第六章 いとこ
第25話 前日と当日の朝
金曜日。明日に、母さんの七回忌を
生徒会の仕事が思ったより長引いてしまい、家に帰る
たく、こっちも疲れているっていうのに……。
「おーい」
改札の向こう側から、片手を振りながら、こちらに向かって歩いてくる制服姿の少女。
制服姿なのは、おそらく、鞄に入れるとしわになるからだろう。俺と違って、着替える時間がなかったという事はないはずだ。
改札に引っ掛かったら面白いのに、と思って眺めていたが、残念ながら、夏樹は普通に通過してしまった。本当に残念だ。
「出迎えご苦労である」
「うるせー」
偉そうな態度の夏樹から鞄をぶん取り、出口へと歩き出す。
「あん。待ってよー」
その隣に、小走りで並ぶ夏樹。
「いよいよだね」
「何がだよ」
夏樹の言いたい事は分かったが、話の流れもあり、
「
「……」
「不謹慎だった?」
黙り込んだ俺の顔を、夏樹が不安げな表情で
「いや、何て返そうか悩んだだけ」
「そう。なら、いいけど」
夏樹は、いい加減そうに見えて、実のところ、人の機微に敏感なのだ。
家に着くと、とりあえず、夏樹の荷物を二階の彼女の部屋に置き、リビングに戻る。
「はい」
部屋に入った途端、目の前にコップが差し出された。
「サンキュー」
礼を言い、それを受け取る。
そして、二人でソファーに腰を下ろす。
「……」
「……」
「なんか、
「そっちこそ」
まぁ、確かに、どっちが先に話を振らなければいけないという決まりは、当然のようにないのだから、別に、俺の方から話を振ってもいいのだが……。
「最近、どうだ? 学校は?」
「何その、日ごろ話さない、思春期の娘と久しぶりに二人きりになった時みたいな感じは」
「いいだろ。他に話題が思いつかなかったんだから」
「……別に、変わった事は起こってないよ。いつも通りの毎日を、いつも通りに送ってるかな」
「そうか」
再び、沈黙が訪れる。
夏樹相手に、こんな空気になるなんて、何年ぶりだろう。少なくとも、ウチに来るようになってからは初めてだと思う。
原因は、考えるまでもない。明日、向こうの家族が、ウチに来るからだろう。
「ねぇ、孝兄」
「んー?」
「もし。もしだよ。明日、初恋の人といい感じになって、付き合うとするじゃん」
「は? なんだその、訳の分からん妄想は」
大体、向こうがこっちの事を覚えているかどうかさえ分からない状況で、そんな無茶苦茶な想像できるか。
「だから、もしって言ってるでしょ」
「あぁ……」
どうやらこれは、夏樹にとって、真面目な話のようだ。ならばこちらも、
「そうなっても、私はここに、泊まりに来てもいいのかな?」
「なっ……」
何を言っているんだ、こいつは。そんなの、答えるまでもないじゃないか。
「お前が、何を心配してるかは知らんが。俺にとってお前は、従妹であり、妹みたいな存在であり――」
この先を言うべきか悩み、そこで一旦、言葉を切る。
「家族、なんだからさ」
「――ッ」
夏樹が目を見開き、俺を見る。
この反応、予想外だ。てっきり、笑い飛ばされるか、呆れられるものとばかり思っていたのだが……。
「ほら、ウチにはお前専用の部屋もあるし、しょっちゅう来てるし、家族っていうか、家族的な? それぐらい、お前がウチにいるのは当たり前というか……」
「孝兄ってば、なに必死になってんの。おっかしぃ」
慌ててフォローを入れる俺の様子が、余程おかしかったのか、夏樹が腹を抱えて笑う。
「お前なぁ……」
ま、いいか。元気、戻ったみたいだし。
――もう朝か。
「……もう朝か」
あえて、声に出してみる。
残念ながら、実感は少ない。そして、眠い。
とはいえ、もういちど寝るわけにもいかないし――
「起きるか」
宣言をし、体を起こす。
眠気はまだ残るが、起きないわけにはいかない。何せ、今日はあの日なのだから。
寝巻きから普段着に着替える。今日は後数時間もしたら、どうせ制服に着替える事になるので、格好は適当だ。具体的には、短パンに白T、以上だ。
カーテンと窓を開け、自室を後にする。
「ふわぁ……」
昨日はベッドに入ったはいいが、全然寝付けず、おそらく三時間くらいそのまま過ごした。そして、気付くと朝になっていた。そんな状態でも、決められた時間に起きる自分を、俺は自分で
リビングに入ると、夏樹がソファーでパジャマ姿のままダレていた。
「そこで寝るなよ」
「寝ないって」
声の調子を聞くに、夏樹も寝不足らしい。
台所に向かい、簡単に朝食を作る。スクランブルエッグにするのは面倒だったので、今日はトーストにハムと目玉焼きを
二人分の朝食を食卓に向かい合う形で並べ、夏樹を呼ぶ。
「出来たぞ」
「はーい」
ソファーからのっそりと体を起こし、夏樹が立ち上がる。そして、こちらにやってくる。その動きは、やはりスローリーだ。
「「いただきます」」
夏樹が席に着くのを待って、二人で食事を開始する。
「何時だっけ? 向こうの人が来るの」
「十時過ぎには来るらしい。半には始まるみたいだから」
ちなみに、現在の時刻は七時十五分。いつもの、いつも通りの朝食の時間帯だ。
「ふーん」
興味なさげな
まったく。分かりやすい奴。
食事を終え、席を立つ。
片づけは夏樹の役目。それが、彼女が泊まりに来た時のルールその二だ。
ソファーに腰を下ろし、おもむろにリモコンでテレビを点ける。特に面白そうな番組はやっていなかったので、とりあえず情報番組を流す事にした。
無難な内容ながら、害はなく、適当に眺めるにはもってこいの番組だ。
タイムリミットは、三時間を切った。後三時間もしない内に。俺は、初恋の人と対面する事になる。
今の俺の気持ちを
早く会いたいと思う反面、会いたくないとも思う。会ったところでなんだという気持ちもあるし、会っておいた方がいいという気持ちもある。
つまり、今の俺の心の中はぐちゃぐちゃ。もう何が何だか状態だった。
「だーれだ?」
背後から突然、視界が奪われる。
目の辺りに
いわゆる一つの、〝目隠し〟というやつだ。
「夏樹」
俺は、声の主の名を普通に呼ぶ。
考えるまでもなく、考える必要もなく、考える義理もなかったが、俺は夏樹の意図を
「正解」
声と共に、目の前から両の手が外される。
「緊張する気持ちも分かるけどさ。リラックス、リラックス」
お前が言うな――と思わないでもないが、夏樹なりに気を
「ありがとう、夏樹」
振り返り、礼を言う。
「な、何が? べ、別に、お礼言われるような事なんか、私してないし」
「動揺し過ぎた、アホ」
真意を読まれ、動揺しまくりの夏樹の
「いてっ」
それに対し、大げさに額を押さえてみせる夏樹。
ま、こいつのお陰で、緊張が
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