激って大切で、特に学生時代、クラブに行ったり友達とパーティーしたりして刺激的な毎日を過ごしてきた菜月にとっては、前川さんはちょっと物足りなかったらしい。


「梨絵は?」


「自慢がうざい。」


わたしたちのいう“それなり”の職についている人は、プライドの高い人が多い。


自分の仕事に誇りを持っていて、不景気の中でも安定した仕事についている自分にも自信を持っているということは別に悪いことではない。仕事が嫌いで働かない男よりよっぽどましだ。


でもやっぱり永遠聞かされる自慢を笑って聞けるほど、平成生まれ平成育ちのわたしたちは穏やかではない。


「幸せになりたいだけなのにね。」


幸せになりたい、という気持ちは、いつの時代でも変わらない。


でも幸せの形はいつでも変化していて、今の形は私たちにとって“それなりの相手”だった。でも思っているそれなりってとっても難しくて、折り合いをつけているつもりになっているだけで、私たちは3高を求めていたころのバブルの時代をとってもうらやましく思っているのかもしれない。


「あ、恭祐さんからだ。」


「お前っ、幸せかよ!」


友達にちょっとうらやましく思ってもらえるような幸せを手に入れた私は、少なくともそんな議論なんて頭の中になかった。ただただ恭祐さんと穏やかな日々を過ごせることが、わたしの今の目標だった。


「涼しくなってきたし、キャンプでもしない?」


付き合い始めてから数か月がたって、私と恭祐さんのペースも落ち着いてきた。


私たちの拠点になっている彼の部屋にはだんだん私の荷物が増えていって、急に泊まりに行っても前みたいに動揺することなく普通に恭介さんのマンションからでも出勤できてしまうほど、恭祐さんの部屋には“私”という存在が定着してきた。


それは私にとってとてもうれしいことだったけど、恭祐さんにとってどうなのかはわからない。


今日はたまたま退勤のタイミングが合ったから一緒に恭祐さんのおうちでご飯を食べた後、お皿を洗っていると恭祐さんがビールを片手にさらりと言った「キャンプ」というセリフは、なんとなく意外ですんなり頭に入ってこなかった。


「俺って意外とアウトドアなんだよ。」


田舎で生まれ育った私と違って、東京生まれ東京育ちの恭祐さんに「アウトドア」という言葉が似合わなくて、何となく笑ってしまった。


そんな私を見て恭祐さんはまた不服そうな顔をして、持っていた雑誌を私の目の前に持ってきた。


「グランピング、流行ってるんでしょ?」


SNSが生活の一部のようになっている平成を生きる私たちにとって、それなりの中でもちょっと人にうらやましいと思われるようなことをたまには自慢したくなる。


グラマラスなキャンプ、つまり普通のキャンプより豪華でおしゃれなキャンプが流行っている理由の一つにも、SNS映えが影響していると私は思う。昔から自然に触れてきてキャンプに対して特別な感情のないわたしでも、恭祐さんの差し出すおしゃれな写真が私の心をくすぐった。


「行きたい?」


私の輝く顔を見て私の気持ちを察した恭祐さんはいたずらそうにそう言った。


そんな恭祐さんに私は今度は隠すことなく笑顔でうなずいた。


「おはよう。」


私がグランピングに行くという承諾を出してからというもの、恭祐さんの行動はとっても素早かった。


おしゃれなキャンプと言っても2人でするよりも何人かでワイワイした方が楽しいということになって、恭祐さんの会社の同僚さんの中でキャンプ好きの2人も彼女をつれて一緒に「グランピング」をすることになった。


当日はとっても朝早く家を出るということで、その前の日には恭祐さんの家にお泊りした。


朝の弱い私よりいつも早く起きてしまう恭祐さんが優しく私を起こしてくれて、挨拶をあたりまえようにしてくれる朝を私はとっても気に入っている。


「美衣ちゃん、今日は急いで準備しなきゃ!」


そんな朝の余韻に浸って恭祐さんに甘えていたかったけど、今日はそれを許してもらえなかった。


私を無理やり起こして半強制的に着替えさせられ、そんないそいそとする恭祐さんのペースに自然と体がついていって、気づくとあっという間に私の準備も終わった。


「よし、行こっか。」


「はい。」


いつもよりカジュアルな格好をして大きな荷物をもって、なんだか遠足みたいだな、とわくわくした。これも遠足の一つみたいなものなのかもしれないけど、子供だったころの遠足とはちょっと違う。大好きな人と行くおしゃれな遠足はすごくスペシャルなもので、私の足取りは自然と軽くなっていた。


「美衣ちゃん、もう楽しそうだね。」


「だって、楽しいんだもん。」


この数か月で、わたしは恭祐さんにため口でも話せるようになった。


どんどん恭祐さんが私の生活の一部になって、最初のドキドキとは違う落ち着いた2人の雰囲気が私をそうさせたんだと思う。恭祐さんにとっても私が生活の一部みたいに定着してくれたらいいなと、運転する彼のスマートな横顔を見て心からそう願った。


「はじめまして。」


「あ、美衣ちゃんね。恭祐から話聞いてるよ。」


ういういしくペコリと挨拶をする私に、ずっと前から知り合いだったみたいな落ち着いたテンションで恭祐さんの同僚の木田さんは言った。


「立石君こんな若い子捕まえちゃって。」


木田さんとその彼女の麗香(れいか)さんと恭祐さんは全員同い年らしくて、恭祐さんがよく一緒にご飯に行った話をしているから本当に仲がいいんだと思う。


「わ、恭祐さんの彼女さんっすか?!」


「落合、うるさい。」


みんなで和気あいあいと話をしているときに後ろから嵐のように恭祐さんの後輩さんが登場した。恭祐さんがよく楽しそうに落合さんの話をしているから、きっとみんなに愛されるキャラクターなんだと思う。


「すみません、お久しぶりです。」


「お、しぃちゃん。元気だった?」


そんな落合さん後ろですらっとした長身の女性がうやうやしく頭を下げた。


恭祐さんから事前にだれが来るのか説明してもらっていた私は、その人が落合さんの彼女さんの椎菜(しいな)さんだってすぐに分かった。


椎菜さんは年上彼女さんらしく、恭祐さんの言った通り黒髪のよく似合う大人な女性だった。私はそんな椎菜さんにも急いでペコリと頭を下げると、椎菜さんも大人らしくキレイなお辞儀をしてくれた。


私以外みんな会ったことのあるらしい5人は、ワイワイと食材の買い出しをすすめていた。初めて仲間に入れてもらったわたしも、麗香さんや椎名さんがしっかり輪に入れてくれたり、恭祐さんがいつも通り優しく話しかけてくれたりして、すぐになじむことができた。


みんなと話している恭祐さんはいつもより無邪気でなんだか少年みたいに見えて、新しい恭祐さんをまた発見してなんだかくすぐったい気持ちになった。


「おっちー!こっちもはやく!」


「麗香さん勘弁してくださいよ、おれだって必死なんですよ。」


グランピングの道具はアウトドア大好きな落合さんがすべて持ってきてくれたらしい。


椎菜さんと落合さんはよく2人でもアウトドアをしているらしくて、頼もしく準備する2人の息は本当にぴったりだった。


「美衣ちゃん、動きっぱなしでしょ。ちょっとゆっくりしてていいよ。」


グランピングは初めてだけど、昔よく家族でキャンプに出掛けていた私も少しは役に立てるように色々手伝ってみたものの、手際が悪くてついに手伝いを首になった。


落合さんは恭祐さんの後輩といっても私より年上だから、私が一番年下ということもあって、積極的に準備に参加したかったのに、そういう恭祐さんと一緒に麗香さんがサッとビールを手渡してくるもんだから、抵抗することもなくそれを受け取っている自分がいた。


「みんな、まだ準備中だけど乾杯しない?」


涼しくなったとはいえ、日差しはまだ強かったからみんなのどがかわいていたんだとおもう。


その証拠に麗香さんの提案に反対する人はいなくて、みんなそれぞれ一缶ビールを手にして、合図をしたわけでもないのに同時にその封を開けた。


大自然の中で聞くその心地いい音は、いつもと少し違って聞こえた。缶ビールがいつもよりずっとおいしそうに感じられた。


「それじゃあ、今日という素晴らしい日と。」


「美衣ちゃんに。」


木田さんと麗香さんは息ぴったりにそう言った。


木田さんも麗香さんも、落合さんも椎菜さんも、あたりまえだけどなんだかしっかり自分たちのペースがあって、それがとってもうらやましかった。


「乾杯。」


そんなことを考えているうちに、みんなが私に乾杯をしてくれた。


それは本当に恭祐さんの彼女として私が受け入れられた瞬間のように感じられて、なんだかとっても嬉しくなった。


それからもとっても楽しく、ワイワイしながら準備は進んだ。


落合さんは本当に設営が上手で、おしゃれな女子が作るみたいなグランピングの会場があっという間に出来上がった。


テントはそれぞれのカップルに1つずつあって、どれもおしゃれで可愛かった。中もグランピングらしくなんだかふかふかしたマットみたいなのが引かれていて、キャンプといえば寝袋というイメージしかなかった私の概念がおしゃれに変化した。


「女子テントと男子テントでもよかったんだよ。」


「お前女子って年じゃないだろ。」


「いやだ~!いつまでも女は女子だもんね。」


本当に女子テントで3人で女子会をするのも悪くないなと思った。


姉2人の中で育った私は、なんとなく年上の女性に対して親近感があって、2人のこともすぐに好きになった。2人も私のことをとってもかわいがってくれて、そんな光景をほほえましく見ている恭祐さんがとってもいとおしかった。


「美衣ちゃん、ありがとうね。」


設営の後、遊びながらも夕飯の準備を一緒にしていた麗香さんがぼそりとそう言った。何に対してお礼を言われたのか分からなかった私は、首をかしげて麗香さんを見た。


「立石君のこと。」


そう言った麗香さんの顔はとても悲しそうで、“あの時”の恭祐さんに似ていると思った。


「ずっとね、ほんとにずっと元気なくて心配してたんだ。」


麗香さんはきっと“あの人”のことを知っている。


だからきっと恭祐さんに彼女ができたことは、うれしいけどかなしいみたいな、ちょっと複雑な気持ちで見ているんだと思った。


「最近また笑うようになったし、美衣ちゃんの話楽しそうにしてるから。」


でもそう言った麗香さんの顔は本当に祝福している人の顔だった。


麗香さんはきっと恭祐さんとあの人に対しては特別な想いがあって、でもやっぱり大人は好きだけで一緒にいられないってことを知っているからこそ、複雑なんだろうなと感じた。


「私なんかでよかったんですかね。」


あの人を忘れるための私でいい。


そう思ってる気持ちは今も変わりがなくて、恭祐さんが私を思ってくれている気持ちだって本物だってことも知っている。


でもあの人を超える存在に私がなれている気がしなくて、そもそも大人でかっこいい恭祐さんにとっても私は全然つりあってない存在な気がして、ずっと自信がもてなかった。


「それはこれから美衣ちゃんが証明することだよ。」


そんな私の不安に対して、慰めることもしないで、麗香さんはまっすぐそう言った。


はたから見たら厳しく聞こえる言葉だったのかもしれないけど、その言葉には本当にいつわりがないって私にもわかって、決意を込めてこぶしをぎゅっと握った。


「誰にだって、そうそう自信ってないものよ。だから頑張るんじゃない。」


私の決意をくみ取ってか、麗香さんはそう言った。よすぎるほど物分かりのいい私にとってその言葉は、心の奥底までダイレクトに届いてきた。


恭祐さんのために頑張ると思っていたけど、それってたぶん自分のためで、自己満のようにも聞こえるけど、でもそうやって頑張ることで恭祐さんを救えるかもしれないと思ったら、自分のためへの貯金だったとしても頑張ろうと思えた。


「麗香、美衣ちゃんに何吹き込んだ。」


「あら、女としてのたしなみをちょっと、ね。」


その時、そのほかの設営を終えた恭祐さんが面白くなさそうな表情をしながら麗香さんに言った。そんな恭祐さんをからかうように麗香さんは笑って私の肩を抱いた。


「麗香さん、美衣ちゃんけがしちゃダメっすよ。」


「うるさいおっちー。」


麗香さんと恭祐さんが落合さんをからかっているうちに、カレーのいい香りがしてきた。椎菜さんが仕上げ作業に入ったのをにおいで察した私たちは、なんとなくまた設営を始めてあっという間にテーブルにはおいしそうな料理がたくさん並んだ。


気が付けばあたりは暗くなっていて、ムードのいい明かりがさらにグランピングの雰囲気を盛り上げている感じがした。


「それではみなさん、いただきます!」


落合さんが元気にそう言った後、ほかのみんなは各々のボリュームとタイミングで「いただきます」を言って食事を始めた。


そんな空気に不服装だった落合さんも渋々食事に手を付け始めた。


「…おいしい。」


主に椎菜さんが作った料理はとってもおいしかった。


外で食べる食事とこのグランピングの雰囲気がそうさせていたのかもしれないけど、それを差し置いてもとってもおいしい食事だった。


「美衣ちゃんのおいしいって本当においしそうだね。」


「私も思った。」


私の「おいしい」には、私の食いしん坊がばれるほど気持ちがこもっていたらしい。


なんだか自分がとっても子供みたいに思えて恥ずかしくなったけど、椎菜さんが「おいしく食べてくれてうれしいよ」なんて付け足してくれたから、その恥ずかしさは少しだけ薄れた気がした。


みんな私がおいしそうにご飯を食べるってからかったけど、たぶん同じことを感じていたようで、たくさんあった食事はあっという間に机の上から消えた。私はせめて片付けには貢献したかったから、張り切って皿洗いを始めた。


「美衣ちゃん、たくさん食べれた?」


そんな私を追いかけるように恭祐さんが残りのお皿を持ってやってきた。


私はそんな恭祐さんのセリフに心から答えるように、笑顔でうなずいた。


「たくさん食べるんだね、美衣ちゃん。」


無意識のうちにいつもの大食いを発揮してしまっていたことが恥ずかしくなってチラっと恭祐さんを見ると、彼はなんだか少し悲しそうな顔をして私を見ていた。


「今まで遠慮してたの?」


「そんなこと…。」


なかったときもあったし、あったときもあった。


大好きな恭祐さんには猫をかぶっていたくて、”そんなことない”と否定したかったけど、でも悲しそうな恭祐さんの顔にもうわたしはうそをつけなかった。


「したこともありました。」


「なんで?」


「嫌われたく…なかったから。」


必要とされることに敏感な私たちは、同時に必要とされないことにも敏感だった。


一つのことで一気に自分のよりどころがなくなることを恐れて、つまり恭祐さんに嫌われたくなくて、必要としてほしくて、本当の自分を出せなかった。


「美衣ちゃん。」


先生に怒られた小学生みたいにしょんぼりする私の目線の先を追いかけるように、恭祐さんは腰をかがめた。私はそんな彼にびっくりしながらも、恐る恐る恭祐さんの顔を見返した。


「俺ってそんなに信用ない?」


「え?」


恭祐さんの口から出た意外な言葉に私はびっくりして固まるしかできなかった。そんな私をみて恭祐さんはいつも通り優しく暖かく笑った。


「そんなことで嫌いになるほど中途半端な気持ちで美衣ちゃんと付き合ってないんだけど。」


自分のところにこんな幸せがやってくる日を、数か月前の私は想像できなかった。


恭祐さんと付き合ってから自分の幸福貯金を使い続けている気がする私は、サービス残業でもボランティアでもして、その貯金を早く貯めたい気持ちになった。


焦る私をよそにまた余裕そうに笑う恭祐さんは、腰をかかげたまま触れるような優しいキスをした。


「美衣ちゃんが俺を受け入れてくれたように、


俺もありのままの美衣ちゃんを受け入れたい。」


恭祐さんはたまに、腰の砕けそうになるような甘いセリフを言う。


そんなセリフを聞いた時私はいつも顔を手で覆ったり何とかごまかそうとしてみたりするけど、でも皿洗いをしていて泡がたくさんついた手ではそんな抵抗もできなかった。


「かわいい。」


周りが暗くて本当に良かったと思った。


余裕のないわたしの表情は恭祐さんにすっかりばれているようだったけど、赤い表情まではたぶんばれていないと思う。


ばれていたかもしれないけど、それをしったらもうここから走り去りたくなるほど恥ずかしかったから、もうそれ以上考えるのをやめた。


「恭祐、美衣ちゃんありがとう。」


私たちが皿洗いを終えると、テーブルにはおつまみとお酒がセットされていた。


率先して片づけをしたのに、かえって晩酌の準備をさせていたならどちらでもさほど変わらなかったな、と思う気持ちにはそれ以上考えないようにふたをした。


「さ、始めますか。」


封を切ったように始まった飲み会は和やかな雰囲気で進んでいったけど、でもお酒のペースはとっても早かった。


キレイな空気と外で飲んでいるという特別な雰囲気がそうさせたのかもしれないけど、でも驚くほどさらりと、そしてキレイにどんどん空のビールの缶やワインのボトルが集まってきて、次第にみんな陽気になりはじめた。


そんな雰囲気に私も酔ってはいたけど、お酒が進むにつれてどんどん力が抜けていく恭祐さん以外の他の4人よりはしっかりしていたと思う。


自分のお酒の強さといったら本当に嫌になる。


「麗香ベロベロだし、そろそろ俺ら寝るわ。」


「は~?まだ飲みたいのにぃ。」


麗香さんよりは幾分かしっかりしている木田さんが、麗香さんからワイングラスを取り上げてそう言った。


麗香さんはしばらく抵抗していたけど、でも木田さんに立たせられると一人では立っていられないほどフラフラな状態で、木田さんにぴったり寄り添いながらテントに帰っていった。


「こいつ寝ちゃったから、私も失礼しようかな。」


とっくの前から眠っていた落合さんをたたき起こして、2人もテントに戻っていった。


しっかりしていた椎菜さんだけど、昼間より2人の距離は近かったし、この後甘い夜を過ごすのかな、なんて考えたらちょっと恥ずかしくなった。


あんな風に酔えたらかわいいのになぁ、とキレイな夜空に向かってため息をついた。


「美衣ちゃん、まだ飲めるでしょ。」


そういって私の返事を聞く前に、恭祐さんは残っている赤ワインを私のグラスについだ。


「恭祐さんも。」


恭祐さんも私に負けないくらいお酒が強い。それを知っている私は得意げな顔をして恭祐さんのグラスにも赤ワインを足した。


「キレイだね、空。」


しばらく会話もないまま、2人で星空を眺めていた。


東京では見られないたくさんの星は、昔小さいころよく眺めていた景色のはずなのに、特別な人と見るだけでもっと特別に見えた。


昔は田舎が嫌で、早く眠らない街に行きたいとばかり思っていた私だけど、特別な人と見られるならどんな景色だって特別だな、とありきたりな考えを巡らせた。


「俺ね、昔のあだ名はチビだったんだ。」


そんな時ぽつりと恭祐さんは言った。


驚いて彼の横顔を見ると、恭祐さんはそんな私を見て優しく笑って頭にポン、と手を置いた。


「兄が2人いるんだけどね、俺だけ身長が全然伸びなくて、


ずっとチビチビ呼ばれるのがコンプレックスだったんだ。」


急に唐突な話をする恭祐さんに驚きながらも、私は彼の言葉にそっと耳を傾けた。


――――恭祐さんって、お兄さんが2人もいたんだ。


私には恭祐さんのことで知らないことがまだまだたくさんあるな、とちょっと悲しくなった。


「別に付き合ってるからって、全部知る必要はないと思うんだ。


知らなくていいことは知らない方がいい。」


全部を知ることがいいことじゃないことは、私にも痛いほどわかる。


当たり障りなく生きてきた私にとって特に、見たくない事実には目をそらしていたくて、そうしていても幸せなら逃げたっていいと私は思っている。


「でも、知ってほしいことは言いたくて。」


私はたぶん、本音を言葉にしたり態度に出したりするのが少し苦手だ。猫をかぶっても少しくらい無理しても、必要とされていたいしあまり波風も立てたくない。そうやってゆとりとして生きてきた私にとって、素直に自分を表現するのはとても難しいことだった。


「美衣ちゃんのこともっと知りたいって思ったけど、


思えば俺も全然美衣ちゃんにいろんなこと話せてない気がして。」


恭祐さんがそうやっていつも対等に話をしてくれるところが私はとても好きだった。


彼がそうやって話をしてくれる時間は、私よりずっと先を行っていると思っている恭祐さんがとても近く感じられて、自分も少し大人になれるような気持になれた。


「私、本当は一番好きなのはビールだし、


たぶんビールならピッチャーで飲める気がします。」


「知ってるよ、そんなこと。」


「え?!」


「美衣ちゃん、隠せてたと思ってたの?」


それから私たちはしばらく暴露大会をした。


今は3兄弟の中で一番背が高いから、2人のことをチビって呼んでたまに仕返しをしていることや、


恭祐さんが虫がとっても苦手で、今日だって結構ばれないように避けながらキャンプをしているということ、


初めてのデートでカフェに行ったとき、恭祐さんが少食だったのは緊張していたからだったということ。


私が知らない恭祐さんは、私が思っていたよりずっと子供で、恭祐さんと自分の距離がぐっと近づいた気がした。


私も恭祐さんに私が感じた気持ちを同じように感じてもらうためにも、


私にも2人姉がて、2人ともすごく怖くていつも怒られるということや、


高校時代近所のカフェでやっていた誰も完食したことのない大食いチャレンジに成功したことがあること、


中学時代は陸上部で、外でずっと部活してたから真っ黒に焦げていたことなんかを全部話した。


「今度美衣ちゃんの田舎に行ってみたいな。」


「虫いっぱいだけど、大丈夫?」


いたずらそうに言う私にもっといたずらそうに笑った恭祐さんはもっといたずらそうに笑った。


「美衣ちゃんが守ってね。」


「え~いやや~。」


「あ、方言。かわいい。」


「あ、間違えた。」


そうやって私たちの暴露大会はずっとずっと長い間続いた。


気温は少し肌寒くなっていいたけど、でも心はとってもあったかかった。ありきたりだけど、そう思った。私は初めて純粋に不幸の貯金が幸福に変換されているわけじゃなくて、人からそれをもらえることだってあるんだ、と純粋にそう思えた。


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